京都伝統産業ミュージアム「かさねいろめ」と「魔鏡」(キリシタン遺物)
実は鷲生のXのアカウントが4月の上旬から凍結されてまして(※1)。
異議申し立てしたところ、4月の末ごろから普通に使えるようになりました。
そのTLに流れてきたのが、京都伝統産業ミュージアムで重ね色目の展示があるという平安クラスタからのポスト。
で。
行ってまいりました。
ええ、そりゃもう、目に楽しい、麗しい女房装束(俗にいう十二単)その他の展示でございました……(※1)。
実物大の女房装束が2点、会場の入り口と奥とにありました。
華やかでよろしおますわあぁ~。
写真はnoteに投稿してます→https://note.com/eagle9052/n/n0d4469ddae4c
お香の松栄堂さんから、お香の原料や形の説明(線香、渦巻き、コーン)、テスターがズラリと提供されていました。
そして、装束に香を薫き染める伏籠も!
反物で「重ね色目」が再現されている展示にはうっとりします……。
この「京都伝統産業ミュージアム」、場所は岡崎公園、平安神宮のあるエリアです。
実は今年「文学フリマ京都」に行きましたが(※2)、その会場となった「みやこめっせ」と同じ建物の地階にあります。
伝統産業ミュージアムは入場料500円ですが、この「かさねいろめ」は無料でした。
「MOCADギャラリー」という名前の、ミュージアム本体に入る手前にあるエリアはよく無料の催しをやってられますよ!
さて。
せっかく来たので有料エリアに入ります。
京都の色んな伝統産業について、原材料や工程について解説があってとても興味深いです。
ここにあったパンフレットによると、なんでも、「伝統文化検定」なるものがあるのだとか。
そういうのの勉強になるミュージアムだと思います。
鷲生は京都検定を受けようかと考えていますが、この「伝統文化検定」も受けてみようかな……(各種検定については→※3 京都検定って首都圏の人にも特典ありますよ)。
職人さんの実演も見られて、この日は象嵌をやってられました。
鷲生が日常生活で役に立つ知見が得られたのが「風呂敷」の展示。
今までも「風呂敷を使いこなせたらいろいろ便利だし、和の文化を日常に活かせていいのにな……」と思いつつ、結び方の動画とかを見ててもイマイチ「なんでこれで荷物をまとめて持ち運びできるような形になるの?」がよく分からず、 それで特に購入することがないままでした。
風呂敷とはいえ、ちゃんとしたのは、それなりのお値段もしますしね……。
ここの展示では、化繊の風呂敷といろんな形の木でできた塊が置いてあり、説明書きを見ながら思う存分好きに試せます。
鷲生はここで球体を包んで持ち運びできる使い方を覚えて帰ってきました!
球でなくても、なにかゴチャゴチャした小さいものをいっぺんにまとめて持ち運ぶのに使えそうです。
エコバックを持ち歩くのもいいですが、エコバック以上に平面的に畳めて素敵絵柄の多い風呂敷をカバンに入れておくのもエエのではないかと思います。
使い道が分かったので購入が現実的になってきました。永楽屋さんのサイトなんかものぞいています(※4)。
材木の展示や瓦工房の鍾馗さんの展示などを見て回りつつ、ふと足を向けた展示ケースがパッと光って驚く鷲生。
見ると壁にイエス様の磔刑像のシルエットが!
