第四話「焼け跡の紋章」1
人は、燃えた家の灰にさえ値札をつけたがる。
火が高いうちは誰も近づかない。
だが火が消え、石が冷え、死んだ者の名が帳面の中へ押し込まれたあとになると、急に皆、焼け跡の持ち主になりたがるのだ。
王都北西外れ、旧貴族街再整備区画。
焼失廃邸整理に伴う所有権争論。
発掘品、銀器数点、聖具片、古文書断片。
主張家数、現時点で三家。
綴りの冒頭に並んだその文字を、エレノア・ヴェイスは馬車の中でゆっくり追った。
紙の匂いはいつも少し心を落ち着かせる。
人の怒鳴り声より、祈祷の文句より、記録のほうがまだ筋道を持っているからだ。
けれど今回の綴りは、最初から指先にざらつくものがあった。
最後の頁だけ紙質が違う。あとから差し込まれた写しだ。焼失邸の一覧、接収区分、取り壊し予定、保全要否。役所の文書らしく、冷たい言葉が整然と並んでいる。
その途中に、一つだけ、妙に目を引く家名が混じっていた。
旧アシュベル伯爵邸。
エレノアはそこでもう一度目を止めた。
数年前の反逆事件で断絶した家。
王都の記録に載る時はたいてい、家名の前か後ろに、焼失、接収、断絶、封鎖といった単語がついて回る。
死人の名に泥を重ねるみたいで、あまり好きな書き方ではない。
だが好き嫌いと、不自然さは別だ。
この綴りは薄すぎる、と彼女は思った。
焼失した旧貴族邸の整理記録にしては、接収目録があまりに薄い。立会人名簿も短い。封鎖から解錠までの期間も、妙に早い。
まるで、早く終わらせることだけが目的だった案件の顔をしている。
しかも相手は、アシュベル家だ。
反逆で断絶した家の処分記録にしては雑すぎる。
「難しい顔してるな」
向かいから低い声が飛んだ。
カイルは腕を組み、馬車の小窓の外を見ていた。相変わらず、教会でも役所でも似合わなさそうな無愛想さである。
だが今日は、それだけではない気もした。視線の置き方がいつもより硬い。ぼんやり外を眺めているふうで、荷馬車、通りの影、人の数、外れへ行くほど増える空き家の並びを、ひとつずつ拾っている。
「難しい顔ではありません」
「そうか」
「考えているだけです」
「同じようなもんだろ」
感じが悪い。
けれど今のエレノアには、それをいつもの雑なやりとりとして流しきれないところがあった。
神罰の井戸事件の終わりから、この男を見る目が少し変わってしまっている。
煽動屋に向けた、あの剥き出しの殺気。
昼の顔、というあの妙な言葉。
裂けた拳に壁のせいだと嘘をついて、嘘だと指摘されても平然としていた顔。
ただの護衛ではない。
それだけは、もう分かっている。
「今回の争点は、表向きは発掘品の所有権です」
エレノアは綴りへ視線を落としたまま言った。
「ですが、銀器や聖具片は口実かもしれません。何か裏があるかも」
「焼け跡漁りにしちゃ上品だな」
「貴族はたいてい、上品な顔で下品なことをします」
「お前も言うようになった」
少しだけ口元が動いた。笑ったのかもしれない。
だがその軽さも、すぐ消えた。




