第17話:力の代償とヴァイルブラッドの盟約
焼ける松の木と薬草の重い香りが、詩織が最初に認識したものだった。
彼女は重いまぶたを無理やり開けた。視界は一瞬泳ぎ、暖炉の揺らめく温かいオレンジ色の光がぼやけた。目が慣れるにつれて、豪華に装飾された素朴な部屋の木製の天井が焦点を結んだ。彼女は柔らかい羽毛を詰めたベッドに横たわっていた。
「目を覚ましたわ。ああ、女神様に感謝、目を覚ましたわ」
柔らかく安堵した声は、聖女イヴリンのものだった。詩織はゆっくりと頭を向け、首に不自然なこわばりを感じた。彼女のベッドの周りには、ゆあ、めい、和良(胸に厚く包帯が巻かれている)、そして佳志が集まっていた。
しかし彼らの顔には安堵の笑みはなかった。代わりに、彼らは大きく見開いた恐怖の目で彼女を見つめていた。イヴリンは口に手を当て、輝くような目に涙を浮かべていた。
「なぜ…」詩織はかすれた声で言った。その喉はからからだった。「まるで幽霊を見るような目で、なぜ私を見るの?」
ゆあは震えながら、ベッドサイドのテーブルから小さな銀製の手鏡を詩織に差し出した。
詩織はそれを受け取り、その手は少し震えていた。彼女は鏡を顔に掲げた。見つめ返してきた少女は確かに詩織だったが、深く変貌していた。彼女の長い黒髪の上の層は完全に色を失い、はっきりとした不自然な白に変わっていた。深い紫の下の層はそのまま残り、不調和で幽霊のようなコントラストを生み出していた。
彼女はゆっくりと頭を動かし、白くなった髪の束が暖炉の光を受けるのを見た。それはもう髪の毛には見えなかった。凍った血管のように見えた。彼女は指を震わせながら一束に触れた。違った感触を期待して――もろく、死んだように――しかしそれはただの髪だった。柔らかく、普通の。恐怖は完全に、それが象徴するものにあった。
しかし髪だけではなかった。深く、骨の髄までの疲労が彼女を押しつぶしていた。彼女にはしわはなかったが、その目には短い時間で多くの年月を生きすぎた者の重く疲れ果てた影が宿っていた。
突然、攻撃的な赤いシステムウィンドウが彼女の前に物質化した。
【ペナルティ記録:究極能力『事象の地平線』】
【課せられた代償:時間的加速/細胞劣化】
【状態:宿主は進行した老化疲労を経験する。寿命が永久的に短縮されました】
詩織はその画面を見つめた。システムは決して彼女に警告しなかった。それは究極能力を神の贈り物のように見せかけ、壊滅的な代償を完全に隠していたのだ。
「どのくらい意識を失っていたの?」詩織は虚ろな声で尋ねた。
「三日間です」イヴリンはささやき、その手を胸の前でしっかりと組んだ。「私たちはあなたを吹雪の中かつぎました。王立衛兵が山の峠で私たちと合流しました。この前哨基地はフロストファング山脈の東側の斜面に建設されています――悪魔の要塞から半日行軍の距離です」
詩織はゆっくりとうなずいた。三日間。悪魔の軍隊は全滅したが、ヴェインとシラスは逃げ延びた。彼らはまだ危険なほど敵陣に近い場所にいた。
イヴリンは突然、ベッドの横にひざまずき、その平静さが崩れ去った。涙が彼女の頬を自由に流れ落ちた。「私は知っているべきでした」彼女は詰まりながら言った。「聖典は英雄たちの重荷について語っていますが、私はその代償がこれほど深刻だとは知りませんでした。私はあなたをあの罠に導きました。私はあなたにカミヤに力を祈るよう勧めました。本当に申し訳ありません、詩織様。私はあなたを裏切りました」
詩織は手を伸ばし、イヴリンのうなだれた頭に手を置いた。「あなたは知らなかった。私たち全員が知らなかった。女神は自分自身の聖女を含む全ての人から真実を隠していた」彼女の声は固くなった。「それはあなたが背負うべき罪ではない」
彼女が短くなった寿命という恐ろしい現実をこれ以上処理する前に、かすれた血も凍るような叫び声が部屋の静けさを打ち砕いた。
「行かないで! 行かないでくれ! お願いだ、止めて!」
部屋の向こう側のベッドで、七瀬翔太は激しくシーツの上でのたうち回っていた。その目は大きく見開かれていたが、現実には完全に盲目だった。冷や汗が彼の顔を濡らし、彼のベッドの周りの空気は氷点下まで下がっていた。佳志とめいは彼の肩を押さえつけようと急ぎ、パニックになった彼の力と格闘した。
