第五話「灰を這う令嬢」3
日が落ちる頃には、王都の石畳は別の顔をする。
昼の往来が嘘だったみたいに人影が薄くなり、店々の灯りは狭まり、逆に見えていなかった隙間だけが濃くなる。
貴族街と旧礼拝堂区画のあいだは、とくにそうだ。人が住まなくなった石造建築は、夜になると自分の内側へ音を返す。足音ひとつで、誰が余所者かが分かる。
エレノアは図面を畳み、崩れた塀沿いに身を寄せた。
前方、蔦に半ば呑まれた礼拝堂跡の脇に、小さな鉄扉がある。
正面ではない。荷車一台がぎりぎり通れる程度の横口だ。
昼の記録院で見た走り書きが、まだ指先に残っている気がした。
――夜間通行、王璽印あれば妨げず。
法務局の印ではない。
教会の印でもない。
王の印だけが通る横口。
それがただの保守用搬入口であるはずがないと、もう分かっている。
分かっていて、ここへ来てしまった。
ほどなくして、灯火を覆った小型馬車が一台、音を殺すように滑り込んできた。
御者は紋章を出さない。扉番も何も尋ねず、ただ一度だけ覆い灯を掲げて、中を改めるでもなく馬車を通した。
通された、というより、迎え入れたように見えた。
ここで引き返せば、まだ正しい調停士でいられる。
疑わしい記録をさらに集め、上へ報告し、封印の決裁者を探り、手続きを積み上げる。それが本来の道だ。
だが、手続きを積んでいるあいだにも、夜は開く。
誰かがここを通り、何かがここで行われ、そして朝には、何もなかったことにされる。
その想像が浮かんだ瞬間、足はもう戻らなかった。
鉄扉が閉じきる前、エレノアは脇の崩れた排水口へ身を滑らせた。
古図に残っていた、旧給水路の残骸だ。人が這えば通れる程度の石組み。湿気と藻の匂いが鼻を刺す。
「……最悪です」
誰にともなく呟きながら、灯を絞る。




