表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新星は死ぬまでに  作者: 柚乃うと
PR
4/5

第四話

「何を隠している、この小娘!」

「ヴァイレート様には言いたくありません!」

「は?僕関連のことなら早く言わんか!」


 屋敷に帰ったあと。ヴァイレート様は、私の顔を見るなり毛布や果物を持ってきた。

 変身を解いたあと、何も言わずにその場で寝た私と、その数歩分先で寝たというヴァイレート様。

 朝になっても昨日のことは話さない私に、彼はしびれを切らしているみたいだ。

「不快な心持ちになったなら素直に言え!とにかく早く言え!」

 そう言いながらパンケーキを頬張るヴァイレート様は、私のそれに向かって杖を構えた。

「言わないなら僕が食うぞ、いいのか!」

「知りません」

「くそ、甘いものの誘惑が通じないとは」


 私を一瞥した彼は、不意に視線を上げた。

「お前に何か苦労はかけたくない」

「――すみません」

「……こんな環境に置いておきながら勝手だとは思う。だが、その分僕には責任がある」

 僕が原因の苦しみは、僕が責任をもって処理する。

 そう添えたヴァイレート様は、こちらに向き直って寂しげに笑った。

「教えてくれ、ノマ」


 そして、私が口を割ったそのあと。

「分かった、僕がこの手で制裁してやろう!いいだろういいだろう、あの侯爵家を潰す」

「だから話さなかったんです!冗談でもやめてください」

 今にも火の玉でも放ちそうなヴァイレート様に、必死で声をぶつける。

「これだから貴族社会は嫌いなんだ」

 ため息をついた彼は、魔力でぱちぱちと鳴っている右手をしまった。


「最初の仕事からこんなもので、すまなかったな。残念ながら、お前にはこの先もこんな思いをさせるだろう」

「私は大丈夫です、でも」

「今日は一日寝ることだな」

「ヴァイレート様!」

 こちらに背を向けていた彼の動きが止まる。

 なんだ、と振り返ったその顔がいつもより繊細で、悲しい。


「……私は、知っているので」

「なんだノマ、僕は大丈夫だ」

 微笑む彼に慎重に投げた言葉は、不意に止まらなくなる。

「あなたが強いだけじゃないって知ってるので。優しいとか不器用とか、猫と遊んでたりとかジャム零してたりとか、そういうものも知ってる」

 そんなつもりはなかったのに、なぜか私の目から感情が零れていく。

「そういうのも含めて、あなたは私の神様だから」

 ヴァイレート様は静かだった。

 真っ直ぐな背筋で、視線で、ただ私の言葉を待っていた。

「私は、あなたに助けられて。そればっかりだけど、力になりたくて」

「ああ」

 嗚咽が止まらなくなる。でも、ここで終わったらだめだ。そう思って、私は言葉を繋げ続ける。

「だから、ちょっとは悲しいと思ったっていいんです、ヴァイレート様!」

 感情を殺さなくたっていい。苦しいことは苦しいと思っていい。だって、あなたはこんなにも優しいんだから。

 しゃくりあげながら、ひたすら零れていく涙を見ていた。


 不意に顔を上げる。

「ふふ、あはは」

「……なにか可笑しいですか」

 ヴァイレート様は、目元を隠して笑っていた。いつもより小さな声で、彼という器から溢れたものみたいだった。

「お前が尊敬しているのは、強い僕なんじゃなかったのか」

「強くても優しくないと意味ないじゃないですか」

「――はは、変な奴だな。僕よりよほど変だ」

 ふふ、と笑うヴァイレート様の目元は見えなかった。次第に小さくなっていく笑い声に、私は一歩近づく。

「ありがとう、ノマ」

 手をどけて見えるようになったようになった彼の目は、いつもよりちょっとだけ透き通っているようだった。


  *


 パーティーが終わって数日。

 今日の夜ご飯は、きのこと野菜、鶏肉のシチュー。勿論私が作ったものだ。

「うん、美味いな」

 頬をほころばせるヴァイレート様に、私はふと口にする。

「ヴァイレート様って、料理下手ですよね」

「は?」

「いえ。間違えました」

 そうか、と返す彼は、何事もなかったような顔をする。

「……どうやって生きてきたんですか、これまで」

「は?」

「いえ。料理とか掃除とか、そういうものをひとりでやるのって、大変じゃないですか」

 ああ、と頷いた彼は、ふと窓の外を見た。

「言っていなかったようだな、この屋敷には一人召使がいてな。最近出張に行っていたが、そろそろ帰ってくる」

 話を聞くに、ちょうど私が来た時期に忙しくなったらしい。貴族社会のいざこざや魔力管理、それから料理に洗濯。その人が大抵をこなしていると聞いた私は、思わず目を見開いた。

