告白
翌日、私は執政官邸の前で彼の帰りを待っていた。
昼前の穏やかな陽射しの中、隣の獣人族のキャンプ村から、子供たちの騒がしい声が聞こえてくる。
私は遠くの峠道へ目を向けた。
そして、そこに彼の姿を見つけた。
私は思わず微笑んだ。
馬を駆け、カリオンがこちらへ向かってくる。
「帰ったよ!」
疲れも見せず、カリオンは馬から降りた。
「見てたわよ。どれだけ飛ばしてくるのよ! でも、早かったわね」
「ああ、クロード準男爵が思ったよりも協力的でね。クラインにあれほど強く対応できるとは思わなかったよ。かりにも、王太子なのにね」
「クロードは規則にはうるさいほうだけど、身分に対しての敬意は少し少ないかもね」
だが、騎士団の分隊長であるカリオンも、王太子を相手に躊躇なく拘束しているのだが。
私の考えを見抜いたのか、分隊長は言い訳をするように言った。
「ああ、昨日、アカリが一緒だったからね」
「……呼び捨てですか?」
なぜか、気分が良くない。
カリオンが、王族の避暑地である別邸に住んでいることから、身分が高いのは知っている。ただの騎士団長ではないことも。
だが、そこじゃない。
姉の名前を、そんなふうに呼ぶことが面白くなかった。
どうしてだろう。
たったそれだけのことなのに、胸の奥がざわついている。
自分でも、どうしてこんなことが気になるのかわからない。
「……なんでもありません」
そう言って、私は視線を逸らした。
「ドワーフの探鉱へと行くんだろ?」
「ええ。ですが、その前に薬を塗りましょう!」
「いや、この前も塗ってもらったし……」
彼は照れ臭そうにしている。
口では拒否しているくせに、嬉しそうなのが態度から伝わってくる。
そんな顔をされると、ますます放っておけなくなる。
「さ、私の部屋に……」
きっと応接室には、アカリがくつろいでいるだろう。
そう思った私は、彼の背を押して、自分の部屋へと向かった。
部屋に向かう途中、少しだけ応接室の扉が開いた。
アカリたちが、扉の開いた隙間からこちらを見ている。
応接室には、探索するメンバーが集合しつつあった。
……見られている。
そう思った途端、急に恥ずかしくなった。
けれど、今さら引き返すわけにもいかない。
階段を上がる途中で、カリオンが足を止めて振り返った。
「どうした?」
「早く、私の部屋に!」
頬が赤くなるのを感じたが、それを誤魔化すように大声を出した。
しまった。
私の頬はさらに赤くなった。
「ふふふ」
さらに、わざとらしいアカリの声が聞こえる。
「……もう」
聞こえないふりをして、私はカリオンの背をもう一度押した。
「シズカ様、おでかけは……」
気の利かぬ、愛すべきメイドのクロエが、私に尋ねる。
もう、わかってるくせに。
「先に、カリオンの治療をするわ。少し皆んなに待っててもらって」
「はぁ……わかりましたぁ。お茶は?」
「い、ら、な、い、わ」
彼をいつものように、私のベッドに寝かせる。
彼は何も言わずにシャツ一枚になり、私が塗り薬を塗りやすいようシャツを捲り上げている。
「少し調合を変えてみたの。効果があるといいんだけど」
「忙しいのに、ありがとう!」
「ううん、たまたま見つけたのよ、良い配合を。でも、理論上だから」
嘘だ。
忙しい中で時間を作って、研究を続けていたのだ。
塗り薬を両手に塗り込むと、彼の背をなぞる。
熱を帯びて赤く筋のように浮き出ている傷跡のようなものに沿って、ゆっくりと薬を伸ばしていく。
指先を動かすたびに、赤い筋が少しずつ薄くなっていった。
効果は、以前よりも明らかだった。
「これから出かけるのに。眠くなってしまうな」
「ふふふ、寝てもいいわよ。置いてくから」
「それは困る。もう十分だ。それより、大切な告白をしたい」
嫌だ。
聞きたくない。
私は首を振った。
告白の内容は、わかっている。
わかっているからこそ、聞きたくなかった。
「頭のいいシズカのことだ。俺が何者なのか、知ってるんだろう?」
「いいえ……でも予想はつくわ」
「じゃあ、答え合わせをしよう。いや、そうする必要があるんだ」
「なぜ?」
私は手を止めた。
「あ、まさか姉さんね。あの人は謀略家よ。耳を貸しちゃだめよ」
カリオンは私の言葉に笑った。
「ああ、それはすぐにわかったよ。だから話しておきたいんだよ」
「そうね」
私は小さく息を吐いた。
そして、彼の背中から手を離した。
カリオンはベッドの上で身体を起こし、私のほうへ振り返る。
いつもの柔らかな表情とは少し違っていた。
これから話すことは、きっと今まで隠していたことなのだろう。
私は黙って彼の言葉を待った。
「俺は、クラインの義兄にあたる」
やはりだ。
胸の奥で、ずっと引っかかっていたものが、すっと繋がった。
王族の避暑地である別邸に住み、王太子であるクラインに対しても、あれほど躊躇なく行動できる。
ただの騎士団の分隊長ではない。
そして、アカリが彼を信頼している理由も、これでわかった。
「……やっぱり、そうだったのね」
驚きはなかった。消息不明で正体不明の王太子がいることは公然の事実だ。
カリオンは、少しだけ困ったように笑った。
「やっぱり、わかっていたか」
「ええ。あなたが普通の騎士じゃないことくらい、最初から気づいていたわ」
「そうだろうな。シズカは頭がいいから」
「それよりも……」
私は言葉を止めた。
私のことを気遣いながら、何も言わずにそばにいてくれたカリオン。
今までのことを一つずつ思い返す。
「あなたが何者なのかよりも、どうして私に話す気になったのかのほうが気になるわ」
姉のくだらない謀略ならば、吹き飛ばしてしまえばいい。
「それは……」
カリオンは一瞬だけ視線を逸らした。
そして、少し照れたように笑った。
「これからも、シズカのそばにいたいからだよ」
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