調査 その一
レオナール視点 残り二話
「やはり気になるな」
レオナールは、馬車の窓から空を見上げた。
伝聞鳥が一羽、王都の上空を旋回している。
ワールドエンドへ向けて飛び立った鳥を見送り、レオナールたちは王都の外れにある炎石の邸宅へ向かった。
王都の中心部から離れるにつれて、人通りは少なくなっていった。
貴族街に近い場所では、整然と並んでいた石造りの建物も、この辺りでは少しずつ古びたものが増えている。庶民の暮らしの音が耳に入ってくる。
炎石の邸宅は、その中でも比較的静かな場所にあった。
馬車を降りると、レオナールは門を見上げた。
「ここだったな」
「はい」
エレノアも周囲を見回す。
人の気配がない。
レオナールは門を叩いた。
しばらく待っても返事はなかった。
もう一度叩こうと手を上げたところで、隣の家から婦人が顔を出した。
「炎石ならいないよ」
「留守ですか?」
「いや、引き払って出て行った。旅に出るから戻らないって」
レオナールは眉を寄せた。
「いつ頃だ?」
「さあ……数日前だったかな。急いで荷物を運び出していたので聞いたんだ」
「そうか」
「何かあったのかい?」
「いや、少し話を聞きたかっただけだ。ありがとう」
婦人が家の中へ戻るのを見届けてから、レオナールは炎石の邸宅へ視線を戻した。
門の向こうには、誰もいない。
窓にも人影はない。
冒険者は自由な稼業だ。ふっといなくなるのは、珍しいことではない。特に引退を仄めかしていた彼には、束縛もないだろう。
それでも、胸の奥に小さな引っかかりが残った。
「空振りだったな。次へ行こう」
「はい」
二人は馬車へ戻った。
王都の中心へ向かうにつれ、人の波が再び増えていく。
通りには行き交う人々の声が重なり、店先からは食事の匂いが漂ってくる。
いつもと変わらない王都の景色だった。
「エレノア、王立学園へ着くぞ!」
「はい」
馬車を降りた二人の目の前には、王城の前に広がる王立学園の巨大な校舎があった。
白い石壁に囲まれた敷地には、学生や教師が行き交っている。
しかし、学園の中へ入った二人に向けられる視線は、普段とは少し違っていた。
レオナールの顔を知る者が多いからだ。
王城に仕える家宰。
その肩書きだけで、自然と人の足が止まる。
「副学長は留守にしておいでです」
受付で確認すると、事務員が頭を下げた。
「留守。どこにいる?」
レオナールの低い声に、事務員の肩が僅かに跳ねる。
その様子を見ていたエレノアが、静かに息を吐いた。
対応した旧知の事務局長が、奥から出てきた。
「レオナール様」
「久しぶりだな」
「ええ。ですが……」
事務局長は困ったように笑った。
「レオナール様ですから、お答えしますが、ある事件がございまして、その対応で不在なのです」
「知ってるから安心しろ。クライン殿下に国宝級の魔道具を盗まれたんだろ? そして、その魔道具を悪用して、我が姫を暗殺しようとしたと」
事務局長の顔が強張った。
「……申し訳ありません」
それから、深く頭を下げる。
「学芸員からも事情を聞いたのですが、簡単に持ち出せるものではないのです。ものすごく重いのです。それに、あれが魔道具だと気づく者もいないと高を括っていたのも事実ですが」
「現場を見せてもらおう」
「はい」
事務局長は断ることができなかった。
三人は校舎の奥へ向かって歩き始める。
学生の姿が少なくなる。
やがて、一般の者が立ち入ることのない区画へ入った。
幾つもの扉を抜け、階段を下りていく。
足音だけが、石造りの廊下に響いていた。
「ここです」
事務局長が立ち止まった。
目の前には、頑丈な扉がある。鍵を開け、その先へ進む。
さらに長い階段を下りたところに、宝物庫があった。
厚い壁。幾つもの扉。ひんやりとした空気。
そして、その先にある広い部屋。
「そこにありました」
レオナールは周囲を見回した。
「どうやって盗み出したんだ?」
「私たちにもわかりません。この扉には、鍵がかかっていますから……」
事務局長は天井を見上げた。
「あそこに、空気を入れ替える口があります。そこからではないかと」
数階分ある高い天井。
その上部には、外へ繋がる天窓が設けられていた。
レオナールは目を細める。
確かに、魔道具や人が通れないほど狭いわけではない。だが、魔道具はものすごく重いらしい。
「引っ張りあげるのも大変ですけどね」
「それなら、どうやって?」
「さあ、魔術でしょうね」
レオナールは手を上げて適当に答える事務局長を止めた。
この事件には、不自然な点が多すぎる。
「だが、その前になぜクライン殿下が犯人だと決めつけたのだ?」
「私たちは、クライン殿下が盗んだとは言ってません」
「はぁ?」
事務局長は慎重に言葉を選んだ。
「ただ、盗まれる数日前に、この宝物庫に来ていました。彼が宝物庫に来ることなど、今まで無かったのです。そして対応した学芸員が、魔道具の箱を前に笑っている殿下を見たと。他にも、運搬について幾つか証言があったのです」
レオナールは腕を組んだ。
なぜならそれだけならば、状況証拠にすぎないからだ。
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