「すごい方なんですね」

「ああ。四代にわたって僕に仕えてくれている」

 その時。

 屋敷のベルが控えめに四回鳴って、ヴァイレート様は立ち上がった。

「喜べ。このベルはあいつだ」


 身だしなみを確認してから、彼の後ろについていく。

 扉の向こうに立っていたのは、茶色い髪を一つにまとめた青年だった。

 ――私と変わらないくらい、若い。

 ヴァイレート様に深々と頭を下げたその姿は、どこから見ても丁寧で様になっている。指の先まで綺麗に伸びているその動作に、私は少しの間目を奪われた。

「ただいま戻りました、ヴァイレート様」

「ご苦労だったな、ミレネ」

 そう呼ばれた青年はこちらに視線を移し、ヴァイレート様に向き直る。

「この方が、例の」

「そうだ。なかなか変な娘だ」


 慌てて姿勢を正した私は、さっきの彼に負けないくらい頭を下げる。

「ノマ・ラフメルです。よろしくお願いいたします」

「ミレネ・ラーデルクと申します。以後お見知りおきを」

 私の二回り上をいく挨拶に震えていると、ヴァイレート様は耐えられないといった様子で吹き出す。

「あはは、そんなにかしこまってどうする」

「礼儀ですので」

 冷静に言い放ってこちらを見つめるミレネさんは、颯爽とした足取りで屋敷に入っていく。

「……随分散らかっていますね。すぐに俺が掃除します」

「お前は少し休んでからにしろ、ミレネ」

 ミレネさんは小さく首を横に振って、「掃除してから休みます」と答えた。

 彼の視線がこちらに向かう。

 ――一瞬だけ、冷や汗が出そうな感じがした。

 ミレネさんから、何か冷たくて鋭いものが伝わってくる。

「私も手伝います、ミレネさん」

「いえ。貴方はそのままで構いません、ノマさん」

 ただの気遣いだと言われれば、そうなのかもしれない。でも、その言葉の奥に何かがある。喉の奥に引っかかった小骨みたいな違和感が、私の周囲にぐるぐるしていた。


 ミレネさんは、掃除をしてくると言って姿を消した。

 テーブルに戻ってきた私たちは、少しだけ冷めたパンを口にする。

「あれも変な男だぞ、ノマ」

「……小声のつもりかもしれませんが、聞こえますよ」

 ヴァイレート様は咳払いをすると、ふいと扉の方を見た。

「まあお前とは仲良くできるだろう。真面目でいい奴だ」

 そうですね、と、どこか上ずった音程で返してしまう。さっきの視線が引っかかって、どうにも忘れられない。

 シチューは美味しかったけれど、さっきより少ししょっぱいような気がした。


 夜になっても、ミレネさんは戻って来ない。

 やっぱり、このままじゃいけない気がした。これから一緒に暮らす人なんだから、と顔を上げる。

「……よし」

 小さく息をついて、私はベッドから腰を上げた。

 屋敷の部屋をいくつか巡ると、どこも整頓されていて塵一つなくなっていた。私とヴァイレート様も整理はしていたつもりだったけれど、こうしてみるとやっぱり格が違う。

 最後に向かった庭園から、何か音がしていた。


「ミレネさん」

 声に出すと、向こうは私を見て一礼する。小さく微笑んでいるその口元に視線がいって、私の声も少し明るくなった。

「お疲れ様です。なにか手伝えることはありますか」

「こんなに夜更かしをされるのですね。どうしましょう、一緒に雑草でも抜きますか」

「はい!」

 大きな声を出すと、「雑草で喜ぶ方がいらっしゃると思いませんでした」と笑われる。その手つきが、心なしか柔らかくなっているみたいに見えた。


