31)シャーロットのお待ちかね
ご覧いただき、ありがとうございます。
うっすらと貴腐人なシャーロット様が、エリオスとリュカが机の裏にイニシャル彫った話(ep.4 02)紅珊瑚のラペルピン2内にあります)を聞いて大喜びしている回です。
苦手な方は自衛ください。
このエピソード、飛ばしてもシャーロットの個性が薄まる程度だと思います。
よろしくお願いします。
「さぁ、それで?マデレーナ。説明してちょうだい。あなた、どうしてあんなの連れてきたの?」
私はまだ少し涙目のマデレーナに対して、少しだけわざとらしく怒ったような口ぶりで尋ねた。
もちろん怒ってなんかいないし、それはマデレーナにも伝わっているだろう。
場の空気を変えたくて、わざと遊んでいるようなものだ。
「あんなの、だなんて……。兄の上司なんです」
知ってるわ。というか、あの人を紹介するのに「兄の上司」なんて言うの、あなたくらいよ。と、言いたいところたが、なにしろ偽名を名乗って身分を隠しているのは王子本人なのだから仕方ない。
「いいわ、それで?どこから一緒に来たの?」
何日リュカ様に迷惑をかけたのかしら。
それに、よくリュカ様の前に顔をだせるわよね?と、思ってしまうわ。
図々しいのは、やはり育ちのせいなのかしら。
私も気を付けないと。
「あの……チーズが有名な場所がありますでしょ?そこで、チーズ尽くしのコースをいたたいて……」
「わかるわ!とろけたチーズをお野菜にかけていただくお店よね!寄ってきたのね?」
「はい、三日目の夕食を、そちらでいただきました。とても美味しかったです」
「リュカ様にマデレーナが好きそうなお店を聞かれたから、お薦めしたのよぅ。気に入ってくれて良かったわ」
少し重いかしら?チーズは好き嫌いもあるから、負担かしら?と、思ったのだけれど、気に入ってもらえて良かったわ。
「その時にお会いしたのですが。どうやらシャルル様はチーズがお好きではないようでして、お食事は別のところでお召し上がりになりました」
あら、あの軽薄王子、チーズ苦手なの。
どうせ皆で晩餐を、とか言い出すだろうから、その時は白身魚のチーズ焼きなんかを出してやろうかしら。
マデレーナはチーズもお魚も好きみたいだし、丁度いいわね。
「ねぇ、マデレーナ、私が宿に預けた手紙、見た?」
侍女頭の親戚が営む宿に泊まってくれるという話だったから、手紙を預けたのだけれど。
「はい、お手紙ありがとうございます。ここに来る道中も色々と思い出したりして、楽しく来ることができました」
「ねぇ、なにかひとつ、聞かせてくれる?」
「では、とっておきのを」
マデレーナはにっこりと微笑み、私の方に向き直った。
「昔の話ですが」
「いいわね!」
そういう、誰も知らないようなお話が聞きたいのよ!
「リュカの父親は早くに亡くなりました。ご存じですか?」
「蒼貴公子様の事ね!」
王都にいた頃には舞台も見たことあるわ。リュカ様によく似ていたという、お父様のお話は有名ですもの。
「そうです。その、リュカの父親が亡くなって、少ししてからのことらしいです。私はその頃はほとんど寝込んでいたので聞いた話なんですが」
そういって、マデレーナは話し始めた。
「リュカの生家のラインセス家は、代々、ラインバッハを支えてきた家柄なんです。初代の次男がラインセスを興した、と聞いています」
「そうなのね」
「領にはラインセスの家は別にあるのですが、王都では、ラインバッハの邸に皆が一緒に住んでいました。リュカの母親は兄の乳母ですし、ジョシュア……リュカの父は、私の父の右腕でした」
「まるでリュカ様とエリオス様のようね!」
リュカ様とエリオス様は乳兄弟なのだが、実の兄弟……例えばドーソンの従兄弟たちよりも、互いに深い絆を感じる。
リュカ様の方が少し余裕を感じさせて、エリオス様はどこかリュカ様に負けまいとしつつも少し敵わない、そんな関係に見えた。
「そうですね。二人とも父親似と言われますので、見た目はよく似てるのでしょうね。ですが、性格はかなり違うとおもいます」
「そうなの?」
「ええ、私どもの父は、よく言えばマイペース、悪く言うなら……あまり他人に興味がありません。家族やラインセス、自分の身内と認識した相手にはそこまでではありませんが。他人に時間を割くくらいなら、研究をしていたい人なので」
「そうなの?マデレーナやエリオス様とは違うわね?」
マデレーナはあまり自己主張を強くする方ではないが、なぜか何となくうまい具合に自分の意思を通すタイプではある。かといって協調性がないわけではない。むしろ、輪を乱さないように気を使っているようにも思えた。
エリオス様は、よくは知らないけれど、従兄弟のマルセルが文官を目指すか迷っていた際に相談した相手の一人だと聞いたことがあるので、話しやすいタイプなのだろう。
「そうですね。兄は、こう、人に頼られると断れないと言いますか。人と関わることが好きなようですから。父とはかなり違いますね」
「蒼貴公子様とリュカ様は?」
マデレーナはちょっと難しそうに眉根を寄せた。
「私はいつまでもジョシュア……リュカの父のことが特別なので……なので誰がどう言おうとジョシュアとリュカは全然違うと思ってしまいますね」
「そう……」
マデレーナのどこか切な気な表情を見ていると、それ以上は聞けなかった。
「それで?お二人が子どもの頃のお話なんですわね?」
