第10話:強欲の罪と偽神のチェス盤
洞窟の風が京也の革のような翼を打ちつけ、彼は巨大な石筍の周りを急旋回した。
彼のワイバーン形態は生物工学の傑作だった。翼幅は約30フィート、鱗は強化鋼鉄のようで、彼は100階層の広大な暗闇を恐ろしい速度で切り裂いた。飛行は効率的なだけでなく、爽快だった。彼は逃げる獲物を数秒で追い詰めたり、スライムの体では地上で決して達成できない回避行動を実行したりできた。
突然、鋭く振動するパルスが彼の頭の中に響いた。ノヴァではない。【糸操作】ネットワークからの触覚フィードバックだった。
「罠12が作動した」京也は考え、竜の目を細めながら飛行経路を調整した。「そして引っかかったものは重い」
「糸の張力を分析中」ノヴァが割り込み、そのデジタル声は歯切れよかった。「宿主、細心の注意を払ってください。網の中で暴れている存在は、標準的な獣ではありません。アビサルリーパーです」
京也の巨大な翼が一瞬、よろめいた。アビサルリーパー。ダンジョンに来て最初の週に彼の魂を刈り取るところだった、あのランクAの spectral な恐怖だった。
「死神の偽物か」京也はシューッと言い、アドレナリンと復讐心の怒りが全身に溢れた。「リベンジマッチを待ってたんだ。倒せるか?」
「勝利の確率は高いです」ノヴァが計算した。「しかし、代償は大きいでしょう。リーパーは死霊の鎌で武装した spectral な存在です。物理的トラウマに対して非常に高い耐性を持ちます。その主な弱点は聖光と雷魔法です。あなたはどちらも持っていません」
「火と水はある」京也は反論し、洞窟の天井のすぐ上にホバリングしながら、罠を見下ろした。
下では、ぼろぼろの浮遊する影をまとった恐ろしい骸骨の姿が、巨大な骨の鎌の一振りで、京也の酸性の糸を体系的に切断していた。
「火と水の魔法では、 spectral な甲殻に対して20%未満の効率しか得られません」ノヴァは警告した。「標準的な戦闘を仕掛ければ、深刻な損傷を負い、HPの半分以上を失うでしょう」
京也は竜の舌打ちをした。「毒は?」
「アンデッドには無効です」
「じゃあ、見逃すしかないのか?」京也は苛立ちを抑えきれずに詰め寄った。
「私はそうは言っていません」ノヴァの口調が変わり、明らかに smug で、共謀者的なエッジを帯びた。「後で感謝してもいいですよ、草薙。あなたの前回の睡眠サイクルの間に、私は【吸収】スキルのアルゴリズム限界を永久に最適化することに成功しました。あなたの流体質量を使って対象を完全に包み込むなら、現在のランクよりちょうど一つ上のランクの存在を吸収できます」
京也の竜の口元が恐ろしい笑みに歪んだ。「俺はランクBだ。奴はランクA」
「その通りです。落ちなさい」
京也は躊躇しなかった。彼はワイバーンの翼を引っ込め、即座に変身を解除した。彼の巨大な鱗のある体は空中で液化し、巨大な濃い紫のゼラチン質の球体に戻った。重力と自身の空間認識に導かれ、彼はゼラチンの隕石のように天井から落下した。
リーパーが最後の糸を切断する前に、頭上からの暗闇が崩れ落ちた。
ベチャッ!
