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神機巫女 -SHIKITSUNE-  作者: レイン
第二節 青龍の巫女候補

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第十一話 熊による事故 (1)

第十一話 熊による事故


 翌朝。


 食卓の向こうで流れていたテレビから、県内の山間部で起きた遭難事故が報じられていた。


『昨日未明から、調査のため山へ入っていた男性一名の行方が分からなくなっています。

 捜索中に所持品の一部が発見され、警察などが周辺を調べています』


 画面には、山道の入口を塞ぐ規制線と、その周囲を歩く警察官の姿が映っていた。


『現場には大型の野生動物によるものと見られる痕跡があり、付近の山への立ち入りは禁止されています』


「また熊……?」


 藍子は箸を止めた。


 先日の怪異も、野生動物による被害として説明されている。


 今回は、本当に動物なのだろうか。


 母も手元の端末で記事を確認していた。


「お母さん。その事故、怪異と関係あると思う?」


「その疑いがあって、陰陽連盟が調べているそうよ」


 藍子は母を見た。


「連絡が来たの?」


「ええ。ただ、相手の正体や居場所までは分かっていないの。山へは近づかないでね」


「町は大丈夫なの?」


「今のところ、町で被害が出たという連絡はないわ。でも、学校の行き帰りは二人で。

 何かおかしいと思ったら、確かめに行かずに知らせて」


「……分かった」


 向かいで、琥珀も頷いた。


「ん」


 テレビでは、林道の封鎖についての説明が続いていた。


 藍子は弁当の入った鞄へ目を向けた。


 今日は大社で稽古をするつもりだった。山へ向かうことになるが、行ってよいのだろうか。


 朝食を終え、玄関で靴を履いていると、居間の通話端末が鳴った。


 母が応答し、短く言葉を交わす。


「藍子。玄斎様からよ」


 受話器を受け取り、耳へ当てた。


「もしもし?」


『今日は稽古を休みにする。大社へは来るでない』


「事故のことですか?」


『うむ。連盟から詳しい報告を受ける。わしも調べねばならぬことがあるのでな』


「怪異なんですか?」


『現場に妖気が残っておる。じゃが、何が襲ったのかは、まだ確かめておるところじゃ』


 藍子は受話器を握り直した。


「ここにも来るかもしれないんですか?」


『その可能性も含めて調べておる。

 大社の周辺で異変が見つかったわけではないが、今日は寄り道せず帰るのじゃ』


「分かりました」


『何か気配を感じても、お主らだけで追うでないぞ。家の者か、わしへ知らせよ』


「はい」


『琥珀にも伝えておけ』


 通話が切れた。


 受話器を戻し、隣で待っていた琥珀へ顔を向ける。


「今日は稽古中止。怪異のことを調べるからって。帰りはまっすぐ家に戻ろう」


「ん」


「何か感じたら、知らせるようにって」


「分かった」


 二人は母に見送られ、学校へ向かった。


     ◇


 藍子と琥珀が学校へ向かった後、四季狐大社に一台の車が到着した。


 境内へ入ってきたのは、陰陽連盟の装束を着た細身の男だった。


 社務所へ通された男は、卓上へ資料端末を置いた。


「急な訪問となり、申し訳ありません。玄斎様」


「構わん。それより、捜索はどうなった」


 男――陰陽連盟の解析官、山南(やまなみ)は一度目を伏せた。


「今朝、隊員が山中で発見されました。すでに亡くなっていたとのことです」


 玄斎はしばらく黙っていた。


「……そうか。記録を見せてくれ」


 卓上に地図が浮かび上がる。


 山南が、赤い印の付いた場所を示した。


「大社から北東へ、二つ山を越えた先です。人里からは離れていますが、登山道と林道があります。

 周辺は熊による事故という名目で封鎖しています」


「単独で調査へ向かわせたのか?」


「はい。当初の観測では、魑魅魍魎級一体と判断されていました。

 これまでなら、単独で対処できる規模でした」


「観測と現場が違ったということじゃな」


「その可能性があります。所持していた護符は、ほとんど使い切られていました。

 周囲には破壊された結界の痕跡も残っています」


 山南が画面を切り替えた。


「最後に送られた映像です」


 夜の山林が映し出される。


 激しく揺れる視界の中を、何かが横切った。


 人の背丈を超える影だった。木々と暗闇に遮られ、全体の姿は見えない。


 鋭い音が響いた。


 画面が乱れ、闇の中に鈍く光る刃のようなものが映る。


 そこで記録は途切れた。


「最後のところを、もう一度見せてくれ」


 山南が映像を戻す。


 鈍い光が現れたところで、玄斎が手を上げた。


 画面が止まる。


 拡大しても、刃のような輪郭より先は判別できなかった。


「現場に残った傷と比べたい」


 山南が、その隣へ木々の写真を開いた。


 幹を横切る傷が、いくつも残っている。


「爪や牙ではなく、鋭利な何かで斬られたものと見ています。

 地面には、大きな足跡も残されていました」


 玄斎は写真から、止まった映像へ目を戻した。


「この影が襲った相手とは考えられる。じゃが、何なのかまでは分からぬのう」


「はい。現場には強い妖気が残っています。金属を検出したときに似た反応も出ていますが、付近には農具もあり、これだけで相手の正体は判断できません」


 映像に代わり、複数の地点が示された地図が開いた。


「周辺の空き家や倉庫では、長く放置されていた農具や家具が移動した形跡も見つかりました」


「昨夜の報告にあった件じゃな」


「いずれの場所にも、妖気の反応が残っています」


「付喪神か」


「解析班でも、その可能性が高いと見ています。

 ただし、何の器物に宿ったものなのかは、まだ特定できていません」


 長い年月を経た道具には、霊気や人の感情が宿ることがある。


