解放 ※レオナール視点
レオナール視点
ガシャりと音をたてて陶器が割れ、紅茶が溢れた。
「あ、いけない……」
「片付けは私たちがやりますので」
「お願いするわ」
エレノアにしては珍しいことだったが、それほど動揺していた。
メイド長代行に掃除を任せ、彼女は侯爵の話を聞くために、レオナールの隣に座った。
「侯爵。それは本当か。誰の情報なんだ? 俺たちがワールドエンドを出た時は、そんな事態になってなかったんだ」
「そうだろうな。でなければ、お前たちが帰ってくるわけがないからな。アカリがワールドエンドから連絡が来たと言っていた」
「……一体誰が?」
レオナールとエレノアは、見つめ合った。
「さあな。シズカではないが、信用のできる者だと言っていた。わしらが子供の頃にも魔物襲撃があったのを覚えていたし、ウルフェンハルト家の古書を見せてきたら、アカリを信頼したんだ」
「アカリ様の部屋を調べても良いでしょうか?」
家臣が、主人の部屋を捜索するのは許されることではない。そんなことはわかっている上で、エレノアは尋ねた。
「……はぁ……わしが怒られるのが目に見えるようだ」
「お願いします。バレないようにしますから」
「それは無理だと知ってるだろう。執事長代行もメイド長代行も、屋敷の奴らはみんなアカリの味方だからな」
「そうでした。それでもお願いします」
ワールドエンドにまでアカリの密偵がいる。
それが誰なのか知る必要がある。それと、災害の一次情報も。
「お前たちが、そこまで必死とはな。他にも話があるから、戻ってきてくれ」
「ありがとうございます」
アカリの部屋に入ると、そこはレオナールたちが知る部屋とは違っていた。
「これが、あのアカリ様の部屋か?」
「はい。アカリ様の執務室となっております」
彼女の部屋は壁一面に棚が並び、書類の山が整理されて納められていた。
「見事なものだ。これを彼女一人で?」
「いえ、今日は休みですが、選抜された役人が何人もここで働いております」
アカリの執務している机の引き出しを引いた。
鍵がかかっていた。
「これをどうぞ!」
執事長代行が鍵を差し出した。
「え?」
「アカリ様から、お二人がこの部屋に入られたらお渡しするようにと」
レオナールとエレノアは、驚いた顔を隠せなかった。
「そこまで、見通していたと言うのか?」
「はい」
蛹から蝶が羽化し、飛び立つ。
机の中には、三通の手紙が入っていた。
一通は、封が開けられていた。
ワールドエンドの危機を知らせる連絡だった。
差出人は、プロスト。王立学園の若き教授だった。
「プロストか……」
「シズカ様の側にいた学者ですね」
「そうだ。俺たちも、シズカ様の周囲にいる者として、彼のことも一通り把握していた。少なくとも、怪しい人物には見えなかったがな」
「そうですね。情報提供者ということでしょうか。元々、ワールドエンドには通っていたと聞いてますし」
「確かに、学者であることが本業なのは間違いないな……しかし、アカリ様の人脈の広さには驚かされるな」
それ以外にも、シズカが何をしたか、報告書として事細かく書かれていた。
「これは、領民集会の翌日の朝のものだな。これ以降の手紙は届いてないのか……」
あと二通は、封が閉じられていた。
宛先は、レオナールとエレノア。
差出人は、アカリ。
「あの子が、私たちに手紙とは……」
個人的な交流はなく、仕事上の付き合いしかしていない彼女から、手紙を貰うとは思っていなかった。
「シズカを大切にしてくれてありがとう」
手紙の内容は、今までの感謝と、これからも妹の世話を頼むと書いてあった。
侯爵の話していたことは事実だった。
「わからんものだな」
「そうですね。でも、アカリ様は他人がシズカ様を貶すのを、とても嫌っていました」
机の鍵を執事長代行に返すと、二人は侯爵の部屋に戻ってきた。
「アカリの部屋を見て驚いたろう?」
侯爵が大笑いをした。
「ああ、はっきり言って驚いたよ!」
「だろうな。たった二週間だ。俺たちの数十年が変わってしまった。いや、終わったんだ。次の時代が始まる」
「どういうことだ?」
「俺は、宰相もやめて、侯爵位もアカリに譲る。引退して、ウルフェンハルト領へと帰る。お前たちは、解雇だ。好きにしろ!」
そう言うと、あらかじめ準備していた袋を机の上に置いた。
「餞別だ。受け取ってくれ!」
「待て、まだその時じゃない」
「いや、レオ。お前より俺の方が、こういうのには昔から敏感だろ! 俺だって若くして侯爵位を継いだ。今までありがとう!」
侯爵は、握手をしようと手を伸ばしてきた。
「だがな……」
「レオナール、俺たちがやるべきことはやった。これからの人生は好きに生きろ! どこに行きたいんだ?」
ああ、そういうことか。
俺たちを解放するために……。
「アカリの話していたことは、難しくて半分もわからんかった。だが、一つだけわかった話がある。『シズカという花は、これからゆっくりと時間をかけて大輪の花を咲かせる』と」
「ああ、わかる。近くで見ていたい」
レオナールとエレノアは、頷いた。
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