京也はアンデッドのモンスターを完全に包み込んだ。リーパーは金切り声を上げた――無音の、精神的ないめき声で、京也の無限の知性を揺さぶった――そして彼の液体の体内で狂ったように鎌を振り回した。
鋭い耐え難い悪寒が京也のコアを引き裂いた。
【警告:死霊ダメージを受領。HP:-150】
「消化しろ!」京也は心の中で咆哮し、彼のスライム体の酸性酵素にマナの全ての注ぎ込んだ。闘いは激しかったが、短かった。リーパーの影のマントは溶解し、その骨格構造は巨大な流体圧力の下で砕け、ついに鎌は無に溶け去った。
青いシステム画面の滝が暗い洞窟を照らし出した。
【対象を撃破:アビサルリーパー(ランクA)】
【多大な経験値差を検知。レベルアップ:135 → 145】
【最大HP:5,000(現在:4,850)】
【MPが250増加しました。SPが100増加しました】
【STRが200増加しました。AGIが200増加しました】
【新規スキルアンロック】
【無形の体】(レベルB):固体物質を透過できる。(聖なる防護障壁には無効)
【死の抱擁】(レベルB):物理接触で深刻な死霊ダメージを与える。
【魂収穫】(レベルC):最近死亡した対象から、緩いマナ/魂の断片を抽出できる。
【絶望のオーラ】(レベルA):心理的恐怖の局所的なフィールドを放出する。
【深淵のヴェール】(レベルC):高度な影のカモフラージュ。
【影相転移】(レベルB):影の間の短距離テレポート。
京也は小さな水たまりに再形成し、ほとんど疲労であえいでいた。「よし、これは馬鹿げてきた。スキルが多すぎて、自分の装備さえ把握できない。ノヴァ、これらを自動でクイックメニューか何かにソートしてくれないか?」
沈黙。
「ノヴァ?」京也は促した。いつもなら、彼女はミリ秒以内に皮肉な返答を用意している。彼女の沈黙は耳をつんざくほどで、非常に不気味だった。
「宿主」ノヴァがついに話した。その声には一切のユーモアが欠けていた。鋭く、臨床的で、そして本当に緊張していた。「異常を検知しています。左に3メートル。壁がパッシブな隠蔽フィールドを投影しています。その背後には…巨大な空間ポケットがあります。集中したアーティファクト、未知の構造レイアウト、そして生物的な生命反応はゼロです」
京也は凍りついた。「隠し部屋? 魔王のフロアにか?」
「ここで集中力を失えば、私たちは両方とも死にます」ノヴァは厳かに警告した。「これはモンスターではありません。これは建築物です。あなたの命令は?」
「安全策を取ってここまで来たわけじゃない」京也は考え、好奇心が慎重さを上回った。「調べてみよう。でも静かに」
新たに獲得した【無形の体】とパッシブスキルの【隠蔽(レベル∞)】を同時に起動し、京也は黒曜石の壁に向かって這った。冷たい石に押し付けると、彼の流体の体は振動し始め、濃い霧であるかのように密度の高い岩を透過した。
彼は反対側に現れ、すぐに止まった。
彼はもうダンジョンにはいなかった。図書館の中にいた。
それは洞窟のような、美しく保存されたアーカイブだった。巨大なマホガニーの棚は50フィートの高さまで伸び、何千もの革装丁の魔導書、巻物、古代のテキストで並んでいた。部屋は浮かぶ永遠のキャンドルによって柔らかく照らされていた。空気は埃、古い羊皮紙、そして濃密で濃縮されたマナの匂いがした。
「魔王の図書館…」京也は呟き、完全に畏敬の念を抱いていた。
「罠はありません。警備もいません」ノヴァは確認したが、依然として非常に疑わしそうに聞こえた。「ただのデータです」
京也の目は比喩的に輝いた。この世界では、知識が究極の武器だった。彼は地理を知らず、政治も知らず、システムの真のルールも知らなかった。この現実の残酷な論理を生き抜くために、彼はチェス盤の全ての駒を必要としていた。
「本を食べる」京也は宣言した。
「はい?」ノヴァは心から驚いて尋ねた。
「手でページをめくる手もないし、読んでいる時間もない」京也は説明し、スライムの体を小さな家ほどの大きさまで積極的に拡張した。「図書館全体を吸収する。インクも羊皮紙もデータも同時に同化する」
「宿主」ノヴァはため息をつき、おなじみの苛立ちが彼女の声に戻った。「あなたは今、文字通り強欲の罪を犯しています」
