第16話:事象の地平線
北部フロンティエラの凍てつく空き地は、絶望の舞台だった。詩織の前衛グループと聖女イヴリンの合同部隊は、のけぞっていた。究極能力を奪われ、自身の戦闘数値も見えず、彼らは暗闇の中で戦っていた。
ヴェイン将軍は、舞い散る雪の中に一枚岩のように立っていた。その存在だけで空気を重くする圧力を放っていた。主戦士の和良は、ヴェインの何気ない一撃で肋骨を砕かれ、立つのもままならなかった。
「絶望に飲まれるな!」詩織は命令した。その声は風の遠吠えを切り裂いた。彼女は刀の握りを調整し、その目はリッチのシラス卿に固定されていた。「私たちはシステム画面の数字じゃない。この世界を変えるために召喚された者たちよ。そのように戦え!」
イヴリンは危険を顧みず、和良の隣にひざまずき、その手は柔らかく揺らめく光を放っていた。それは彼女のいつものまばゆい聖なる輝きではなく――それはヴェインの聖なる追放によって抑圧されていた――しかし、彼女自身の純粋な意志の力から生まれたかすかで揺らめく温もりだった。「耐えて、和良」彼女はささやいた。その眉には汗の玉が浮かんでいた。「手動で骨を繋いでいる。動かないで」
「俺のことは気にするな、聖女」和良は歯を食いしばって言った。その顔は青ざめていた。「他の者たちを生かしておいてくれ」
一方、ヴェインは前進を始めた。彼は頂点捕食者のような恐ろしい速度で動いた。翔太と佳志が飛び込んだ。その動きは寒さで鈍く、低レベルの風の斬撃と槍の突きで将軍を撹乱しようとした。ヴェインは大剣を抜くことさえせず、翔太の刃を装甲された二本の指で受け止め、邪魔者を払うように脇へはじき飛ばした。
「これがお前たちの実力か?」ヴェインは嘲笑した。その死んだくぼんだ目が、彼らの必死の動きを追っていた。「予言の伝説の英雄たち? 棒きれで遊ぶ子供たちのように戦うな」
空き地の向こう側で、詩織はリッチと対峙していた。シラス卿は物理的な速度を必要としなかった。彼女は周囲の空間を歪め、死霊の霧の瞬きの中に現れたり消えたりした。現れるたびに、エメラルドの地獄の炎の一撃が続いた。詩織は炎の中を舞い、その動きは正確で効率的だったが、自身の体力バーが見えないという「盲目」状態が、あらゆる回避を賭けに変えていた。
考えろ、詩織、考えろ! と彼女は自分に言い聞かせた。彼は人間だ。人間なら限界がある。人間なら心臓があり、神経系があり、限界点がある。
彼女はヴェインの足運びを観察した。彼が攻撃のために体をひねるたびに、右足を優先し、その動きが一瞬の間、途切れていた。古い傷だろう、おそらく彼が裏切り者になる前の人生でのものだ。それは微視的な細部だったが、消耗戦においては命綱だった。
「ゆあ! めい!」詩織は叫んだ。「風の流れを彼にではなく、彼の足元の雪に集中させて! 吸引の渦を作れ!」
二人の少女は即座に理解した。彼らは地面に手を叩きつけた。ヴェインの重い鎧の下の雪が撹拌され始め、局所的な不安定さを生み出した。ヴェインは一瞬、よろめいた――足元が解けた雪に変わったのだ。
「今だ!」
翔太と佳志はその隙を見逃さなかった。彼らは鎧ではなく、関節を狙った。彼らの武器は彼の肩当てに音を立て、火花を散らした。致命傷ではなかったが、ヴェインに後退を強いた。傲慢な笑みがついに揺らぎ始めた。
ヴェインの重い鉄のブーツの下の雪が激しく動いた。ゆあとめいが作り出した局所的な風の渦のおかげで、固い地面は危険な撹拌された解け雪に変わった。待ち伏せが始まって以来初めて、そびえ立つ将軍はよろめき、その重みに右膝が折れ曲がった。
翔太と佳志はその微視的な隙を無駄にしなかった。彼らの武器は稲妻のように重い鎧の関節を打ち、巨大な裏切り者に防御的な後退を強いた。
詩織の計画は成功した。彼女は圧倒的な相手の物理的な限界を見つけ出した。しかし高位魔法が支配する戦場では、注意が一瞬でも逸れることは致命的な贅沢だった。
詩織の黒い瞳が、戦略の成功を確認するためにヴェインに向いた短い瞬間、シラス卿が動いた。
リッチは詠唱しなかった。ただ骨ばった指を上げ、空虚な眼窩がエメラルドの地獄の炎で燃え上がった。集中したギザギザの死霊エネルギーの一撃――音もなく致命的だった――が、舞い散る雪を切り裂いた。
詩織の【知覚】能力が警告を叫んだが、深淵の儀式の押しつぶすような弱体化効果でまだ鈍っていた彼女の体は、時間通りに反応できなかった。彼女は胴体をひねり、刀で受け流そうとしたが、闇の魔法は刃を完全に避けた。
呪文は彼女の左腕に激突した。
衝撃は氷の割れる音のように響いた。詩織は鋭い息を呑んだ。死霊の魔力が彼女の防御的な力場を裂き、肉に深く食い込んだ。袖の布地は崩れ落ち、深紅の血の噴出が純白の雪の上に飛び散り、即座に暗い結晶に凍った。焼けつくような麻痺する苦痛が彼女の上腕から広がり、完全に麻痺させようとしていた。
「詩織様!」聖女イヴリンが叫び、その声はパニックに満ちていた。和良の治療から一瞬目を離した。
「大丈夫よ!」詩織は歯を食いしばって嘘をつき、血まみれの腕を押さえた。彼女は無理やり背筋を伸ばし、自分を嘲笑うアンデッドの生き物に弱みを見せるまいとした。「前衛に集中して!」
しかしシラスが追撃を放つ前に、新たな恐ろしい音が凍てついた大地を震わせた。
それはリズミカルな重い鼓動の音だった。心臓の鼓動を何千倍にも増幅したように聞こえた。
猛吹雪の濃く目をくらませるカーテンを通して、地平線に巨大なシルエットが形成され始めた。彼らがちょうど去った村の方向から接近していた。最初、前衛の生徒たちの胸に必死の希望の火花が燃え上がった。増援か? 地元の村の民兵が「都からの英雄たち」を助けるために結集したのか?
