対等な姉妹
アカリは、私が魔術を使えないことをなんとかしようと、高名な魔術師であるプラドを訪ねたのは、かなり昔のことらしい。
「奴と同じ雰囲気。暇つぶしに弟子にしてやった」
「知らなかった。プラド様の弟子だったとは……」
それは、アカリにとって自慢できることだ。だが、彼女は誰にも話さなかったようだ。
「別に秘密にしていたわけではない。わしは、他の教授たちにもそう言って紹介したのだがな……けけけ」
プラドは愉快そうに笑った。
アカリは優秀だが、飛び抜けて魔術が得意というわけではない。そして彼女は、筆頭侯爵家の跡取りとして周囲から見られている。
つまり、プラドの弟子だという話も、侯爵令嬢へのおべっかだと誤解されたのだろう。
「それに、王立学園に入学しなかったからな。弟子だとは思わないわな」
「貴族の子息は、学園に入るのが一般的ですからね」
「そうだ。あの子は、ああ見えて自分のすべきことを理解している。だから、政治の場に自分を置いた」
もしかして、私が自由に振る舞えるのは、彼女が自分の立場を守っているからなのかもしれない。
「ウルフェンハルトには、立派な後継者がいる」
「アカリ様がいれば、シズカ様がいなくても大丈夫」
私は、ことあるごとに比較されて、いなくてもいい存在なのだと悩んでいた。
けれど、それは同時に、アカリが私のために自分の生き方を縛っていたということなのだ。
「……私は、アカリのことを何も知らなかったんですね」
思わず口にすると、プラドは鼻を鳴らした。
「知ろうともしなかったのだろう?」
「……そう、ですね」
否定できなかった。
私から見たアカリは、何でもできる人だった。
魔術も、勉強も、剣術も。
もちろん、アカリだって最初から何でもできたわけではない。できないことがあっても、それを隠して努力していたのだろう。
だが、それよりも――私は、姉らしくない生き方をしていた彼女の理由を、ようやく理解した。
誰のために、そんな生き方を選んだのか。
「わしはな、シズカ」
プラドが、珍しく笑みを消した。
「あの子がお前を見下しているところを、一度も見たことがない」
「……え?」
「むしろ逆だ。お前の話をするときだけ、あの子は妙に嬉しそうにする。あの子にとって、お前は競争相手ではない」
プラドは、いつものように愉快そうに笑った。
「家族なのだろうよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥にあった何かが、ほんの少しだけ軽くなった。
それが何なのか、まだうまく言葉にはできなかった。
「わしは、家族を捨てて奴と逃げた。特に妹には迷惑をかけたくせに、その思いは強い」
プラドは、遠い昔を思い出すようにそう言った。
その横顔を見ながら、私はアカリのことを考えていた。
姉も、同じように何かを抱えていたのだろうか。
そう思ったとき、扉が静かに開いた。
セラフィナが部屋に入ってきた。
「アカリ様の歓迎会はどうします?」
「客人を厚くもてなす。それが、ワールドエンドのきまりよ!」
私の言葉に、プラドが愉快そうに笑った。
※
しばらくして、アカリたちが帰ってきた。
「どうだった?」
剣闘沙汰にはならないだろうけど、誰も怪我をしないことを願っていた。
裸の王子様。クラインを守るものは誰もいないのだから、力のない彼が暴れたところで、知れているだろうが。
「殿下を留置場に入れる訳にもいかないから、別荘に監禁することにしたわ。その方が変な輩が現れないしね。カリオンと彼の騎士団が見張ってるわ」
「そう……。お姉ちゃんの歓迎会だけど、準備は? そういえば、お姉ちゃんのメイドたちは?」
「もちろんいないわよ! 連れてこないわ。このままでも構わないけど、そうはいかないか?」
「はぁ……」
私は驚いて、腰を抜かしそうだった。
アカリの着ている服は、軍服だ。しかも、髪を後ろに結び、化粧もしていない。
「準備くらい一人で出来るわよ。メイドたちの仕事だから取らないだけで」
「それでも、侯爵令嬢お一人で準備はさせられません。私のメイドをお使い下さい!」
「こっちです! アカリ様! 荷物は既に運んでいます!」
クロエが、アカリの手を取って、二階の客室へと案内していく。
「ええ……」
アカリへのクロエの対応を見ても、敵意も悪意も感じていないのがわかる。
クロエの勘や感性は、本質を見抜く。
「色眼鏡で見ていたのは、私の方だったのね」
しばらくすると、二階から足音が聞こえてきた。
彼女が着替えて、階段を降りてくる。
着飾ったアカリは、やはり艶やかだ。
私とは違う。
彼女が姿を現しただけで、部屋にいる者たちの視線が自然と集まっていく。
以前の私なら、その光景を見て胸の奥がざわついていただろう。
けれど、今は違った。
「不愉快じゃないわ」
不思議なくらい、穏やかな気持ちだった。
アカリが美しいことも、周囲から注目されることも、もう私を傷つけるものではなかった。
今の私は、初めて、彼女の美しさの本質を見た気がした。
そして、その日、私は初めて、対等に姉と話をした。
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