「ええ。先ほどお話ししたように、ラインセスはラインバッハの側近のような立ち位置なんですね。兄が十歳の頃なのですが、リュカの父親が亡くなって、邸はとても静かで。悲しみが邸全部を覆うような。そんな頃でした」
「そう」
「その日は雨で。兄もリュカも、それぞれが静かに悲しみと向き合っていたんだと思います」
それは、舞台では語られない、蒼貴公子様が亡くなってからの話だった。
「兄はこっそりと、誰もいない父の執務室に忍び込んだそうです。いつもそこには父とリュカの父親がいましたから。気配の名残を求めたんでしょうか。執務机の下に潜り込んで、悲しみと向き合っていたのかもしれません」
マデレーナは、淡々とした語り口で。それでもどこか寂しそうに話している。
私は、小さく頷くことしかできなかった。
「雨の日の、明かりのない執務机の下は、暗かったと思うのですが。兄は、その執務机の天板の裏に、いくつもの彫り傷があることに気づいたそうです」
小さなエリオス様が机の下で膝を抱えて。かわいすぎる。見たい。
「そこにはたくさんのイニシャルが並んでいたそうです。たくさんのイニシャル、その全てにRが書かれていて。全てが二つずつ仲良く並んでいて」
机の天板の裏側に並ぶ、たくさんのRのついたイニシャル。
……ああ、そのRはきっと。
マデレーナにも私が気づいたことが伝わったのだろう。彼女は小さく頷いた。
「兄はリュカを探しました。リュカは、日々の日課をこなすように、雨の中、黙々と剣を振っていたそうです。いくら声かけてもリュカはそれを止めることをしなくて。当時は、まだ兄の方がリュカよりも頭……半分くらいでしょうか、背が低くて。リュカのお腹にしがみついて、剣を振るのを止めたそうです」
頭にその情景を浮かべると、鼻血でそうなんですけど!!なにそれ!リュカ様より小さいエリオス様なんて存在したの?
エリオス様は学園に入った頃からひょろりと背が高かったから。
小さいエリオス様が必死にリュカ様を止めようとするなんて!かわいすぎる!そんなのを見ていたラインバッハ家の使用人、幸せ者すぎるわ!
私は神妙な顔つきをして、内心で興奮しているのを必死に隠した。
「雨の日に剣を振るっていたリュカはかなり濡れていたと思うのですが、兄はリュカの手を引いて、執務室の机に二人で潜り込みました」
「え?待って、二人で潜り込んだの?」
「ええ、そう聞いてます」
「マデレーナ、ちょっとだけまって。私に少し時間をちょうだい」
必死で興奮を抑える私の様子に少し首を傾げ、マデレーナはお茶を飲む。
薄暗がりの執務机の下、雨に濡れた美少年が二人。
なんという耽美!!
私は深く深呼吸をして、お茶の入ったカップ手に取る。
興奮のあまり手が震えるのを止められない。
口をつけるが、気持ち的にはお茶を飲んでる場合じゃない。
私は目を閉じて、瞼の裏で、小さなリュカ様と小さな小さなエリオス様が肩を寄せあっている様子を想像する。
可愛いが過ぎる。絵にして残すべきでは?
そもそも、リュカ様より小さいエリオス様が存在したなんて!
当たり前だけれど、そんなの、リュカエリ会の面々は想像したことないはずよ!
……ふふふっ。私、今、リュカエリ会の誰よりも先んじているわ。
王都から離れて以来、リュカエリ会の皆からの羨ましすぎるお手紙で知らされるお二人のご様子を想像することしかできなかったけれど!
リュカ様より小さいエリオス様!
素敵!素敵すぎる!!
私も想像しているだけだけれど、誰もしていない想像をしているのよ!
私はふー、はー、と何度か深呼吸をして、マデレーナに「続けて」と、伝えた。
「すみません、もう、終わるんですけど……」
マデレーナは申し訳なさそうに眉を下げる。
ああ、その眉毛の下げ方はエリオス様に似てるわね、マデレーナ。
「兄は、リュカに机の下のイニシャルを見せたんです。暗かったでしょうから……小さなランプを持っていたらしいんです」
マデレーナは少し困ったような顔をしている。
「二人で他のイニシャルの真似をして、父とジョシュアの……リュカの父親のイニシャルの下に自分たちのイニシャルを彫ったそうです。そしてそのまま、二人は机の下で眠ってしまって……」
はぁ、すごい!
狭い机の下、寄り添って眠る美少年二人!
耽美よーー!
私は必死で荒くなりそうな鼻息を抑えた。
手紙、書いてよかった!
ちょっと図々しいかな?と、思ったけれど、あまり知られていないリュカ様とエリオス様二人のお話を聞かせて欲しいって、伝えてよかった!
さすがマデレーナ、持ってるネタのレベルが違う。
リュカエリ会ではマデレーナにあれこれ聞くのは何となく遠慮していたけれど。
ほら、聞いてみたら嫌な顔せず話してくれるじゃない。
「びしょ濡れで二人揃ってそのまま寝てしまって。ランプも絨毯の上に置いたままで。危ないですわよね。兄の乳母……リュカの母に見つかって、随分と絞られたと聞いていますわ。二人揃って大泣きしたとか」
マデレーナはコロコロと笑い声をあげた。
随分とこってり怒られ、わんわん泣いたであろう、リュカ様とエリオス様を想像して可笑しかったのだろう。
私も愛想笑いをしたけれども。
雨に濡れた小さなリュカ様と、さらに小さなエリオス様が、二人で机の下に寄り添って眠り。それを仄かなランプの灯りが照らす。
そんなの、絵にしたら完全に傑作でしかないから!
あぁ、マデレーナ、ありがとう、ありがとう。
今日はいい夢が見られるわ。
もっと色々と話してちょうだいね。
続きは、今週中に投稿できればと思います。
よろしくお願いします。