その希望は、シルエットが樹木線を突破したとき、残酷な死を遂げた。
それは軍隊だった。何百もの重武装した悪魔、グロテスクな小鬼、腐敗したアンデッドの兵士たちが、完璧で恐ろしい歩調で行進していた。彼らの武器は暗い魔力で輝き、その目は不自然な集団的な飢えで燃えていた。
そして前衛の最前列に立ち、悪魔の行進を率いていたのは、詩織が見覚えのある顔だった。それは太い茶色の髪の中年男性――冒険者ギルドへの道を感謝しながら教え、村が滅びゆくと涙ながらに語った、まさに同じ村人だった。
しかし今、彼の人間の皮膚は剥がれ落ち、高位のドッペルゲンガー悪魔の歪んだ角のある姿を露わにしていた。
冷たい現実の水が詩織の頭を洗い流した。パズルのピースが激しく組み合わさった。
地図、と詩織は息を詰まらせながら思った。王国の図書館で北部フロンティエラの地図を調べた時…この峠には集落は登録されていなかった。地形はA級危険区域に指定されていた。地図がただ時代遅れだと思っていた。
それは時代遅れではなかった。最初から村など存在しなかったのだ。
重厚な木造の家々、煙突から立ち上る煙、ギルドの疲れた受付係――それは全て、手の込んだ大規模な幻覚と心理的な罠だった。彼らは困っている集落に偶然出くわしたのではなく、自分たちの英雄コンプレックスと無知に誘われて、悪魔の要塞の開かれた口に直接歩み寄っていたのだ。
ついに体勢を立て直し、翔太を打ち払ったヴェイン将軍は、傷跡のある顔を到着する軍隊に向けた。彼は満足そうには見えなかった。
「誰が出撃命令を出した?」ヴェインは怒鳴った。その不自然に大きな声が風の遠吠えに反響した。彼は軍隊を率いるドッペルゲンガーをにらみつけた。「私は駐屯軍に待機命令を明確に出した! シラスと俺だけで、この青二才の子供たちを処理するには十分だ。お前は俺の狩りの邪魔をしている!」
それは傲慢さと指揮系統の乱れの露骨な表れだった。そして詩織にとっては、それが彼女が切実に必要としていたまさにその気晴らしだった。
「目を覆え!」詩織はクラスメイトに叫んだ。
左腕の耐え難い痛みを無視して、詩織は衰えゆく魔力の貯蔵を掘り起こした。彼女は致命傷を狙わず、実用性を狙った。猛烈な速さで詠唱し、彼女は右手をリッチに向けて突き出した。
「光なき深みより、立ち上がり隠れよ――深淵の灰!」
濃密な爆発的な漆黒の魔法の粉塵が、シラス卿の顔面に直接炸裂した。死霊の粒子はリッチのエメラルドの目に付着し、一瞬、彼女の魔法の視覚を奪い、魔力感知ネットワークを遮断した。
「生意気な小娘が!」シラスは金切り声を上げ、青い炎の流れを盲目的に放ったが、それは詩織を完全に外れた。
詩織は呪文が着弾するのを待たなかった。彼女はすでに踵を返し、金色の目を気を取られたヴェイン将軍に固定していた。
彼女は詠唱を完全に放棄した。トップクラスの生徒の高速処理能力を使って、中位の攻撃魔法――【虚空の斉射】――を起動したが、システムに魔法陣を指数関数的に複製させた。
圧縮された闇魔力の、二十本の黒くギザギザした槍が彼女の周囲の空中に物質化した。詠唱を省略したため、個々の槍の威力は半減していたが、その量は圧倒的だった。
刀の激烈な一振りで、詩織はそれらを全て同時に放った。
斉射は、ヴェインが戦闘に顔を戻した瞬間に命中した。暗い槍は彼の重い鉄の鎧に砲弾の力で打ち込まれた。肉を貫通はしなかったが、その衝撃の運動エネルギーは圧倒的だった。ヴェインは怒りと痛みで咆哮し、速射の爆発が彼の呼吸を乱し集中力を打ち砕く中、片膝をつくことを強いられた。
さらに重要なことに、それは彼の手甲から放たれる黒い瘴気を打ち砕いた。
深淵の儀式:聖なる追放の抑圧的で息苦しい天蓋は、脆弱なガラスのように割れ、雪の空気に溶け去った。
