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神機巫女 -SHIKITSUNE-  作者: レイン
第二節 青龍の巫女候補

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第十三話 水のかたち

第十三話 水のかたち


 それから数日、藍子と琥珀は学校が終わると四季狐大社へ通い続けた。


 境内には木製薙刀と木杖に加え、水を張った大きな桶が置かれている。


「今日も水を動かすんですか?」


「今日は、形を保ったまま薙刀へまとわせてもらう」


 玄斎は桶の前に立つ藍子へ、木製薙刀を差し出した。


「水を薙刀に?」


「武器へ霊力をまとわせることはできるようになったじゃろう。

 今度は、その霊力で水を操り、刀身の表面へ留める」


 受け取り、桶を覗き込む。


「水に浸すのとは違うんですよね」


「濡らすだけなら誰でもできる。動かしても落ちぬようにするのじゃ。まずは、ひとすくい程度でよい」


 薙刀を左手で支え、桶の上へ右手をかざした。


 胸の奥から腕へ霊力を流し、手のひらの先へ伸ばしていく。


 数日前は触れるだけでも時間がかかった。今は、水の冷たさがすぐに返ってくる。


 手を持ち上げると、水面の一部が細長く伸びた。


 しかし、桶の縁を越えたところで崩れ、地面へ落ちてしまう。


「持ち上げたあとも、支える力を残すのじゃ」


 もう一度、水へ意識を向けた。


 今度は引き上げる前に、小さな塊を薄く包むように霊力を広げる。


 手を引く。


 拳ほどの水が桶から離れ、空中で揺れた。


「できた……」


「そのまま薙刀へ移してみよ」


 右手で水を支えながら、左手の薙刀を近づける。


 刀身へ触れた水は刃先へ流れ、そのまま先端からこぼれ落ちた。


「あっ」


「刀身の表と裏を巡らせてみよ。先へ送るだけでは、今のように落ちてしまう」


「水を支えながら、流れも作るんですか?」


「うむ。最初は少ない量でよい」


 桶から水を持ち上げ、もう一度刀身へ触れさせる。


 刃先へ進んだ水を、反対側へ回す。


 細い流れが表と裏を巡り、木製の刃を淡い青色に包んだ。


 ところどころ膜が薄れる。それでも、先ほどのようには落ちない。


 隣では、琥珀が白い光をまとわせた木杖を持っていた。


 腰を落とし、一歩動く。


 握る位置が変わっても、光は残っている。


「そっちは、もうできてるね」


「藍子も、今は保てておるぞ」


 玄斎に言われて刀身を見ると、水が刃先へ偏り始めていた。


 慌てて流れを戻す。


「……見るところが多いです」


「少しずつ慣れればよい。次は、ゆっくり振ってみよう」


 藍子は手元へ目を落とした。


「でも、《徒桜》は操縦桿で動かすんですよね。私が薙刀を振る練習も必要なんですか?」


「機体で水を扱うには、別に練習が要る。

 じゃが、武器の構えや間合い、どちらへ振れば何に当たるかを知ることは、神機でも役に立つ」


「操縦の練習だけでは足りないんですね」


「どう動かすかを決めるのは、お主じゃからの」


 玄斎が前方の開けた場所を指した。


「まずは、あちらへ向けて振れ。水が落ちても構わん」


 藍子は周囲を確かめた。


 玄斎は桶の後ろにいる。琥珀も、薙刀が届かない横側へ離れていた。


 両手で柄を握り、ゆっくりと横へ振る。


 水は刀身へ遅れてついてきた。


 薙刀を止めた瞬間、流れだけが前へ抜ける。


 飛び散った水の一部が、琥珀の頬へかかった。


「……冷たい」


「ごめん、琥珀!」


 濡れた前髪から落ちる雫を、指で拭(ぬぐ)っている。


「藍子が攻撃した」


「止められなかっただけだよ!」


 玄斎が、刀身に残った水を見た。


「薙刀を止めても、水を先へ送っておったな。振る前と同じ流し方では、収まらん」


 藍子は琥珀までの距離を見た。


 木の刃は届かない。けれど、水はそこまで飛んでいた。


「思ったより、遠くまで行くんですね」


「向きと量を選べば、間合いの外へ届かせられる。じゃが、今のは狙って放ったものではない」


 琥珀が頬の雫を拭い終える。


