待っていた
※アカリ視点
アカリが、転生して二年。
妹が生まれた。
両親にはまるで似ていない。癖っ毛のない黒髪と、漆黒の目。
「まるで日本人形みたいだ」
きっと私と同じ日本人の転生者なのだろうか?
理由はわからないが、アカリには確信があった。
名前は、アカリがつけた。
シズカ。
この世界では珍しい名だ。
「ねえ、わかる?」
アカリは、話せる歳になると彼女に話しかけた。ゆっくりと日本語で。
反応がなかった。
これじゃ、普通の赤ん坊だ。
彼女はがっかりした。
ところが、赤ん坊の顔は次第に、転生前の妹にそっくりになった。
「何をやらせても、成績は下位」
勉強も運動も努力も苦手な、大人しく凡庸な子供。そして、魔術が使えない。
侯爵家の筆頭に生まれたことが、可哀想なくらいだ。
エレノアという極めて優秀なメイド兼家庭教師を、高額な報酬で雇った。だが、成果は出なかった。
「まあいいわ。私が侯爵家とシズカを守るわ」
後継者として、アカリは幼い時からその意識を持っていた。
転生前の人生での失敗を糧に、先のことを考え、本気で人生と向き合っていた。
「前世でのシズカへの恩は、今のシズカに返すわ。たとえ違う人だとしても」
だが、シズカはある日を境に変わった。
性格も、態度も、成績も。
「もしかして……覚醒したのかも」
アカリは歓喜した。
その一方で、シズカから明らかに嫌われ、拒絶されていることもわかった。
「無理もない。時間はある」
絡まった糸を、どうやってほどけばいいんだろう。
一つわかることがある。
無理に引っ張れば、お終いだ。
アカリは、シズカの自由を尊重することにした。
だが、シズカの行動は、彼女の予想を遥かに超えるものだった。
「嘘だろう! なんで侯爵家の子女が魔物討伐隊に随行するんだ! シズカは魔力すら使えないじゃないか!」
魔物討伐隊への資金援助や後方支援ならまだわかる。
だが、なぜ自ら随行するのか。
「シズカが傷ついたら……いや、死んだらどうするんだ……」
アカリは自分の部屋に一人戻ると、その場に崩れ落ちた。目の前が暗転した。
「レオナール、どういうつもりなの!」
父に言えば、止められるだろう。
だが、それはできない。
シズカと仲の良い家宰なら、理由がわかるかもしれない。
「ごめんなさい。失礼なことを……」
「ははは、かまいませんよ。彼女の意志は固いのです。ウルフェンハルト侯爵家が、他の貴族の手本になります。アカリ様ならば、侯爵も止めるでしょうが……」
そんなこと、どうでもいいのだ。
「貴方の大切なシズカが心配じゃないの?」
「それなら、安心してください。冒険者や騎士団が彼女を守りますよ! 自らの命に替えてもね」
「でも、魔物たちに全滅させられるかもね」
アカリは嫌味を言った。
楽観的で、真剣さが足りないのではないか。そう考えたからだ。
「もしそんなことが起これば、その時は、王国も大陸も滅ぶ時です。それほど、シズカ様には知略も慎重さもあります。信じましょう」
レオナールが、そこまで断言するとは思わなかった。
彼も多くの戦争に参加した軍人であり、また、優れた冒険者だ。
「でも、人というのは裏切る生き物よ。いざとなったら、シズカが……」
思わず切羽詰まった声を出してしまった。
しまった。
仲の悪い姉妹なのに、なぜそこまで心配するのか。
そんな疑問を浮かべた顔で、家宰は私を見つめた。
「アカリ様、失礼ですが、魔物討伐隊に参加している冒険者と騎士団のことを、あまりご存じないようですね。それと、シズカ様がどれだけ彼らに慕われているかも。エレノアも、その実力をまざまざと見せつけられたようですよ」
そう言うと、彼は大笑いした。
エレノアが冒険者ギルドに潜入した話は、彼女が自慢げに話していたので耳に入っていた。
疑り深い私は、手下の貴族を使って調査をさせた。
だが、上がってきた報告は、レオナールの言った通りだった。
「それでも、一番頼りになる最上級の冒険者たちは違うかもしれない」
王宮で行われる式典で、アカリは彼らが集団で談笑している場に近づき、話しかけた。
「私の妹のシズカのことですが……」
「ほう、お前が有名な姉か? 何の用だ?」
その輪の中心にいた、炎石と呼ばれるドワーフが答えた。
彼らは、相手が侯爵家だろうが遠慮をしない。
「いえ、シズカが迷惑をかけていないかと。後方支援の方が、彼女に合っているのではないかと」
そこにいる全員が笑った。
「いや、あれほど前線向きなやつはいないぞ!」
「ああ、わしらの指揮官だしな」
彼らは口々に喋り出した。
「でも……戦闘力がありませんよ! 弱い魔物が相手でも、自分すら守れません」
私の言葉の意味を見抜いた炎石が言った。
「もしかして、お前。シズカのこと、心配してるのか?」
「……」
「いや、聞いている噂とは反対で驚いただけだ。お前の話ぶりでわかる。真剣に心配してるな! 安心しろ、俺たちが死んでも守る。それくらいの人物だ」
私は思わず涙が溢れた。
彼女の凄さや良さは、転生前の世界では伝わらなかった。
だけど、この世界では。
「ありがとうございます。でも、私がいらぬ心配をしたことは……」
「言わんよ。わしも弟には素直になれん。身内というのは、かえって難しいものだ」
この時だ。
アカリが、炎石やラファーガと顔見知りになったのは。
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