第十話 霊力をまとう
第十話 霊力をまとう
翌日の放課後。
藍子と琥珀が四季狐大社を訪れると、境内には二本の木刀と一振りの木製薙刀が用意されていた。
「今日は、これを使うんですか?」
「自分の身を守る術を教えてほしいと言ったじゃろう。
まずは、霊力を武器へまとわせるところからじゃ」
「いきなり振るんですか?」
「いや。振り方を覚える前に、力を通せるようにならねばならん」
玄斎は木刀を一本持ち上げた。
「昨日、紙札へ霊力を流したことは覚えておるな?」
「はい」
「今度は、それを武器の表面へ留める。これを《纏霊》という」
「てんれい?」
「霊力を身体や物へまとわせ、強度や威力を高める技術じゃ。怪異へ攻撃を通すためにも使う」
淡い金色の光が手元から流れ、刀身全体を包んだ。
木刀で軽く敷石を突く。
触れた場所へ、細い亀裂が走った。
「木刀ですよね、それ」
「木のままでも、これだけ変わる」
藍子は亀裂を見下ろした。
「加減を間違えたら危なくないですか?」
「だから、最初から振らせたりはせん。今日は、まとわせた力を保つ練習じゃ」
木刀から金色の光が消える。
玄斎は代わりに、木製薙刀を差し出した。
「お主は《徒桜》でも薙刀を使っておった。まずは同じ種類の武器で試してみるとよい」
受け取り、両手で握る。
少し柄を傾けただけで、遠くにある刃先が大きく動いた。
周囲に誰もいないことを確かめ、握る位置を直す。
「琥珀は?」
「これ」
琥珀は地面に置かれた木刀を拾った。
「なぜ勝手に選ぶ」
「持ちやすそう」
「まあよい。二人とも、まずは昨日と同じように、自分の内側にある霊力を感じ取れ。
それから、手のひらを通して武器へ流すのじゃ」
藍子は目を閉じた。
胸の奥にある温かさを探す。
昨日、紙札が光ったときの感覚を思い返すと、今度は少し早く見つけられた。
その温かさを両腕へ、さらに手のひらへ向ける。
「目を開けてみよ」
薙刀の柄が、握っているところだけ青く光っていた。
「ここから、先へ流すんですよね」
「刀身まで届かせてみよ」
柄の先へ意識を向ける。
青い光が伸び始めたが、途中で薄れ、刃に届く前に消えてしまった。
もっと力を込める。
今度は、手元ばかりが明るくなった。
「力を押し込もうとするでない。水を流すように、一定の量を送り続けるのじゃ」
「水を流す……」
藍子は握り込んでいた指を緩めた。
隣では、琥珀の木刀がすでに白い光に覆われている。
「もうできてる……」
「ん」
「どうやったの?」
「何となく、流した」
「参考にならないよ」
琥珀が木刀を持ち直す。
手元の光が急に強くなり、次の瞬間、刀身を覆っていた白が消えた。
「消えた」
「増やすのではなく、保つのじゃ」
「保とうとしてる」
もう一度握り直すと、戻りかけた光も途切れた。
琥珀は木刀を見下ろしたまま、指の位置を変えている。
藍子も薙刀へ目を戻した。
胸から腕へ。
腕から手のひらへ。
息を吐きながら、握っている柄の先を見つめる。
青い光が少しずつ伸びた。
今度は途中で途切れず、刃先まで届く。
声を上げかけ、口を閉じた。
そのまま呼吸を続ける。
「よい。では、先を少し持ち上げてみよ」
言われたとおり、薙刀を持ち上げる。
重さのかかる場所が変わり、柄が手の中でずれた。
握り直すと、刃先の光が薄れる。
慌てて力を足した途端、手元だけが明るくなり、残りの光は消えてしまった。
「持ってるだけのときと、違う……」
「動かせば、握り方も変わる。その間も同じように流せねば、武器としては使えんからの」
玄斎が境内の端に置かれた丸太を指した。
「構えを変えても保てるようになったら、振り方の稽古へ進む」
藍子は薙刀と丸太を見比べた。
「先は長そうですね……」
「始めたばかりじゃろう」
隣では、琥珀が再び木刀を白く光らせていた。
先ほどより弱い光だったが、すぐには消えない。
藍子も薙刀を握り直した。
まずは、少し持ち上げるところから。
◇
それから数日、二人は放課後になると四季狐大社へ通った。
藍子は薙刀の刃先まで霊力を流し、ゆっくりと持ち上げた。
手の位置を変え、腰を落とす。
青い光は揺らいだが、消えずに残っていた。
最初の日は、持ち上げただけで途切れてしまった。
今は、構えを変えても保てる。
「よし。保てるようになってきたな。では、今日は身体にもまとわせる」
「今度は、身体にもですか?」
「動く自分の身体も守らねばならん。まずは足元からじゃ」
玄斎の両脚を、淡い金色の光が包んだ。
腰を落とし、足の位置を変える。
光の強さは変わらない。
二人は武器を置き、教えられたとおりに両脚へ霊力を巡らせた。