「次は、こっちに飛ばさないで」


「うん。そこは本当に気をつける」


     ◇


 玄斎は藁(わら)を束ねた的を三つ並べ、その手前に線を引いた。


「琥珀には、的の前を歩いてもらう。藍子は、その動きを見ながら空いた的へ水を放て」


「琥珀は味方役ですか?」


「そうじゃ。薙刀が届くところへは入れん。琥珀も、動く方向を声に出すのじゃぞ」


「ん」


 琥珀は線の前へ立った。


「右」


「今から?」


「ん」


 ゆっくりと右へ歩いていく。


 藍子はその動きを追い、空いた左側の的を見た。


「あ、まだ水をまとわせてなかった」


「まずは動きを確かめればよい。準備ができたら言うのじゃ」


 少ない量の水を刀身へ巡らせる。


 琥珀が元の位置へ戻るまで待ち、薙刀を構えた。


「いいよ」


「左」


 琥珀が動く。


 空いた右側の的へ向けて、ゆっくり振った。


 水は細い弧を描いたが、的の手前で落ちてしまう。


「届いてない」


「向きはよい。次は、流れを少しだけ速めてみよ」


 琥珀が戻り、今度は右へ歩いた。


 左側の的へ水を放つ。


 藁の下の方が、わずかに濡れた。


「惜しい……」


「もう一度、同じ向きでじゃ」


 水をまとわせ直し、琥珀へ頷いた。


 声と動きを確かめてから、薙刀を振る。


 今度は的の中央へ届いた。


「当たった!」


「うむ。琥珀が通り過ぎるのを待って、空いた方へ向けられたな」


 藍子は濡れた藁を見た。


 倒れもせず、ほとんど揺れてもいない。


 それでも、自分が狙った場所だった。


「次、反対」


 琥珀が的の前へ戻る。


 藍子は次に狙う的を確かめてから、水をまとわせた。


 膜が少し薄れたが、急いで力を足さず、流れを整える。


「いいよ」


「左」


 琥珀が動く。


 空いた右側へ薙刀を向け、水を放った。


 的の端が濡れる。


「当たったよ」


「見えた」


 藍子は息を吐いた。


 先に狙う場所を決め、準備ができてから動いてもらう。


 その順番なら、少し余裕があった。


     ◇


 休憩を挟んだあと、玄斎は木箱を持ってきた。


 中には、術式を刻んだ木球がいくつも入っている。


「次は、飛んでくる球の向きを水で変えてもらう」


「止めるんですか?」


「今のお主の水では、正面から止めるのは難しい。横へ流すことを試してみよ」


 木球を一つ取り、境内の一角を線で囲む。


 その中に、藍子の立つ場所を示した。


「この範囲を出れば、球の術式が働いて勢いが落ちる。琥珀は線の外で見ておれ。

 藍子も、間に合わぬと思ったら避けてよい」


「当たったら?」


「今は遅く投げる。じゃが、触れれば痛むことはある。怖ければ合図せよ。止める」


 琥珀が後ろの線の外へ下がった。


 横側には、先ほど使った的が置かれている。


「逸らす先は、的のある側じゃ。人のいる方へ向けぬように」


 藍子は水をまとわせ、薙刀を斜めに構えた。


「お願いします」


 木球がゆっくりと飛んでくる。


 刀身を覆う水へ触れた瞬間、両腕へ力が入った。


 水が左右へ弾ける。


 球はほとんど勢いを失わず、こちらへ向かってきた。


 身をかがめる。


 頭上を通り過ぎた木球は、後ろの線を越えたところで速度を落とし、地面へ転がった。


「止めようとしてしまいました……」


「腕を固めたな。球の進む方へ少し動かしながら、横へ導いてみよ」


 水を集め直す。


 同じ速さで投げられた球へ、薙刀を合わせた。


 今度は押し返さない。


 触れたところから刀身を横へ滑らせると、木球の軌道が少し変わった。


 肩の脇を通り、的の方へ落ちる。


「逸れた」


 琥珀が落ちた場所を見ている。


 藍子もそちらへ目を向けた。


「今の感じで、もう一度お願いします」


 二度目は、水の半分が弾けた。


 それでも球は横へ流れた。


 三度目には、刀身に少し水を残せた。


「少し速くしてみるか?」


 玄斎が尋ねた。


 藍子は両手の位置を直し、水の流れを確かめる。


「少しだけ、お願いします」


 次の球は、先ほどより早く水へ届いた。


