表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/43

第五話「灰を這う令嬢」3

 日が落ちる頃には、王都の石畳は別の顔をする。


 昼の往来が嘘だったみたいに人影が薄くなり、店々の灯りは狭まり、逆に見えていなかった隙間だけが濃くなる。

 貴族街と旧礼拝堂区画のあいだは、とくにそうだ。人が住まなくなった石造建築は、夜になると自分の内側へ音を返す。足音ひとつで、誰が余所者かが分かる。


 エレノアは図面を畳み、崩れた塀沿いに身を寄せた。


 前方、蔦に半ば呑まれた礼拝堂跡の脇に、小さな鉄扉がある。

 正面ではない。荷車一台がぎりぎり通れる程度の横口だ。


 昼の記録院で見た走り書きが、まだ指先に残っている気がした。


 ――夜間通行、王璽印あれば妨げず。


 法務局の印ではない。

 教会の印でもない。

 王の印だけが通る横口。


 それがただの保守用搬入口であるはずがないと、もう分かっている。

 分かっていて、ここへ来てしまった。


 ほどなくして、灯火を覆った小型馬車が一台、音を殺すように滑り込んできた。

 御者は紋章を出さない。扉番も何も尋ねず、ただ一度だけ覆い灯を掲げて、中を改めるでもなく馬車を通した。


 通された、というより、迎え入れたように見えた。


 ここで引き返せば、まだ正しい調停士でいられる。

 疑わしい記録をさらに集め、上へ報告し、封印の決裁者を探り、手続きを積み上げる。それが本来の道だ。


 だが、手続きを積んでいるあいだにも、夜は開く。

 誰かがここを通り、何かがここで行われ、そして朝には、何もなかったことにされる。


 その想像が浮かんだ瞬間、足はもう戻らなかった。


 鉄扉が閉じきる前、エレノアは脇の崩れた排水口へ身を滑らせた。

 古図に残っていた、旧給水路の残骸だ。人が這えば通れる程度の石組み。湿気と藻の匂いが鼻を刺す。


「……最悪です」


 誰にともなく呟きながら、灯を絞る。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