 庭の手入れというのは、思ったよりも大変だ。

 雑草を抜くだけにしても、どこまで抜けばいいのかも分からない。次々発見される新しいやつらに、私は苦戦を強いられていた。

 一方のミレネさんは、丁寧に、でもものすごい速度で作業を終えていく。

 数年の経験差があるとはいえ、私はだんだんと恥ずかしくなってきた。

「すごいです、掃除もこれも、私とはレベルが違う」

 ぼそっと発したそれをゆっくりと拾って、ミレネさんは手を止めた。

「本職ですから」


「失礼ですが、何歳ですか」

「二十歳です。ああ、年上ではありますが遠慮はなさらず」

 一つしか変わらないはずの年齢、一年分しか変わらないはずの、日々の積み重ね。

 それが、私とミレネさんでは大きく違ったんだと思う。

「ヴァイレート様、優しいひとですよね」

 私の台詞に、しゃがんでいる彼の動きが止まる。

「……ええ。私たち一家は、彼に助けられてここにいるのですよ」

 ミレネさんは誇らしげだった。

 繊細な指先や、それに付く泥をなんともしない強さ。その一つ一つに現れているのは、確かな誇りなんだと気づく。


 口が滑った。

「私も、ヴァイレート様に助けられたんです。私が身代わりになれることも嬉しいくらい、感謝していて。神様みたいだけど、人間臭いところもあって」

「……そうですか」

 彼の視線がこちらに向けられる。

 それは、さっきまでとは別人のものだった。

 冷えていて棘のあるもの。

「やはり、貴方が身代わりに選ばれた方なのですね」

「ヴァイレート様、言っていなかったんですか」


 はぐらかされていましたから、と呟いた彼は、不意に立ち上がって泥を払った。

「なぜ、貴方はここで暮らすことを決めたのですか」

「なぜって、どういう」

 立ち上がった私に、彼は一歩踏み込む。

「お答えください」

「――人を辞めたいから、です」

 ミレネさんの顔を、真っ直ぐに見る。

「なぜですか」

「囚われたくないからです」

 彼の目は鋭かった。私の中身が全部透けてしまって覗かれる、と思った。


「詭弁ですね」

「……なんでですか」

 ミレネさんは数歩向こう側に歩く。

「貴方は、自分が力を得たら何をできるとおっしゃるのですか」

「それは」

「弱者を救う?貴族を倒す?それをできる者はごく僅かしかいません。彼でさえ、貴族からの理不尽に苦しまれています」

 彼が何を言いたいのか、それに少しずつ脳が馴染んでいく。

 私の理屈すべてが殺されていく。

「神になったところで、全てから逃れることは不可能です。ご存じでしょう?この世界はそんなに単純明快ではない」


 彼はもう一度こちらを振り返る。

「貴方のこれまでは知っています。逃げるために神を目指しているのだと、予測もしていました」

 言葉にならない。

 言いたいことも叫びたい衝動も山ほどあるはずなのに、胸につかえているだけだ。


「歪んでいる」

 貴方は歪んでいる、と彼は繰り返す。

 まるで呪文みたいだと思った。

「苦しくなくなったら気づくのですよ――そんな願いを抱かずにそのまま生きる方が、よほど幸せだということに」

 彼がいなくなったあと、私はそこに立ち尽くしていた。

 その言葉に縛られていた。

 でも、もし縛っているのが過去だとしたら?と、どこかで声がする。

 答えは出なかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