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神機巫女 -SHIKITSUNE-  作者: レイン
第一節 日常

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第八話 知らされていなかったこと (2)

 話を終えた頃には、夜もすっかり更けていた。


 神主に案内された客間には、二組の布団が並べられている。


 雨はほとんど止んでいたが、屋根から落ちる雫の音が一定の間隔で聞こえていた。


 琥珀は布団へ入るなり、天井を見上げた。


「お腹いっぱい」


「二杯も食べればね」


「三杯」


「いつの間に増えたの?」


「藍子が話してる間」


 藍子は小さく息を吐き、隣の布団へ入った。


 灯りを消しても、すぐには眠れなかった。


 目を閉じると、怪異の姿が浮かんでくる。


 迫ってきた四本の腕。


 操縦席を揺らした衝撃。


 薙刀で霊核を貫いた瞬間。


 思い出すたびに、手のひらが強張った。


「琥珀」


「ん」


「もう寝た?」


「まだ」


 暗い天井を見つめたまま尋ねる。


「怖くなかったの?」


「怖かった」


 返ってきた答えは、思っていたよりも素直だった。


「そうは見えなかったけど」


「逃げないと死ぬと思った」


「……私も」


 布団の中で、指を握り込んだ。


「私が、これからも戦わないといけないのかな」


 琥珀はすぐには答えなかった。


 屋根から雫(しずく)が落ちる音がした。


「分からない」


「そこは、何か言ってくれないの?」


「藍子が決めることだから」


 少し困った。けれど、戦ってほしいとも、やめてほしいとも言われなかったことに、ほっとした。


「もし、私が乗らないって言ったら?」


「私が乗る」


「《徒桜》は動かなかったでしょ」


「もう一回試す」


 琥珀なら、本当に操縦席へ戻ろうとするだろう。


「危ないことはしないで」


「藍子もした」


「私は、ほかに方法がなかったから」


「私も、藍子を守るなら同じ」


 藍子は言葉を失った。


 声は普段と変わらず、静かだった。


「……勝手に乗ったら駄目だからね」


「ん」


 しばらく待っても、続きはなかった。


 やがて隣から、小さな寝息が聞こえ始める。


「もう……」


 藍子は布団を引き上げた。


 目を閉じるのは、まだ怖い。


 それでも、耳を澄ませば琥珀の寝息が聞こえた。握り込んでいた指を、少しずつ緩めた。


     ◇


 翌朝、藍子が目を覚ますと、隣の布団は空になっていた。


「琥珀?」


 身体を起こし、客間を見回す。


 畳まれた布団の上には、借りた着物だけが置かれていた。隣の部屋に干してあった琥珀の制服もなくなっている。


 藍子も制服へ着替え、廊下へ出た。


 社務所にも、台所にも姿はない。


 境内へ出ると、片膝をついた《徒桜》が見えた。


 夜には分からなかった地面の傷が、朝の光に照らされている。機体が滑った跡の向こうでは、出口脇の石壁が崩れていた。


 その足元に、白い髪が見える。


「琥珀!」


 呼びかけると、琥珀が振り返った。


「おはよう」


「こんなところで何してるの?」


「藍子を待ってた」


 《徒桜》の胸元へ目を向ける。


「もう一回、乗ってみたい」


 昨夜の言葉を思い出した。


「……勝手には乗らなかったんだ」


「駄目って言われたから」


「乗るなら、先に神主さんに聞こう」


「ん」


 琥珀はその場を動かなかった。


「藍子が乗らないなら、ほかの方法を探さないといけない」


「私を守る方法?」


「ん」


 藍子は機体を見上げた。


 あの胸の中で、青龍が眠っている。


 昨夜、その力を貸してもらったのだと聞いた。


 けれど、操縦席で何をすればよかったのかは、まだ分からない。


「私も、もっと知りたい」


 琥珀がこちらを向いた。


「何を?」


 迫る腕を避けられなかったことも、倒れた機体を起こせなかったことも覚えている。


「どうすればよかったのか、聞いてみたい。昨日は、言われたこともできなかったから」


「戦い方?」


「それも」


 口にすると、また操縦席へ戻るような気がした。