 握る指に力が入りかける。


 息を吐き、薙刀を外側へ動かした。


 木球が水を押し広げながら横へ抜け、藁の近くに落ちる。


「できた……」


「今の動かし方じゃ」


 腕へ残る感覚を確かめた。


 強く押したわけではない。


 けれど、球は自分の前を通らなかった。


「同じ速さで、もう一度やりたいです」


「あと二つにしよう。そのあとは休憩じゃ」


「はい」


     ◇


 休んでから、玄斎が二つの木球を取った。


「今度は続けて投げる。最初は、間を空けるぞ。

 左右どちらへ流してもよいが、人のいない方を確かめるのじゃ」


 琥珀は後ろの線の外に立っている。


 藍子は水を巡らせ、頷いた。


 一つ目を右へ流す。


 刀身へ残った水を整え、続く二つ目も同じ方へ逸らした。


 二つとも、的のある側へ落ちる。


「今度は間を少し短くする。よいか?」


「はい」


 一つ目へ合わせて薙刀を動かした。


 水が大きく弾ける。


 流れを作り直す前に、二つ目が迫ってきた。


「琥珀、後ろ!」


 声をかけて横へ避ける。


 線を越えて勢いを失った球を、琥珀が木杖の先で止めた。


「止めた」


「ありがとう」


 藍子は水の残っていない刀身を見た。


「一つ目のあと、間に合いませんでした」


「避けて知らせたのはよい。じゃが、実際には後ろの者もすぐ退けるとは限らん。

 守る位置と、退く場所も考える必要がある」


 桶へ手を向けかけ、止めた。


 一つ目を流すたびに、水の形を整え直していた。


 その間に、次が来てしまう。


「玄斎様。少し待ってください」


「どうした?」


「二つ目に使う水を、先に残しておけないでしょうか」


 水を持ち上げ、薙刀へまとわせる。


 刀身の周囲だけでなく、その先へ薄く広げた。


 横へ伸びた膜が、自分の前を覆う。


 しかし、端から雫が落ち始めた。


「広げすぎじゃな。球が来るのは、どの辺りだった?」


 玄斎の両手を見る。


 先ほどは、右肩と左脚の方へ飛んできた。


 遠くまで広げた端を収め、その二か所へ届くように形を整える。


 薄い水の膜が、目の前で揺れた。


「保つだけでも、疲れますね……」


 玄斎は水の膜を確かめ、藍子の顔へ目を向けた。


「腕はどうじゃ?」


「重いですけど、まだ構えられます」


「では、その形で一度だけ試そう。途中で保てなくなったら、投げる前でも知らせて収めるのじゃ。

 そのあと、水の練習は終わりにする」


「はい」


 琥珀の位置を確かめる。


 右にも左にも、人はいない。


「お願いします」


 一つ目の木球が上方へ届いた。


 触れた部分の流れを右へ向ける。


 水が弾け、球が外側へ抜けた。


 すぐに二つ目が下方へ来る。


 残しておいた水へ意識を向け、薙刀の柄を少し下げた。


 今度は左へ。


 二つ目も進路を変え、琥珀の横を離れて通り過ぎた。


 左右で、木球の落ちる音がした。


 藍子はまだ薙刀を構えていた。


 目の前の膜が揺れる。


 力を足しかけたが、もう球は来ない。


 ゆっくりと送り込む量を減らし、水を足元へ下ろした。


「琥珀、当たってない?」


「ん。二つとも横に行った」


 後ろを振り返る。


 琥珀は、先ほどと同じ場所に立っていた。


 その手前にも、足元にも、木球はない。


 藍子はようやく肩の力を抜いた。


「……できた」


「うむ。今の二つは、狙った方へ流せたな」


 玄斎が左右に落ちた木球を拾う。


「全部作り直さなくても、次の分が残ってました」


 濡れた刀身を見下ろした。


 あのわずかな間に、水を集め直さずに済んだ。


「それを自分で考えて試せたのはよい。じゃが、広げた分だけ、保つ力も使っておる」


「はい。腕も、さっきより重いです」


「次は、使わぬ部分をさらに減らせるか確かめよう。今日はそこまでじゃ」


 藍子は頷き、薙刀を桶のそばへ置いた。


 境内の端へ座ると、両腕から遅れて疲れが広がってきた。


 それでも、左右へ落ちた木球の場所を、もう一度確かめた。


     ◇


「次は私?」


 琥珀が木杖を持ち上げる。


