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29)残業なしはエリオスだけのはず

ご覧いただき、ありがとうございます。

「なんで誰もいないんだ?」


 パトリック中隊の執務室を訪れて、驚く。

 誰もいない。

 いや、日報を届けに来たであろう、若手の隊員が一人だけいた。


「あ、連隊長……お疲れさまです」

「うん、なんで誰もいないか知ってるか?」


 知らないかなぁ?と思って聞いた程度だ。だって、まだ定時を過ぎてそれほど経っていない。


「はい!ドーソン中隊長から、ラインバッハ小隊長の過労が心配なので二ヶ月の残業停止が命ぜられたと聞きました!」

「うん、そうだね。それで?」


 なるほど、ジョエルの奴、上手いこと説明したな。


「ラインバッハ小隊長がご不在では事務業務が滞りますので、皆、定時で上がることになりました!」


 え、まって。そこ、どうして繋がるの?わからない。わからなすぎる。


「鍛練は?」

「日が落ちるのがまだ早い時間なので、夕刻の鍛練は通常ありません」

「あ、そうか、まだない時期か」

「この時期の夕刻の業務は全員が書類仕事でしたので。わからないときはラインバッハ小隊長から指導を受けておりました!」


 うん、元気良いね、君。説明も分かりやすいね、俺、連隊長なのに動じた様子もないし。


 ……威厳か。圧か。迫力か。それらが不足してるのか。


「で、皆が帰ったと。君、ラインバッハ隊?」

「いいえ!サローン小隊の所属であります!」

「まって……なんでサローン隊の君が、エリオス……ラインバッハから指導を受けるの?」

「え?はい!パトリック中隊所属の者は、皆がラインバッハ小隊長より書類仕事の指導をいただいております!」


 ちょ、ちょい!その前提おかしすぎるから!


「君はサローン隊だよね?」

「はい!自分達サローン小隊は火曜に指導をいただいております!」

「火曜……今日は金曜だね?」

「はい!金曜は他隊からの希望者が優先される日です!ですが、その後に余裕があればご対応いただけるのが通常です」

「まって、ごめん、ちょっとまって。曜日で分けられてるの?」


 他隊って何??パトリック中隊以外の、中隊ってこと?

 確かに最近の書類はどれも不備が少なく、提出期限も守られていて感心していたが。根本がおかしすぎる!


 聞けば、火曜から順に水、木、とパトリック中隊のラインバッハ隊以外の小隊に振られ、金曜が他隊、土曜がラインバッハ隊。と、決められているらしい。

 ちなみに月曜は緊急のみどこでも可、らしい。


 え?つまりは今日、というか、これから、書類どうなるの?


「いつも指導は定時後?」

「はい。こちらが予約帳になります」


 そう言って入り口に掛けられたノートを手に取り見せてくれる。


 入団一、二年目クンが当たり前のように言うけど、俺、この団に入って十……もうあと何年かで二十年だけど、こんなの初耳だから!何の予約とってんの?ここ、どこだっけ?


 パラパラと見た感じ、多くて二十人、少なくとも十人ほどの名前が並んでいる。

 先の日付にも名前がいくつも書かれている


「君の名前、最近のどこかにある?」

「あ、はい。今週の火曜の……ここです」


 パウラーと書かれている。直近の入団なら、パウラー侯爵家の三男か。どうりで。説明の分かりやすさや落ち着いた態度は好評価だが、今はそれじゃない。


「これ、十五番目?何時ごろだったか覚えてる?」

「大体、定時より一時間……半は過ぎてなかったと思います」

「一人五分ちょっとくらい?」

「はい。それよりかかる案件は別途お時間を頂くようにお願いするルールです」


 そう言いながら、ノートの表紙を開いて提示してくれた。

 ノートの表紙裏にはルールとしてあれこれ書かれていた。が、これはエリオスの字ではない。

 太く書かれた文字は誰のだろうか。

『他連隊員不可!!』と書かれている。

 他連隊?他連隊員はそもそもここ来ちゃダメだから。


 多くて二十人。二時間は書類指導をしていたとして、その後、自分の仕事?

 なんで誰も何も言わないんだよ!

 止めてやれよ、可哀想だろ!