瞬時に、押しつぶすような重みが前衛の肩から消え去った。世界の周囲の魔力が彼らの体に戻ってきた。抑圧されていた能力値は100%に急上昇した。彼らの内部システムインターフェースの灰色化していたアイコンは、鮮やかで目がくらむような色で輝いた。
彼らの究極能力が解き放たれた。
「今よ!」詩織は命令した。その声は絶対的な権威で響いた。「司令官たちに究極能力を使え! 私は大群を引き受ける!」
詩織は彼らが従うのを待たなかった。彼女は行進する悪魔の軍隊に向き直り、その黒い髪は猛吹雪の中で激しく舞った。彼女は刀を鞘に収め、両足を雪の中にしっかりと固定し、魔力の核の最も深く最も暗い貯蔵を呼び覚ました。
魔力バーが危険なほどゼロに近づいているのを感じたが、彼女は気にしなかった。
「【究極能力:事象の地平線】!」
悪魔の軍隊の前の空気が激しく歪んだ。絶対的で息苦しい闇の一点が物質化し、即座に重力と魔法の力の巨大な渦巻くブラックホールへと膨張した。風の音は完全に消され、球体の純粋な密度に飲み込まれた。
悪魔たちは叫ぶ時間さえなかった。行進する軍隊は主に低級から中級の怪物で構成されていたからだ――ランクAには遠く及ばない――彼らは局所的な空間の歪みに対する耐性を全く持っていなかった。
前衛は足を地面から離され、激しく虚無に吸い込まれた。鎧は押しつぶされ、武器は粉々になり、身体は事象の地平線を越えるにつれて原子の塵に還元された。十秒足らずで、悪魔の要塞の誇り高き恐ろしい前衛は完全に吸収され、戦場から消去され、雪の中に完璧に滑らかなクレーターだけを残した。
彼女の背後で、気温は猛吹雪が暖かい夏の日のように感じられるレベルまで急降下した。
「【究極能力:氷河の永遠】!」翔太が咆哮した。
翔太は広刃の剣を地面に打ち付けた。絶対零度の氷の恐ろしい波が外側に炸裂し、水晶の津波のように地面を駆け抜けた。それは盲目のシラス卿に直撃した。リッチは金切り声を上げた。聖なる力を帯びた氷が彼女の死霊の障壁を粉砕し、ぼろぼろのローブを凍らせ、その骨格を巨大なギザギザした氷河の中に閉じ込めた。氷は彼女の物理的な器を裂き、壊滅的な損傷を与えたが、彼女の魂の器は彼女を生者の世界に繋ぎ止めていた。
自分の軍隊が数秒で全滅し、副司令官が完全に凍りつくのを見て、ヴェインの傲慢さはついに消え去った。
「くそっ!」ヴェインは吐き捨て、へこんだ胸当てを押さえた。
翔太や佳志が追撃する前に、ヴェインは高位の物理移動能力を起動した。空気がソニックブームで割れ、将軍は猛吹雪の中に消え、信じられない速度で山々へと退却した。
その直後、暗い転移の円がシラス卿を閉じ込めた氷の塊の下で輝いた。嫌な砕ける音とともに、リッチは影の中に沈むのに十分なだけ氷を砕き、自らの命を救うために戦場から完全に姿を消した。
風の遠吠えを除いて、空き地に静寂が落ちた。
彼らは勝利した。罠を破ったのだ。
詩織は一瞬、立ち尽くし、悪魔の軍隊がいた空っぽのクレーターを見つめた。勝利の笑みが彼女の唇をかすめた。
そして、彼女のシステムが虚ろな警告音を鳴らした。
【警告:魔力枯渇が0%に達しました。宿主が臨界停止状態に入っています】
彼女の視界は瞬時に暗闇に狭まった。彼女の脚は完全に力尽き、彼女は後ろに倒れ、血に染まった雪に向かって落ちていった。
「詩織様!」
聖女イヴリンは神速で動き、氷の上を滑って倒れる少女が地面にぶつかる前に受け止めた。ゆあ、めい、翔太がすぐに彼女たちの側に駆け寄り、意識を失ったリーダーの周りに防御的な円陣を組んだ。
「彼女は持てる全てを使い果たした」イヴリンは優しく呟き、詩織の胸に優しく癒しの聖なる光を送り込み、その生命徴候を安定させた。彼女は疲れ果てて傷ついた前衛の生徒たちを見上げた。「彼女は私たち全員を救った。さあ、吹雪が私たちを埋める前に、彼女を安全な場所に連れて行かなければ」
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