「うむ。お主も、逸らす方向を選ぶ練習じゃ」


 白い霊力を木杖へまとわせ、先ほど藍子がいた場所へ立った。


 藍子は訓練範囲の外にある、横側へ移って座る。


「球を止めるだけではないぞ。的のある方へ向けるのじゃ」


「ん」


 玄斎が一つ目を投げた。


 琥珀はほとんど動かない。


 胸元へ届く直前、木杖の先を持ち上げた。


 乾いた音が鳴り、球が真上へ跳ねる。


 落ちてきたところを、片手で受け止めた。


「取った」


「反応はよい。じゃが、逸らす先はあちらじゃぞ」


 琥珀が的を見る。


 木球を返し、構え直した。


 二つ目へ木杖を合わせる。


 横へ打たれた球が、藍子の方へ飛んできた。


 訓練範囲の外へ出たところで勢いを失い、少し離れた地面へ落ちる。


 藍子は反射的に身を縮めていた。


「こっちじゃなくて、的!」


 琥珀が落ちた球と的を見比べる。


「逆だった」


「人の位置も、先に確かめるのじゃ」


 玄斎が次の球を取る。


 琥珀は藍子を見てから、的へ目を向けた。


 投げられた球を打つ直前、木杖を包む白い光が強くなる。


 大きな音とともに、球が的の上を越えて飛んだ。


「強すぎじゃ!」


「的、遠かったから」


「力を増やせば当たるわけではない!」


 玄斎が飛んでいった木球を目で追う。


 訓練範囲を出たところで術式が働き、木球は勢いを失って地面へ転がった。


「お主は力の加減を覚えよ。弱く当てれば近くへ、強く当てれば遠くへ飛ぶ。

 それだけでは狙った場所へ届かん」


「藍子と同じ?」


「必要な分だけ力を使う、という点ではな。藍子は水を保つ範囲を広げすぎた。

 お主は遠くへ飛ばそうとして、力を込めすぎておる」


 琥珀は木杖を握り直した。


 次は白い光を弱める。


 木球は的の方へ飛んだものの、かなり手前へ落ちた。


「今度は近い」


 木杖の先を見つめている。


 藍子は、その動きを思い返した。


 球への反応は速い。


 的も、投げられる前に確かめていた。

 けれど、木杖は胸元へ戻り、球が近づいてから打つ向きを変えている。


「琥珀。的を確かめたときに、構えも決めておいたら?」


「見た」


「うん。見てたね。今度は、そこへ飛ばすつもりで、先に木杖の角度も決めてみて」


 琥珀は的へ顔を向けた。


 木杖の位置を直し、次に玄斎の手元を見る。


「ここへ飛ばす」


「うむ。やってみよ」


 木球が飛ぶ。


 近づいてくる球へ、木杖を斜めに合わせた。


 白い光は先ほどほど強くならない。


 球は緩やかに方向を変え、的の下へ落ちた。


「近くに行った」


「方向はよい。今の力を保ち、角度だけ少し変えてみよ」


 琥珀が木杖を構え直す。


 藍子も的へ目を向けた。


 自分が水を放ったときも、先に狙う場所を決めたら余裕ができた。


「藍子」


「何?」


「次、見てて」


「見てるよ」


 琥珀が的を確かめる。


 玄斎へ頷き、投げられた木球を待った。


 木杖が斜めに動く。


 球は小さな弧を描き、的の端へ当たった。


 藁が揺れる。


 藍子は思わず顔を上げた。


「当たった!」


 琥珀も的を見ていた。


 それから、こちらへ顔を向ける。


「ちゃんと見てた?」


「うん。今のは、狙ったところに行ったね」


「ん」


 ほんのわずかに頷き、もう一度的を見る。


 藍子は膝の上で、まだ重い腕を動かした。


 自分ではできないほど速く、琥珀は球へ反応できる。


 それでも、横から見ていた自分の言葉が役に立った。


「今の構え、もう一度できそう?」


「できる」


「では、そのつもりであと二つじゃ。それで迎えの支度をしよう」


 玄斎が木球を取る。


 琥珀は的を確かめてから、木杖を構えた。


 藍子も、球が飛ぶ方へ目を向ける。


 もう一つ、木球が的へ届いた。


 落ちた場所を確かめてから、桶のそばに置いた薙刀を見た。


 次に構えるときは、刀身だけを見ない。


 水を流す先まで、顔を上げて確かめよう。



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