藍子の足元へ、青い光が灯る。
一歩動くと薄れ、足を止めると戻った。
隣でも、琥珀が白く光る脚を見ながら、ゆっくりと足を動かしている。
何度か繰り返したところで、玄斎が武器を取るように言った。
「今の流れを保ちながら、武器にもまとわせてみよ」
薙刀を握り、柄から刃先へ霊力を流す。
青い光が伸びるにつれ、今度は脚を包んでいた光が弱まった。
「足の方が……」
「武器へ集めすぎじゃ。強く光らせようとせず、両方へ少しずつ流してみよ」
脚へ意識を戻すと、薙刀の光が薄れる。
「どっちかしかできません」
「一方へ向けるたびに、もう一方を止めておる。先ほど保てた流れを、そのまま残すのじゃ」
簡単に言われても、どうすればよいのか分からない。
薙刀へ流しながら、足元も見る。
どちらも弱い光になったが、今度は消えずに残った。
玄斎が小石を拾う。
「次は、わしが少し邪魔をする。動いても、今の流れを切らぬようにせよ」
「邪魔って……」
小石が足元へ転がってきた。
藍子は咄嗟に一歩下がる。
薙刀の光が消えた。
「あっ」
「脚は保てておるぞ」
足元を見る。
薄い青が、まだ両脚を包んでいた。
「避ける動きにつられて、武器への流れが止まったのじゃ。次は、そちらも残してみよ」
迫ってきた怪異の腕を思い出した。
避けるだけで精いっぱいになれば、武器へ流す力が途切れてしまう。
次の攻撃が来ても、そのままでは防げないかもしれない。
藍子は薙刀を構え直した。
少し離れた場所では、琥珀が白い光をまとわせた木刀を振っている。
振るたびに光の強さが変わり、ときおり刀身から消えていた。
「琥珀。力を一定に保てと言ったじゃろう」
「保とうとしてる」
木刀を持ち直し、もう一度振る。
白い光が刃先へ偏り、手元が暗くなった。
「……これ、合わない」
「自分で選んだじゃろう」
「持ちやすいと思った」
玄斎はその手元を見てから、境内の端に置かれた長い木杖を取った。
「こちらも試してみよ」
琥珀は木刀を置き、木杖を受け取る。
両手で握ると、白い光が全体へ広がった。
一度、軽く振る。
光は消えなかった。
「こっちがいい」
「その持ち方の方が、流しやすいようじゃな。もう一度、同じ動きをしてみよ」
琥珀が木杖の向きを変える。
握る位置をずらすと、先端が少し明るくなった。それでも、木刀のときほど大きくは乱れない。
「長い武器の方が向いてるんですか?」
藍子が尋ねると、玄斎は木杖を見たまま答えた。
「まだ分からん。長さなのか、握り方なのか。まずはこれで続けてみる」
「何となく、使いやすい」
琥珀が木杖を振る。
白い光はわずかに揺らいだが、今度は消えなかった。
藍子も薙刀へ目を戻した。
動かしても、武器と脚の両方へ力を流し続けたい。
両手から柄へ霊力を流し、刃先まで届いたところで、両脚にも意識を向ける。
青い光が足元を包んだ。
ゆっくりと、一歩踏み出す。
薙刀の光が弱まった。慌てて力を足しそうになり、息を吐く。
刃先には、まだ薄い青が残っていた。
「……消えなかった」
「その感覚じゃ。今は強くするより、途切れさせぬことを覚えよ」
頷き、薙刀を構え直した。
もう一歩動くと、今度は刃先の光が消えた。
先ほどは、力を足さずに息を吐いた。
その感覚を思い返しながら、もう一度構えた。
境内の影が長く伸びた頃、玄斎が稽古の終了を告げた。
「今日はここまでじゃ。迎えの時刻になるぞ」
「ありがとうございました」
「玄爺、また明日」
「道具を戻してから行くのじゃぞ」
二人で稽古道具を片づけ、石段へ向かう。
下には母の車が停まっていた。
藍子が手を振ると、母がこちらを見上げた。琥珀と並んで石段を下り、車へ乗り込む。
玄斎は鳥居の前で、車が山道へ下りていくのを見送った。
◇
社務所へ戻ると、机の端末が短い警告音を鳴らしていた。
陰陽連盟から、捜索の続報が届いている。
『本日未明、山間部の調査へ向かった隊員一名と連絡が途絶。捜索隊が装備の一部を発見』
一般には、熊による遭難事故として処理される予定だと記されていた。
添付された現場記録には、強い妖気の残滓が記されている。
玄斎は報告書を読み進めた。
現場で検出された反応は、この地域でこれまで確認された魑魅魍魎級の記録を大きく上回っていた。
「魑魅魍魎にしては、強すぎる……」
さらに、周辺では古い道具がひとりでに動くという目撃情報が相次いでいる。
「付喪神かもしれんのう……」
地図を拡大し、目撃された場所と、装備が発見された場所を確かめる。
それから、連絡を絶った隊員の名へ目を戻した。
玄斎は捜索状況を問い合わせるため、陰陽連盟への連絡画面を開いた。