「翔太! 目を覚ませ! 安全だ!」佳志が叫んだ。
翔太は息を呑み、その目がついに焦点を結んだ。彼は丸まり、激しく震え、その手に顔をうずめてすすり泣いた。「氷が…お前たち全員を凍らせた。両親を凍らせた。俺はその中に閉じ込められていた…永遠に。とても寒かった」
詩織はシーツを握りしめた。翔太は自分の究極能力、【氷河の永遠】を使った。彼のペナルティは物理的な老化ではなく、心理的な侵食だった――彼の精神を壊すために作られた、人工的で逃れられない悪夢のループだった。
「システムは私たちに嘘をついた」詩織はささやいた。その声は冷たい怒りを帯びていた。「いや、むしろ女神は真実を省いた。彼女は私たちに大量破壊兵器を与えたが、それが私たち自身の命を弾薬として使うとは言わなかった」
聖女イヴリンはうつむき、まだ涙と恥に濡れていた。「私はこの罪を抱えていきます、詩織様。しかし私はあなたに誓います――私はこれらのペナルティを軽減する方法を見つけます。聖なる遺物、失われた儀式、何かがきっとあります。私はあなたをこの世界のために死なせたりしません」
「今は問題じゃない」詩織は遮り、関節の重い痛みにもかかわらず無理やり起き上がった。「私たちは待ち伏せを生き延びた。でもどうやってここにいるの? ヴェインは逃げたし、悪魔の軍隊は全滅したけど、私は気を失った」
イヴリンは立ち上がり、涙を拭い、平静を取り戻した。「あなたが意識を失っている間に、増援が到着しました。フロンティエラの王立衛兵と、北部に駐屯する教会の英雄たちが一緒でした。彼らは周囲を確保し、私たちをこの国境の前哨基地に連れてきました」
イヴリンはローブから、重く封蝋された羊皮紙を取り出した。それは咆哮する熊と聖なる十字架の蝋印で封じられていた。
「フロンティエラの国王と王妃、そして北部教会の枢機卿たちからの直接の書簡です」イヴリンは説明した。「悪魔の前衛に対するあなたたちの勝利の知らせが都に届きました。彼らは最も優れた聖騎士と教会の英雄たちをあなたたちの前衛グループに加えるために派遣しました。王国は公式に、召喚された英雄たちが地元の部隊と協力して悪魔の要塞に対する全面襲撃を開始することを要請しています」
詩織はこめかみを揉んだ。政治的な圧力が高まっていた。しかし、暗く恐ろしい疑問が彼ら全員に迫っていた:どうやって戦うのか? 究極能力の使用にこれほど深刻なペナルティが伴うなら、彼らはそれに頼るわけにはいかない。システムはクールダウンの時間も「残り使用回数」の表示も示さなかった。彼らは暗闇の中で戦い、切り札をロシアンルーレットのように扱っていた。
「新しい戦略が必要よ」詩織は言った。その白い髪が暖炉の光を受けていた。「なぜなら、もし女神が望むように戦ったら、魔王にたどり着く前に死んでしまうから」
◆
場所:100階層 魔王の玉座の間
固い影と磨かれた黒曜石で織られたテーブルが、広大で冷たい洞窟の中央に置かれていた。
片方の端には京也が座っていた。その暗い背広は完璧で、金色に縁取られた紫の瞳は鋭く計算高かった。反対側の端にはソフィア、血に染まった魔王が座っていた。その顎は優雅に手のひらに乗せられ、深紅のワイン――あるいはそれに似た何か――のグラスが彼女の前のテーブルに置かれていた。
「お前は自分の過去を忘れている、ソフィア」京也は率直に言い、沈黙を破った。「お前は血の玉座に座っているが、誰がそれを築いたのかさえ覚えていない」
ソフィアの表情は変わらなかった。彼女はゆっくりとグラスを一口すするとした。「元年からの私の記憶は…断片的だ。雨に洗い流されたインクのようにぼやけている。しかしあなたは、私自身よりも私の歴史をよく知っているかのように話すな、小さな異常者よ」
「俺はお前の歴史を知っているだけじゃない。俺のAIがお前の血の中の神聖な特徴を分析した」京也は身を乗り出し、指を組んで言った。「お前と女神カミヤには繋がりがある。深く、基礎的な繋がりだ。しかしそれはあまりにも多くのトラウマと闇魔力の下に埋もれていて、お前自身でさえアクセスできない」
