30) フューエル嫡男
いただき、ありがとうございます。
いつもより心持ち長めです。ご了承ください。
「お前んとこの嫁、キツいな」
「可愛いですよ?」
「俺をこんなとこに押し込めた」
「いくら殿下でもこんなとこなんて失礼ですよ。わが領城ですから」
突然の来訪などという、とんでもない自分勝手がまかり通ると思っているのがありありと伝わってくる。
流石は王子、というところか。
俺はこの後、親父に怒られて、まさかの侍従長とメイド長にまで頭を下げさせられることが決まっているというのに。
そもそも、シャーロットが言うには、パトリック殿下が我が家のゲストに対して『シャルル』と偽名を名乗って王子だと言っていないという話が発端だ。
こちらとしては『王子殿下』としての接待をする必要があるのに、同行者にそれを知られてはならないなんて、苦行でしかない。
ほんのささいな事でバレて、責任を問われてもかなわない。使用人にそんな負担はかけられないから、滞在場所を分けたい、領内を自由にされて問題になってもそれまた困る、というシャーロットの言い分は尤もすぎる。
さすが我が妻。機転が利くな、と、その賢さと有無を言わせぬ押しの強さに感嘆したというのに。
キツいだと?しっかり者というんだ、この平和ボケ王子が。
偽名が通用しているという話から、え?貴族なのに自国の王子を知らんの?と、思ったが、相手があのラインバッハの妹だと聞けば納得だ。
あの事件の事もあり、パトリックから隠してきたのだろう。パトリックを隠してたのか?どっちかわからんが。
俺らは第二王子、第三王子と同級生だが、俺より二つ下のシャーロットよりさらに五つ下となれば、入学時には、既に王族は学園を卒業している。
そうなると、やはり王族は雲の上の存在になるのかな。
学園は六学年過ごすから、そこで世代が重なるか重ならないかはかなり大きい気がする。
俺は少し上に王太子もいるから、学園で王族を見てるんだよな。と、思えば、学園での在籍期間が被っていない第一王女の顔は記憶にない。つまりはそういうことか。
「エリオス、わかる?ラインバッハの。そこの妹ちゃんなんだよ」
「妻が招待しましたから知っていますよ」
「食事とか、一緒にできるように手配してよ」
「残念ですが、ゲストがいる間は僕も挨拶くらいしかできそうもないんです」
「え?何で?お前、夫婦仲に問題あるの?」
失礼だな、本当に。
学生時代「王子でなけれゃ殴ってた」と、何度も思ったことを思い出させられた。
「久しぶりの来客に集中したいそうです」
「リュカルディンも来てるしな、奥方憧れの」
本当、誰か殴ってくれないかな。
そういう意味では『刺せないから敢えて刺させた』のだろうと当時噂された、リュカ・ラインセスの手腕は本当に見事だった。
一瞬、死んだかと思うほどの大怪我だったけれど。
あの事件のため、パトリック王子はただ『王子』とついているだけの見せかけ王子になったし、恐らくラインセス相手には強く出られないのだろう。
こういう、天然に厄介な相手に対して、ああいう、とんでもなく大きな弱味をさっさと握ったラインセスは実にやり手だ。
「僕は学生時代、ラインバッハともラインセスとも縁がなかったので。妻はラインバッハの妹さんとよしみがあるそうなので、任せてますよ。ラインバッハとの縁は貴重ですから」
「ふーん」
興味なさそうに言うが、領間の距離かどれだけあろうと、ラインバッハと縁を結びたがる貴族は本当に多い。
あそこは領主が妻を他領から娶ることが決まっているのだが、その唯一の縁を結べなければ近づくことが難しい。
嫡男溺愛の妹さんと妻が知り合いなのは、わが領にとっては本当に幸せな偶然だ。
その妹さんが春休みに遊びに来てくれた。
出産して以来、領から出られない妻を慮っての来訪だ。
訪問を伺う手紙が届いて以来、シャーロットは毎日楽しそうにしている。「こんな遠くまで来てくれるなんて、マデレーナは天使かしら?」なんて言ってるシャーロットこそ、こんな遠くまで嫁いでくれて、可愛い息子まで産んでくれて、俺にとっては天使でしかない。