これは「魔鏡」です。
魔鏡というのは、古代からあるもので、一見普通の鏡なのですが、光を当てるとその反射光の中に図像が浮かび上がるものです。
Wikipediaから引用しておきます。
*****
魔鏡は、平行光線ないし点光源からの拡散光線を反射すると、反射面のわずかな歪みにより反射光の中に濃淡があらわれ、像が浮かび上がる鏡(特に銅鏡)である。
*****
これが「隠れキリシタン」に関連あるのではと言われている……と鷲生は認識しておりました。
ですから、今回、こうやって実物か再現かどっちか分かりませんが、文献ではなくてモノを目にすることができて感慨深かったです。
あ、申し遅れましたが鷲生はカトリックのクリスチャンなんですよ。
また、鷲生は大学に2回通っているんですが、1回目の大学の入学式でエライ先生がされたスピーチが「魔鏡」だったんですよね。
もうウン十年も前なのでどんな話か覚えていませんが……。
(ちなみに。魔鏡とどうつながるかも分かりませんが、その先生のお話は「学ぶことは『真似ぶ』こと。どんな独創的な学問も最初は模倣から始まる」といった内容だったのを覚えています)。
さて。
こうして「隠れキリシタンの遺物を見た!」と書き綴ろうしている鷲生なのですが。
そして、この記事を書くのにあれこれネットで検索すると、京都の鏡職人さんが復元してローマ教皇様に献上したというニュースや、隠れキリシタンとの繋がりに惹かれて研究を始めた工学部の先生とかの話も出てくるんですが(※5)。
一方で、「魔鏡」は「隠れキリシタンとは関係ない」と強く主張する見解もあるようです。
Wikipediaに「実際には、魔鏡を信仰に用いたという事実は無いとされる」。
リンクを辿っていくと、「虚構系資料」なんて項目があって、この種の魔鏡が筆頭に挙げられています。
鷲生としてはキリシタン遺物であったほうがロマンがあるなあとは思いますが、史学科卒としてはそっちの言い分も聞いてみたいと思います。
ああ、それから。
鷲生は無造作に「隠れキリシタン」という言葉を使ってしまっていますが、「潜伏キリシタン」という方が学術的には正しいってことになってるんですよね、今。
wiki「虚構系資料」の項目に書いてありましたが、「隠れキリシタン遺物」に妙に人気があるので偽造品が多く出回ったということはあるようです。
弾圧したり、ロマンを仮託したり(あと、それが虚構だとしても、その告発の口調もちょっとキツイ気がします……※6)。
日本においてキリスト教徒はマイノリティなわけですが。
過剰に持ち上げたり、過剰に下に見たり、なんか日本社会が距離感を掴みあぐねている感じはありますね。
(前者には、キリスト教徒であるorキリスト教に親しみがあることの自己アピールが強すぎて、キリスト教が好きなのか、キリスト教が好きな自分が好きなのかよく分からないタイプがいるかと。後者には「日本スゴイ」が言いたくて「キリスト教なんて宗教紛争で血なまぐさい。それに対し、日本は和や平和を重んじてきた素晴らしい民族だ」って感じの主張がありますかね)。
そういえば、鷲生は前に図書館で予約を申し込んでいた中公新書『キリスト教入門の系譜──内村鑑三、遠藤周作から渡辺和子、オンライン教会まで』の順番が回ってきたので現在読書中です(※7)。
まだ内村鑑三や賀川豊彦、ようやく戦後くらいですが。
次の予約の人もたくさん待ってらっしゃるので、積読本の中から最優先で読み進めて行く予定です。
ええと。
伝統産業ミュージアムから話がかなりそれてしまいましたw
「魔鏡」自体は、機械研磨ではできない高度な手作業が必要な工芸品だそうですよ。
伝統産業ミュージアムは、魔鏡以外にも、いろんな工芸品のことがよく分かる展示でした。
奥の方には、その伝統工芸をもとに、現代にどう活かすかという取り組みの展示がありました。
西陣織の糸でランプシェードを作っている展示があって、外国のお客さんが興味深そうにみていらっしゃいました。
鷲生も自分の部屋の照明に使えるかもと思って何枚か写真を撮影しています。
入館料もそんなにお高くないので、岡崎に行く用事があれば何度か足を運んでみたいと思います。
*****
※1 「かさねるいろめ ―季節をまとう いろのたのしみ 新緑編―」
https://kmtc.jp/event/2026/04/14/8875/
※2 「文学フリマ京都」に行ってきました!