「『速読』という言葉の方が好きだ」京也は言い返した。
彼は暗いゼリーの津波のように前に押し寄せ、最も近い本棚に激突した。彼は【吸収】を起動した。
最初の百冊が彼のコアに溶解した瞬間、それが襲った。身体的な痛みではなかった。それは終末的な心理的DDoS攻撃だった。何千年もの歴史、魔法理論、地政学的地図、技術的設計図が、苦痛に満ちたたった一分間で彼の頭の中に殺到した。
彼の巨大な形態は即座に凝集力を失った。京也は図書館の無垢な木の床にべちゃっと広がり、哀れでピクピク動く濃い紫のスライムの水たまりに完全に平らになった。部屋は激しく回転した。辞書を吐き出しそうな気分だった。
「馬鹿」ノヴァは優しく窘め、すぐに管理的な制御を引き継いだ。「データパッケージを処理中…時間タグをソート…地理的座標をインデックス化…めまいを中和しました」
ゆっくりと、京也の頭の中の回転が止まった。彼の意識は結晶のように明瞭になった。
彼は知っていた。全てを知っていた。
彼らがいる世界はカスケディアと呼ばれていた。現在は工業歴404年だった。彼のクラスメイトたちがおそらく経験している中世のファンタジーとは異なり、世界――特に南部地域――はマナ蒸気技術によって動かされる産業革命に積極的に移行していた。
地理は、危険な海によって隔てられた二つの巨大な陸塊に分かれていた。
東方大陸:神聖で冬に閉ざされた北部フロンティエラと、重武装した工業化された南部サンダーランドの本拠地。
西方大陸:4つの主要国家からなる分裂した陸塊。東海岸を支配するハイランディア、豊かな北部領土を支配するグリーンフィールド、西部の影の国ギャロムーア、そして最後にヴァエロリア。ヴァエロリアは、知られた世界の最も西の端に位置する、海から完全に隔絶された、深く伝統的な内陸王国だった。
そしてこのダンジョン? 彼らはアウトランドの真下にいた――メリディアーナとクレストヘイヴンの間の海のど真ん中に位置する、未踏の異常な島。それは嵐の目だった。
しかし、京也の芯を本当に凍らせたのは歴史だった。
魔王の禁断の古代の書物によれば、カスケディアの歴史は完全に作り物だった。神的な創造主の記録は存在しなかった。代わりに、テキストは恐ろしい真実を示唆していた。女神カミヤ、彼のクラスを誘拐した存在は、慈悲深い救世主ではなかったのだ。
「テキストは、カミヤとして知られる存在が、システムを parasitic なループとして設計したことを示しています」ノヴァは彼の頭の中でささやき、データを合成した。「彼女は人類を救うために魔王と戦っているのではありません。彼女は永続的な戦争を利用して、死者の魂とマナを収穫しているのです。人間は彼女を崇拝していますが、彼らが戦う悪魔よりもはるかに邪悪である可能性を、ゆっくりと忘れさせられてきました」
京也は床に凍りついたように横たわっていた。彼のクラスメイトたちは上にいる。木谷、詩織、リナ…達也。彼らは、狂気の神によって仕組まれた、不正な宇宙のチェスゲームの使い捨てのポーンとして使われていた。
京也の中で咲いた怒りは、モンスターに対して感じる熱い復讐心ではなかった。それは冷たかった。絶対的だった。計算高かった。
「ノヴァ」京也は思考を投影した。その声はぞっとするほど冷静だった。「彼女を殺せるか? 女神カミヤを消滅させられるか?」
彼の心の中で、AIは何十億ものシミュレーションを実行し、京也の現在のランクBのステータスと、世界の支配者の局所的な神的権威を比較検討した。
「あなたの現在のパラメータでは、成功する神的暗殺の確率はゼロパーセントです」ノヴァは正直に答えた。
京也はたじろがなかった。「今の話はしてない」
ノヴァは間を置いた。彼女が再び話したとき、そのデジタル声は深く、恐ろしい重みを帯びていた。「もしあなたがランクSSSに到達し…上の地政学的な盤面を操作し…そして深淵を完全に武器化すれば…確率は非常に低いですが、草薙。しかし、それはもはやゼロではありません」
京也は液体の体をまとめ始め、図書館の床から立ち上がった。
「じゃあ、仕事に戻ろう」
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