天使が幸せそうにしている。これを楽園と言わずして何と言うのだろうか。
毎月、定期的にドーソン家に魚を届けた甲斐があった。
お陰で、ドーソンの外孫のシャーロットと縁付けたし、シャーロットも魚を食べることに慣れていて、こちらでの食生活に対しても受け入れてくれている。
ゲストに対して、どんな海産メニューを出そうかとあれこれ悩んでいた。そんな姿を見ていて、フューエルの良さを伝えようとしてくれていることに、喜びしかない。
「晩餐一回くらいどうにかなるでしょ」
勝手なことをほざく。
なんでこいつと同学年だったのかなぁ、と、相変わらず尊大な同級生にうんざりしてろくに返事も出来ずにいたところ、侍従から伝言を受けた。
「すみません、ちょっと問題があるようで。確認してきますので、こちらでゆっくりしていてください」
そう言って侍従と、扉の前の護衛に視線で合図を送る。
『今日は部屋から絶対出すな』
うちの天使からの厳命なので、僕としては守るの一択だ。
そして、急ぎ足で少し離れた小応接室へと急いだ。
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「三日ですか?」
「もう少し早いかもしれませんが。少なくともその頃には、騎士団が無理ならうちの主が手配します」
「助かります」
伝言の主はリュカ・ラインセスだった。
有名人の彼のことはもちろん知っている。
びっくりするほどに顔の作りが整っている。
神様が「本気だして美形を作ろう」とでも思わないと、こんな顔は出来上がらないだろう。
清々しいほどに澄んだ青い目は、海の色ではなく空の色だ。
まじまじとその美形ぶりに感嘆していると、驚くことに、パトリックを保護しに騎士団なりがあと三日で来るだろうとの予測を投げてきた。
「マルゴー領で待ち構えられての保護ならば、パトリック殿下にとっては好条件でしたでしょうね」
美麗な男は、ゆったりとお茶を飲む。
さほど大柄とも思えないのに、組んだ足が長く見える。驚異のスタイルだ。
「フューエルに入ってからもしばらくは気にしてましたが、結局、こちらへの先触れすら騎士団からはない」
「ええ。妻の護衛からの連絡で知りました」
妻についている護衛が一人、春の丘から慌てて帰ってきたから、なんとか体裁を整えることができた。そうでなければもっとバタバタしていただろう。
「駅を使って馬替えで走れば、ここまで三日かからないでしょう。騎士団が最速で動けば、私たちより早くマルゴーやフューエルに入れたはずです」
「ええ、せいぜいかかって丸二日でしょうね。うちの早馬がそれくらいですから」
馬を替えながら、体力自慢がひたすら走る。そうして二日だ。騎士団の精鋭なら間違いないだろう。
「こちら方面は駅が発達していて、馬替えがしやすいですね」
「海産物を王都に輸送するために、国で最初に街道沿いの駅ができましたから」
海産物の輸送は、時間が勝負だ。夜深い時間まで馬車を走らせることで、朝にフューエルを出た馬車が、四日目の朝には王都の市場に到着する。
そのために定期的に馬替えをする必要があり、駅が発展した。
「ここに来てもまだ騎士団からこちらへの一報すらない、と、なると、情報が止められたか、指示が出されないか。情報が止められた方が現実的でしょう」
所詮は組織。情報を上にあげて、上からの指示を受けてでしか動けない。
暗にそう告げられる。
そしてパトリック殿下の保護に時間がかかっているとすれば、それは問題が大きくなっていることの証左だ。
「この状況を、我が主が黙って受け入れるはずはありません。我慢できるのはせいぜい、四、五日でしょうね。騎士団が動かないのならば、五日目の今朝あたりには休暇申請を出し、その足で数人の護衛と共にこちらに来るでしょう」
リュカ・ラインセスは当たり前のように言う。