 崩れた石壁から目を離し、琥珀を見る。


「まずは、あれをどう動かしていたのか知りたい」


「ん」


「ならば、まずは知るところからじゃな」


 背後から声がした。


 振り返ると、神主が社務所の方から歩いてきていた。


「《徒桜》のことも、怪異との戦い方も、説明してやろう」


「説明だけですよ」


「分かっておる。いきなり乗せたりはせん」


「昨日は、いきなり乗せましたよね?」


「あれはほかに手がなかったのでな」


 二人のそばで足を止める。


「まずは朝飯じゃ。九條の当主も、そろそろ迎えに来る頃じゃろう」


 車の音が近づいてきた。


 境内へ入ってきた一台の車が停まり、運転席の扉が開く。


 藍子の母が足早に近づいてきた。


「藍子、琥珀ちゃん」


「お母さん」


 母は二人の前まで来ると、怪我がないことを確かめるように全身へ目を走らせた。


「本当に、二人とも無事なのね」


「うん。心配かけてごめんなさい」


「ん。ごめんなさい」


「無事なら、それでいいわ」


 安堵(あんど)したように息をつき、神主へ頭を下げる。


「玄斎様。二人を保護していただき、ありがとうございました」


「礼には及ばん。こちらも藍子に助けられたのでな」


「私は、ほとんど言われたとおりに動いただけです」


「それでも《徒桜》を動かし、怪異を退けたのはお主じゃ」


 返す言葉を見つけられず、黙り込んだ。


 その隣で、琥珀が神主を見つめている。


「玄爺(げんじい)」


「誰が玄爺じゃ」


 即座に返事が飛んだ。


「玄斎だから、玄爺?」


 藍子が尋ねると、琥珀は首を横へ振る。


「言動。あと、雰囲気」


 神主の姿を改めて眺める。


「じじくさい」


「わしはまだ爺ではない!」


「『わし』って言ってますけど」


「これは昔からの口調じゃ!」


 不満そうに狸の耳を揺らした玄斎が、社務所へ顔を向けた。


「いつまで境内で話しておる。朝飯にするぞ」


 四人は社務所へ移り、卓を囲んだ。


 用意されていた朝食を食べながら、藍子は母へ話した。


「お母さん。私、怪異や神機のことを、もっと知りたい」


 母の箸が止まった。


「《徒桜》に乗ると決めたの?」


「まだ。でも、自分に何ができるのかは、知っておきたい」


 母は箸を置いた。


 藍子も食べる手を止め、返事を待つ。


「何も知らせずにいれば、あなたを遠ざけておけると思っていたの」


「……うん」


 昨夜も聞いた言葉だった。


 母は少し目を伏せてから、もう一度こちらを見た。


「それでも、あなたは巻き込まれた。これからも教えずにいることは、できないわね」


 藍子は膝の上で指を重ねた。


 納得できていないことは、まだある。


 けれど、今は自分の話を聞いてくれていた。


「知ったあとで、どうするか決めたいの」


「分かったわ」


 母が頷いた。


「怖いと思ったなら、それも隠さずに話してね」


「うん」


 玄斎が味噌汁の椀を置いた。


「では、しばらく学校の帰りにここへ寄るとよい。《徒桜》の構造を説明し、陰陽連盟から送られてきた過去の戦闘記録も見せてやろう」


 ほかの乗り手は、あの腕をどう避けるのだろう。


 倒れたときには、どうやって立つのだろう。


「お願いします」


「私も来る」


 琥珀が言った。


「琥珀も?」


「藍子だけだと心配」


「どういう意味?」


「私も、戦い方を知りたい」


 藍子は隣の顔を見た。


 昨夜、暗闇の中で聞いた声がよみがえる。


「……一緒に聞こう」


「ん」


 母が二人を見比べた。


「帰りは迎えに来るわ。暗くなる前に帰れるよう、玄斎様と時間を決めておきましょう」


「うん」


「ん」


 朝食を終えると、藍子と琥珀は母とともに四季狐大社を後にした。


 車が境内を出る直前、藍子は後部座席から振り返った。


 見送りに立つ玄斎の向こうで、《徒桜》が朝の光を受けていた。


 あの操縦席へ戻ることを考えると、まだ身体が強張る。


 隣では、琥珀も窓の外を見ていた。


 次に来るときは、二人で話を聞く。


 その約束は、藍子自身で決めたものだった。





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