 大切に扱われた道具が人へ恩を返すこともあれば、捨てられ、忘れられた道具が恨みを抱くこともある。


 玄斎は、空き家と倉庫を示す印を見比べた。


「動いた道具の全てが、本体というわけではあるまい」


「我々もそう考えています。中心となる個体が周囲の道具を操っている可能性があります」


「ならば、目についた器物を調べるだけでは危ないのう。

 近づいた先で、別の道具に襲われるかもしれん」


「捜索隊には、その点も伝えます」


 現場には、本体と判断できる器物は残されていなかった。


 見逃しているのか、すでに移動したのか。


 道具に紛れている相手なら、人の暮らす場所へ入り込んでも、すぐには気づかれないおそれがある。


「捜索の編成は?」


「調査員四名一組で、二個小隊を交代で投入します。同地域への単独調査は禁止しました。

 《朧》の搭乗者二名は、別に支部で待機させています」


「《朧》は、どこで待機させておる?」


「二機とも同じ支部です。最後の映像では妖殻化した姿は確認されていませんが、

 発見時にも同じ状態とは限りません」


 山南が林道の近くにある印を示した。


「調査と並行して、設置班が神機陣を築ける場所を確認しています。

 安全な地点を確保でき次第、準備を進めます」


「発見しても、無理に討とうとするでないぞ」


「位置と動きの把握を優先します。交戦が避けられない場合も、小隊で対応するよう徹底しています」


 玄斎は短く頷いた。


 地図上では、隊員が発見された山の麓に町が広がっている。


「先日の怪異に続き、今度は付喪神の疑いか」


「関連があるとお考えですか?」


「分からん。じゃが、先日の相手も、魑魅魍魎にしては力が強すぎた。

 今回も、最初の観測では捉えられぬほどの相手だったのじゃろう」


「はい。残された反応は、この地域の魑魅魍魎級の記録を大きく上回っています」


「両方の記録を比べたい。資料を残してもらえるか」


「承知しました」


 山南が端末を操作すると、玄斎の端末へ資料が送られた。


「そちらは捜索を続けよ。わしは先日の怪異との関連を調べる。動きがあれば、すぐに知らせてくれ」


「分かりました。それと、九條藍子さんたちには、この件を?」


「怪異の疑いがあることと、今日は大社へ来ぬよう伝えてある」


「《徒桜》が動いたと伺いましたが、彼女はまだ訓練を始めたばかりですよね」


「うむ。討伐へ向かわせるつもりはない」


 玄斎は窓の外へ目を向けた。


 数日前、境内から地下へ運び戻された《徒桜》は、今もそこで眠っている。


 動かせる者がいることと、戦わせてよいことは別だった。


「町へ向かった場合は、こちらにも知らせよ。家に帰らせて終わり、というわけにはいかんからの」


「承知しました。周辺への注意喚起と封鎖も続けます」


 山南は端末をしまい、席を立った。


 車が境内を出ていくと、玄斎は受け取った地図を開いた。


 山から町へ続く道を、指先でたどる。


 相手の姿も、今いる場所も分かっていない。


 捜索隊が見つけるより先に人里へ下りれば、また誰かが、何も知らないまま襲われることになる。


 玄斎は先日の怪異の記録を、その隣へ並べた。


     ◇


 昼休み。


 教室では、朝のニュースを見た者たちが山の事故について話していた。


「人が襲われたって、本当?」


「まだ見つかってないんじゃないの?」


「北の林道、通れなくなってるって」


 藍子は弁当を開きながら、話を聞いた。


 今朝、母から聞いたことは口にできない。


 けれど、ここにいる誰かが山へ近づけば、危ないかもしれなかった。


「学校からも注意されてるし、行かない方がいいと思う」


「行かないよ。怖いし」


 返事を聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。


 隣では、琥珀が弁当を食べている。


「今日は、そのまま帰ろうね」


「ん」


 琥珀は箸を止めずに答えた。


 放課後になると、担任から改めて注意があった。


「北東の山林で野生動物による事故が発生しています。

 山道や林道には近づかず、今日は寄り道せずに帰宅してください」


 藍子と琥珀は、ほかの生徒たちとともに教室を出た。


 いつもの道を歩き、東雲神社の石段を上る。


 鳥居をくぐるまで、琥珀は足を止めなかった。


 玄関を開けると、居間からテレビの音が聞こえてきた。


『昨日から行方が分からなくなっていた男性は、今朝、山中で発見され、死亡が確認されました。

 警察は野生動物に襲われた可能性があるとして、引き続き付近への立ち入りを規制しています』


 藍子は靴を脱ぐ手を止めた。


 朝は、まだ捜していると言っていた。


「ただいま……」


 母が居間から出てきた。


「おかえりなさい。二人とも、まっすぐ帰ってきた?」


「うん」


「ん」


 母は二人を見てから、テレビへ顔を向けた。


「今朝、見つかったそうよ。玄斎様からも連絡があったわ」


「……亡くなったんだね」


「ええ」


 藍子は俯(うつむ)いた。


 朝にはまだ、帰ってくるかもしれないと思っていた。


 鞄の持ち手を握り締める。


 母がその手へ目を落とした。


「怖い?」


「……うん」


「今日は、家にいなさい。私もいるから」


 藍子は頷いた。


 隣にいた琥珀が、玄関の外を振り返る。


「どうしたの?」


 返事はなく、白い耳が扉の方を向いた。


「琥珀?」


「……何か来る」


 藍子も振り返った。


 閉じた扉の向こうからは、何も聞こえない。


「怪異?」


「分からない。でも、近づいてる」


 母は琥珀の視線を追い、二人の前へ出た。


「扉は開けないで」


 居間のテレビでは、熊への警戒を呼びかける音声が流れ続けていた。




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