そもそも、今般の旅程に於いて、護衛は一人も連れてきていない。必要ない、という判断なのだろう。自分がいるから。
確かに王都からフューエルへの道程は、販路拡大もあり、安全に往来出来るように整備した。それが西国との交易にも一役買っている。
それでも王子が護衛も付けずに単騎で駆けたとか、聞くだけで背筋に寒気が走る。
「保護されますか……」
「されますよ。単に捕縛するのなら私でも出来ますが、流石に王族相手に許可なくそれはできませんから」
我慢してるんです、これでも。と、言外に匂わせる言い様だ。
ほんの少しのお茶の時間ですら何度となく殴りたくなる男だ。こいつも道中、随分と堪えたのだろう。
「道中のご苦労、拝察いたします」
「痛み入ります。握ったクルミが割れるかと心配しました」
「クルミ……」
そりゃクルミも割れるほどの苛立ちってことだろう?わからないでもない。
「フューエルのご嫡男様は……」
「どうぞ、テオドールと」
相手は年下で子爵とはいえ、既に爵位を継承した貴族当主だ。たかが嫡男程度の僕では、下に置けない。
「では。テオドール様は、パトリック殿下とは旧知の仲だと伺っております」
「単に同級生なだけですよ」
まるで親しい間柄みたいに言わないでほしい。
辺境伯としてなら、南部や北部の方が武で勝るし、国内での重要性も高い。
うちは貿易で上手いことやってるだけだから、辺境伯と言っても立ち位置が他とは少し異なる。
まぁ、パトリック殿下の外祖父が隣領を治めていたこともあり、多少の縁はあるけれど、それだけだ。
「騎士団が、どのような対応を検討しているかは不明ですが、パトリック殿下を庇うのはあまり得策とは思えませんので、その事だけは」
もちろん言われなくとも庇う気はない。
「でしょうね。心しておきます。父にもそう伝えましょう。離れには影響が出ないようにいたします」
「どうせ、殿下からうちのお嬢様との晩餐を整えるように言われたでしょう。五日目の、最終日に席を設けるとでも言ってください」
「本当に保護されますかね?」
「されなきゃ私がしますよ」
こちらのご仁も、相当に溜まっていらっしゃるとみえる。
「では、あと三日ほど、お世話をお願いします」
リュカ・ラインセスは下げなくてもいい頭を下げてくる。
「大人しくしてくれるといいんですが」
本当に、そこだよ。大人しくしてくれる人ではないのは、よく知ってる。
「フューエル若夫人が、うちのお嬢様を接待してくださるようなので、女性同士で出掛ける、とすればよろしいでしょう」
シャーロット、あれこれ計画していたからな。楽しめるといいな。一緒には……いけないか。僕、殿下の見張りだ、きっと。
「そうですね。リュカ……ラインセス子爵はご同行されますか?」
「敬称もなく、呼び捨てでリュカで構いません。私の立場はラインバッハの執事です。年下ですし、学園では先輩ですよね?」
「はい、ありがとうございます。リュカ……は同行されますか?」
「ええ、もちろん」
もちろん、なんだね。まぁ、そうでしょうね。
少々、羨ましいと思ったのは黙っておく。
「では、私はこれで。今回は快く迎え入れていただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、遠路ようこそ。楽しんでください」
この男は、見た目ももとかく、気遣いもできる。
うんざりするほどに女性にモテるだろうな、と、思いながら、彼が去るのを見送った。
この男が、妻いわく「溺愛している」と噂の、まだ見ぬラインバッハのお嬢様のことを思った。
彼女を追いかけてパトリック殿下は騎士団を飛び出してきたわけで。
そんな傾国の美姫にまだ会えぬことを少々歯がゆくも思いながら、僕はパトリックが待つ部屋へと急いだ。
五日目の昼過ぎです。
そろそろ、エリオスが王都を発ちますね。
続きは、近日中に投稿できればと思います。
よろしくお願いします。




