調査 その2
レオナール視点 ラスト
「それに、シズカ様にあの魔道具を使ったとの疑いは?」
事務局長が答えた。
「強力な魔道具として古くから保存されている遺物で、効果は不明なのですが、そのように聞いています。うーん。誰から聞いたのかな……」
レオナールの視線が、魔道具の置かれていた場所へ向いた。
王子が盗んだ。
そして、それを使ってシズカを暗殺しようとした。
話としては、出来上がりすぎている。
まるで誰かが、そうなるように材料を並べたようだった。
「誰かが噂を広げている……まさか……」
レオナールの脳裏に、一つの組織が浮かんだ。
こういった仕事を請け負うのは、闇ギルドだ。
闇ギルドに政治的な圧力を使える侯爵家は、ウルフェンハルト家だけだ。
「行くぞ」
「どちらへ?」
「闇ギルドだ」
王都にある闇ギルドの本部を訪ねた。
表向きは、古びた酒場だった。
昼間だからか、店内にいるのは数人の職員らしき者だけだった。暇そうに帳簿を眺めている。
他には数人の酒を飲んでいる冒険者くずれだけ。
レオナールが店内に入ると、何人かが顔を上げた。
だが、誰も声をかけない。
ここでは、それが暗黙の了解だった。
カウンターにもたれて、普通の客のような振りをしている男がいた。
レオナールは、その顔を見て足を止めた。
旧知の男だった。
王国の闇ギルドを支配下に置く、匿名の子爵。
「少し教えてくれないか」
「……久しぶりだな、レオ。一杯どうだ?」
男は手に持ったグラスを揺らした。
「要らん。聞きたいこと、わかるだろう?」
「ああ」
男は酒を一口飲んだ。
「窃盗品の魔道具の輸送と護衛の件だろ。王都森林調査会が依頼主だ」
レオナールは黙って聞いている。
「それと同じ依頼が、冒険者ギルドにも出てたよ。もちろん、窃盗品とは言われてなかったようだが」
「窃盗はお前たちの仕業じゃないのか? なぜ同じ依頼を冒険者ギルドにもしてるんだ?」
レオナールは首を傾げた。
「さあな」
男は肩をすくめる。
「窃盗の犯人は俺たちだって言いたかったんじゃないのか。王都森林調査会がクライン王子のダミー組織だと調べりゃわかる」
「証拠を残した……」
レオナールは呟いた。
「窃盗が自分たちだけでできるだけの力があるなら、輸送などいとも簡単にできるはずだが……」
ちぐはぐさ。
思慮の浅さ。
それが、意図的に作られたものだとしたら。
男はグラスを置いた。
「わしらは、ウルフェンハルトとは敵対しない。だから、事実を証言するだけだ。それもウルフェンハルトを通じてな」
レオナールは男の目を見た。
余計なことは言っていない。
だが、伝えるべきことは十分に伝わった。
「ありがとう。邪魔をしたな」
二人は闇ギルドを後にした。
王都の通りへ出ると、夕方の風が吹いていた。
人々は何も知らずに行き交っている。
露店では夕食の準備が始まり、子供たちの声が通りに響いている。
レオナールはしばらく無言で歩いた。
「……わかったのですか?」
エレノアが隣から尋ねる。
「ああ」
レオナールは前を見たまま答えた。
「奴の言いたかったことは、わかりやすかった」
「何だったのですか?」
「たとえ自作自演でも、舞台裏を暴露しないと」
エレノアは黙った。
二人の足音だけが、石畳の上に続いていく。
しばらくして、レオナールが口を開いた。
「アカリ様が……罠に嵌めたのか。だが、だとしても国王が認めるはずが……」
そこで、足が止まった。
「いや、違う」
レオナールは、ゆっくりと息を吐いた。
「ウルフェンハルトだからだ」
他の三大侯爵家とは違う。
王国を支えるのは、歴史のある北方公爵家だけだ。
それを思い知らされるように、王城の尖塔にはためく北方侯爵家の旗が夕暮れの空に浮かんでいた。
「わからないことがあります」
エレノアも王城を見上げた。
「暗殺未遂などという狂言。国王は信じたのでしょうか?」
「ああ、信じるしかなかったのだろうな」
レオナールは苦笑した。
「老獪な政治家である国王が負けるとは、愉快だな」
一拍置いて、表情を変える。
「いや、恐ろしいな。アカリ様は」
二人は再び歩き出した。
屋敷へ帰る道は、来た時よりも長く感じられた。
馬車に乗り込むと、人の往来が多い道を避け、ゆっくりと進んでいく。
珍しく、エレノアが御者の隣に座った。
まだ話し足りないのだろう。
アカリが何を考え、どこまで先を見ていたのか。
『彼女にはついていけない』
それが、レオナールとエレノアの本心だった。
『力の差』が、歴然と存在するこの世界、生命の危機を肌で感じる世界に於いて、力と能力のある者が信じ愛するのは、裏表のない純粋な意志と心だ。
ひたむきで。理想を追い求めるシズカ。
「あの子の元に戻ろう」
「そうですね。いつもなら待つ側でしたが、待たせるというのは落ち着きませんね」
「ははは、独り立ちしてないのは、我々の方だったな」
二人は、大笑いをした。
レオナールは、決意を固めるように馬に鞭を入れた。
馬車が走り出す。
王都の灯りが、流れる景色の中で次々と後ろへ遠ざかっていった。
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