 俺のエリオスの評価、どうしたらいいんだろうか。


「ラインバッハが休んでいたとき、どうしてたかわかる?」

「あの時は本当に皆が困って……出勤された月曜に長蛇の列ができました」

「え?並んだの?ノートは?」

「月曜のページが埋まりまして、書けなかった人が……」


 そう言いながら指し示してきた、エリオスが休み明けて出勤した日のページには名前がぎっしり、二列にわたって書かれていた。


「これでも足りなくて??」


 誰か手伝うとか。いや、エリオスは自分の小隊の面倒見るだけで十分なのに!


「何でこうなったか知ってる?」

「はい、バラバラにお尋ねしていて、やはり皆が順番などで揉めまして。冬は廊下で待つのが寒くて……」

「その前。その前の、君がラインバッハに書類のことを聞き始めた時のこと」

「?昨年の秋にサローン小隊配属になったときに、書類はラインバッハ小隊長のご指導が分かりやすいと教えられまして、最初からお願いしています」


 聞けば聞くほどに騎士団員の脳筋ぶりと、エリオスの事務処理力の高さが悔やまれる。


「あの……先輩が言うにはこれでも減ってきてるそうです。自分で書けるようになると、エリー教室あ、しまった……えっと、卒業した先輩も多いので」


 今、エリーって言ったよね?

 エリオス、舐められてるぞ!と、思ったが、そもそもあいつがまだ全然若手だったわ。


「ならその卒業生に聞けばいいんじゃない?」

「ラインバッハ小隊長が五分で分かりやすく説明してくださるところを、先輩だと三十分越えて、あまり理解できないこともあるんですよ……」


 うーん、つい先程、当代の天才話を聞いたせいか、なんか納得してしまうな。

 納得してる場合ではないのだが。


「で?ラインバッハが残業なしで?これからの書類、どうするの?」

「皆、本当に困っていて、まずは相談しよう、となって」

「飲みに行ったのか」

「はい、そうです」


 そこは飲まなくても相談できるだろうが。むしろ飲みに逃げるな、書類書け。


「で、君は?」

「日報を出してから行きます」


 あ、やっぱりそこは参加なんだね。

 その、日報、出す先はもちろんサローンだよね?エリオスが事前チェックするとか、ないよね?


「呼び止めて悪かったね。楽しんでおいで」

「はい、ありがとうございます。失礼します」


 しっかりした子だ。腕があればいずれ頭角を現すだろう。


 しかし、いくらなんでも皆揃ってこんなにさっさと帰ることなくない?

 小隊長だってエリオス除いても三人いるんだから一人くらい残ってたって……師団長の前に並ばされたら、そりゃ早く帰りたいか。

 俺も帰りたいしな。


 あー……でも、その前に、これの報告かなぁ……。


 俺は手元の『予約帳』なる忌々しい存在のノートを眺める。


 師団長のとこ、戻りたくないなぁ……。


 俺はさぁ、ただ、明日連れてく奴等に「お出掛け準備してこいよ」って伝えたかっただけなんだけどなぁ。

 今日、厄日かな。きっとそうだな。


 そういえばかなり以前にエリオスから、隊の事務書類に関する提案書が出されてたな。

 あれ、どうしたんだっけ。

 小隊長の提案だから、連隊長会だな、あげたの。

 だとしたら、どうせモランから却下されたんだろうけど。

 ……ああ、そうだ。あの時も、小隊を任されたくらいでのぼせ上がった小僧が偉そうに。みたいに言われたんだよな。

 きちんと内容を読み込んでから幹部会に直接あげてやればよかったな。

 きっと今よりグチャグチャで、それが続くと思って提案書を纏めただろうに。

 提案が通らなかったから、出来る範囲で整えたのが今の形なのかな。


 あれ、どこにしまったかな、探してもう一度会議にかけるか。


 あぁ、でも師団長に明日の出立が遅れることを伝えるのが先か。

 定時過ぎたらパトリック中隊の執務室ががら空きって。

 しかも理由が、書類の先生が不在だからって……。

 小隊長たちは、自分で書類、書いてるよね?なら、多少は残業してもいいんだよ?


 あー、もう!誰でもいいから、もう少し早く教えてよ!

 あとエリオス!やりすぎ禁止だから!


続きは、今週中に投稿できればと思います。

よろしくお願いします。

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