再び、禁足地へ
ドワーフの炭鉱、その地下深く。
副学長のエルフは、降り階段の窓から見える光景を食い入るように見つめていた。隣に立つアカリもまた、想像していたものとはあまりにもかけ離れた光景に、驚きを隠せずにいる。
そこには、何もなかった。
岩肌がむき出しになった地面。四方を取り囲む岩壁。そして、遥か頭上に広がる岩の天井。
神殿の立つ地と呼ぶには、あまりにも殺風景な場所だった。
「ここが、神殿への入り口なの?」
「神殿などと呼べるような場所ではありませんよ。ここは、禁足地を監視するための見張り台にすぎません」
ラファーガは、こともなげに答えた。
「プラド叔母上様。精霊レスィ様のおられる森も、ここからは見えません……。どうか、がっかりなさらないでくださいね」
セラフィナが、気遣うように言葉を添える。
「おいおい、馬鹿にしているのか?」
兄妹の説明を聞いていたガスドンが、むっとした様子で口を挟んだ。
「まったく、エルフというのは困ったものだな。これほどの建築物を前にして、その凄さもわからんとは」
ガスドンは不満げに鼻を鳴らした。
それに対し、エルフの老女は少しも動じることなく、落ち着いた口調で答えた。
「わかっておる。古代の技術によって築かれたものじゃ。これほど頑丈な建造物を、今の技術で造るのは難しいじゃろうな」
その言葉を聞き、ガスドンの表情がわずかに和らいだ。
「さすがは博識じゃな、魔女プラド殿は」
やがて、私たちは神殿の広間へとたどり着いた。
「ここで少し休憩しながら、作戦会議をしましょう」
私は、姉の疲れた顔を見て、そう提案した。
ここまで来る間、彼女を気遣い、できるだけゆっくりと移動してきたつもりだった。
それでも、緊張と警戒は確実に体力を奪っていく。
アカリは、彼女の近衛騎士であるレオンが用意した折りたたみ椅子に腰を下ろした。
私は水筒を手に、姉のもとへ近づく。
「シズカ、流石ね。慣れてるのね」
「そうね。慣れてるし、体力もつけてきたから。魔物の森なんて、庭みたいなものよ」
「私だって、鍛錬は積んでるつもりよ」
アカリは、少し不服そうに答えた。
もちろん、強がっているわけではないのだろう。
姉だって、日頃からきっと鍛錬を積んでいる。
それでも、魔物の森は普段の鍛錬場とは違う。
何が潜んでいるかわからない。どこに危険が待ち受けているのかもわからない。
そんな場所を警戒しながら進み続ければ、精神的な疲労が積み重なるのも当然だった。
私にも経験がある。
だからこそ、今の彼女の疲れはよくわかる。
『帰りはラファーガに飛んで帰ってもらおう』
ふと、そんな考えが浮かんだ。
我ながら、いい思いつきだ。
あの二人は、私を嵌めようと共闘した悪い仲間同士。きっと気も合うだろう。
なら、帰りは二人で仲良く飛んでもらえばいい。
「それで、どうするの?」
アカリが、休む間もなく尋ねてきた。
「焦らないで。まるで駆け出しの冒険者みたいよ」
「なっ……!」
私の言葉に、周囲から笑い声が上がった。
アカリはみるみるうちに顔を赤くする。
「もう……」
そんな表情をする姉を見るのは、少し新鮮だった。
アカリをこうして揶揄うのは、私くらいのものだろう。
少なくとも、彼女に面と向かってこんなことを言える人間は、そう多くない。
ひとしきり笑ったところで、私は改めて皆を見回した。
今回の作戦参加者のうち、初めてこの場所を訪れたのは、副学長、アカリ、レオンの三名だ。
彼らは、この場所についても、禁足地についても、私たちほど多くを知らない。
まずは、その認識を共有しておく必要がある。
「では、今回の作戦について説明します」
私がそう切り出すと、全員の視線がこちらに集まった。
「まず、目的です」
一度、言葉を切り、皆の顔を見渡す。
「禁足地にいる、禁じられた存在を再封印します」
広間の空気が、わずかに引き締まった。
「ただし、門番である竜は殺してはいけません」
その言葉に、プラドが眉を寄せた。
「禁じられた存在とは、何者なんじゃ?」
「森の精霊レスィ様が、そう呼んでいました。エイトラが封印を破り、目覚めさせてしまった存在です」
「だが、倒せとは言われなかったのじゃな?」
「はい。眠らせろ、と」
大陸一の知恵者とも呼ばれる副学長なら、何か知っているかもしれない。
そう期待していたのだが、彼女もまた難しい顔をしていた。
「逆に言えば、殺してはならぬということじゃな。そもそも、殺せるような存在なのかどうかもわからんが……」
「禁じられた存在は、私に干渉してきました。悪意があるようには感じられませんでしたが、この世界にとっては忌むべき存在なのかもしれません」
私は、そこで一度言葉を切った。
「私にとっても、無視できる存在ではありません。だからこそ、まずは交渉してみようと思います」
突拍子もない提案だっただろうか。
プラドは難しい顔をして、考え込んだ。
「そんな簡単に言うことを聞くのなら、そもそもこんな場所に封じ込められたりはせんぞ!」
「それは、そうでしょうね……」
私も、交渉だけで解決するとは思っていない。
「ですが、交渉するのは私一人ではありません。アカリにも協力してもらうつもりです」
「待ってよ。そんな、いきなり……」
アカリが慌てて会話に割り込んできた。
「頼りにしてるわ、お姉ちゃん」
彼女であれば、神だろうと悪魔だろうと取引をするだろう。
「はぁ……。まったく、あなたって子は……」
アカリは、諦めたようにため息をついた。
「ははは。あ奴と同じじゃな。何事も、まずは話し合いで解決しようとする」
プラドは、どこか嬉しそうに笑った。
彼女の大切な人――ケンさんのことを思い出したのだろう。
「それでは、具体的な役割分担を説明します」
私は、改めて話を進めた。
「四方にある魔石に魔力を込めるのは、私、アカリ、プラド様、セラフィナの四名です。他の皆さんには、周囲の警備をお願いします」
全員がそれぞれの役割を確認し、準備を整えていく。
そして、私たちは禁足地へと続く道を歩き始めた。