ソフィアはグラスを下ろし、その紫の瞳をほんのわずかに細めた。「私はこの『カミヤ』に会ったことはない。しかし、あなたは正しい。彼女の名を口にしただけで…」
彼女はグラスの縁をなぞった。「私がこの世界で初めて目覚めたとき、私はこの部屋に一人でいた。記憶もなかった。過去もなかった。ただ『名前:ソフィア』と『不死者』の称号を読むシステムの表示だけがあった。深淵の悪魔たちが私を見つけた。彼らは私にひれ伏し、私を君主と宣言した」
京也は熱心に聞き、その心は全ての言葉を記録していた。
「何年もの間、私はただ存在していた」ソフィアは続けた。その声は柔らかく反響した。「そして、人間たちが来た。第一世代の教会の英雄たち。私は彼らと戦いたくなかった。私は彼らに会うために外に出て行き、交渉し、この世界を理解したいと願った」
暗く恐ろしい影が、ソフィアの美しい顔を横切った。部屋の周囲の気温が急降下した。
「しかしその時」ソフィアはささやいた。その声は突然の不自然な悪意で震えた。「彼らの指導者が祈りの中で女神カミヤの名を唱えた。その名前が耳に届いた瞬間…私の精神は砕けた」
京也の目がわずかに見開かれた。ソフィアの力の波動が燃え上がった。
「私は制御を失った」ソフィアは微笑んだ。しかしそれは壊れた、恐ろしい微笑みだった。「盲目の陶酔的な怒りが私を飲み込んだ。私は彼ら全員を虐殺した。一人残らず。そして恐ろしい部分は、京也? それは素晴らしく感じられた。彼らが私に与えた痛み、私が流した血――それは純粋で耐え難い快楽だった。人間を虐殺する飢え…それは彼女の名を聞いたときだけ目覚める」
彼女はその日、ヴァイルブラッドの姓を獲得した。彼女は生まれながらではなく、虐殺によって血に染まった魔王の称号を得た。
「そしてお前の究極能力は?」京也は優しく尋ねた。
「【不死】」ソフィアは答えた。その微笑みは深い虚無の表情に消えていった。「それは永久に作動している。しかしシステムは絶対的な生命に対して代償を課す。その欠点は絶対的な孤独だ。それは概念的な呪いだ。どれだけ多くの悪魔が私を取り巻こうと、誰と話そうと、私は虚ろだ。私は押しつぶすような凍てつく isolation 以外何も感じない。決して埋めることのできない虚無だ」
ソフィアは京也を見た。「そこで疑問が生じる、強欲者よ。お前の究極能力の欠点は何だ? 存在を消去するために、お前はどんな代償を払う?」
京也はたじろがなかった。「まだ分からない。システムは俺にとって完全に壊れている。しかし俺はこれを知っている:女神カミヤはお前の精神を改ざんした。彼女はその引き金を仕込んだ。彼女はお前を、彼女の『英雄たち』が戦う必要のある悪役に仕立て上げた。お前は彼女のゲームデザインの犠牲者だ」
ソフィアの目が致命的な深紅の光で輝いた。「あなたは話しすぎだ、少年。哀れみと精神分析は結構だ。あなたが実際に望むのは何だ?」
「盤面を壊したい」京也は言った。その声は危険で魅力的な響きに落ちた。「お前と協力したい。俺たちは同盟を結ぶ。俺たちは下界を切り裂き、彼女の駒を虐殺し、戦いを天に持ち込む。俺たちは一緒にカミヤに復讐する」
長い間、洞窟は死のような沈黙に包まれた。
そして、ソフィアは頭を後ろに投げ出した。メロディアスで恐ろしく、しかし息をのむほど美しい笑い声が彼女の喉から炸裂した。それは捕食者がついに価値ある狩りの相手を見つけた時の音だった。
「ああ、あなたは素晴らしい」ソフィアは息をつき、楽しみの涙を目から拭った。「あなたは野心で恐怖を隠している。あなたはもし戦えば、どちらかがいつか全てを失うことを知っている。だからあなたは同盟を申し出る――私と向き合うのが怖いからだ」
彼女は立ち上がり、血のように赤いマントが黒曜石の上に流れた。彼女は青白く完璧な手を、影のテーブルを挟んで彼に向かって差し伸べた。
「よろしい、草薙京也」ソフィアは喉を鳴らすように言った。本物の邪悪な笑みが彼女の顔を輝かせた。「私はあなたの盟約を受け入れよう。さあ、女神を殺しに行くのだ」
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