https://ncode.syosetu.com/n0439ln/12
※3 日本伝統文化検定
https://denken-test.jp/?doing_wp_cron=1779410364.1643071174621582031250
あと「きもの文化検定」というのもあるそうです。
https://www.kimono-kentei.com/
「京都検定」
https://www.kyotokentei.ne.jp/
京都検定は京都商工会議所がやってるローカルな検定のはずですが、1~3級については東京各所も会場になるようです。
関連講座も東京で開催されます。
また、鷲生も今回初めて知りましたが、京都検定の準1級以上を持っているとミュージアムや飲食店・お土産屋さんで優待が受けられます。
鴨川納涼床とか、先斗町のお店とか。
で。
京都に限らず、東京にある京都関連企業についても京都検定で優待が受けられるんだそうですよ。
上記の京都検定ウェブサイト内「東京でのご優待」
https://www.kyotokentei.ne.jp/benefit/facility.html
※4 永楽屋
https://www.eirakuya.jp/view/page/about#contents01
※5
「魔鏡」をローマ法王に献上した、京都の鏡師
https://story.nakagawa-masashichi.jp/12820
15年がかりの努力で完成した世界最大の「魔鏡」。光に浮かぶ裏面の模様の不思議を解き明かす
https://kindaipicks.com/article/003220
※6
まだ上手く考えがまとまっていないのですが……。
ネットで見る限りでは、「虚構系資料」という言葉で言わんとすることは、要はフェイクであるということではあるようです。
禁教時代にまで遡らない、後世の偽作だと言う……。
このこと自体は真贋わりとはっきり決着がつくとおもうので、この言葉を使う方のおっしゃる通りフェイクはフェイクなんでしょう。
ただ、「虚構」という言葉のチョイスが、重すぎやしないかと……。
「偽」「フェイク」よりも「虚構」という言葉は重すぎるように感じられます。
「虚構」という言葉は、物体に対して用いられる言葉ではなく、その物体の存在をもとにした「判断」「主張」そして「語られた物語」に対して向けられる言葉ではないかと。
しかも、その「物語」が、単なる誤認ではなく、巨大な社会問題を含むような場合に使われるイメージがありますね。差別とか人権侵害とか、搾取とか。
マテリアルに向けてではなく、なんらかの「キリシタンにまつわる主張」への批判が強く滲み出ている言葉選びだと感じるのですが、しかし、門外漢には「何と戦っているのか分からない」。
ネットで見る限りではwikiの「虚構系資料」項目に挙げられている著作の紹介ページに以下の文言があります。
*****
「禁教で変容した信仰」という従来のイメージをくつがえし、長年の「かくれキリシタン」論争に終止符を打つ―。
*****
その他、この方の発信している情報を追ってみると(たまたまネットで見かけた範囲では)。
「隠れキリシタンの信仰」=「日本の土着文化に結びついて本来のカトリックから外れてしまった」と従来理解されてきたが、その人は「禁教前の状態が凍結保存されている」のだという主張をされているようです(「凍結保存」はその人の使っていた表現です)。
これだけを読んだ鷲生の感想としては、どちらの面もあるように思いますが……。
それから「キリスト教信仰」が「変容したか」って、これ、そのキリスト教は正統か異端かという、むちゃくちゃ面倒くさいw領域の話になるかと思います。
一方、禁教前のカトリックを「冷凍凍結」しても、世界のカトリックの方が「変容」してしまっているというか……。
例えば1960年代の公会議ではいろんなことが大きく変わっています(それまでは全正解でラテン語でミサをあげていたのが、各国語でOKになったり)。
(もちろん、教会としては、表面的な制度をあれこれ変えても、教会がイエス様が説かれた「神の愛」「平和」といった善を追求してきた姿勢はずっと不変であったとお考えでしょう)。
今年の中東情勢を踏まえて、教皇様が平和を求めるメッセージを発信されておられます。その姿勢について「福音を述べ伝えることが宗教者の使命である」とも。
こういうバチカンの現在と、隠れキリシタンのコミュニティとがどのくらい似ているかと言われると……。
隠れキリシタンが伝来当初のカトリックを「冷凍凍結」していても、バチカンが世界宗教として人類社会とどう向き合うか取り組んできた歴史と無縁であり、「冷凍凍結」して変わらなかったことが、かえって(宗教的理念は普遍のままでも)変革を重ねてきたキリスト教会とは隔たりを生んだと言えるかもしれません。
で、それでもイエス様の解いた「愛」「平和」といった教えに忠実と言えるかどうか。……と、結局どんなキリスト教が正統でどれが異端かという面倒くさい問題に行きつくんですけれど。
まあ、そういう「正統か異端か」で見たときに、「隠れキリシタン」が「異端」視されることに義憤を感じて(そこに「見下し」の要素が含まれていたりすると、差別という問題に絡むかもしれません)、その方は、隠れキリシタンはむしろ「冷凍凍結した」正統であるという主張をなさりたいのかもしれません(確かに、現在バチカンを頂点とするカトリックに所属してないのは別に隠れキリシタン達には何の非も落ち度もない話ですしね)。
それで、従来の「隠れキリシタン像」はフェイクに基づいた虚構なのだとおっしゃりたいのかな、と。
まあ、なんにせよ、ご本人が書かれた著作を読まないと分からないですね。
というわけで機会を見つけて読んでみようかなと思います。
本文で取り上げた『中公新書『キリスト教入門の系譜──内村鑑三、遠藤周作から渡辺和子、オンライン教会まで』と照らし合わせると面白そうです。
遠藤周作さんも登場しますし。
※7 『キリスト教入門の系譜──内村鑑三、遠藤周作から渡辺和子、オンライン教会まで』2026 岡本亮輔 中公新書
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2026/01/102893.html




