謝罪
私は急いで執政官屋敷へと向かった。
屋敷の隣のキャンプ地にいる犬人族が、私たちの馬車を見つけると全員で近づいて来た。みんな不安げな顔と足取りだ。
クロエが馬車を止め、私は客室から降りた。
「シズカ執政官様、私たちは大丈夫なのでしょうか?」
「当たり前です。何かありましたか?」
「こちらに、多くの兵隊が近づいて来ます。それに……」
犬人族の一人が指差した先。
屋敷の敷地に、豪華な馬車が止まり、その近くに屈強な騎士が数人立っていた。
「ああ、ウルフェンハルト侯爵家の騎士よ。安心して。もしかして何かされた?」
「いいえ……そうではありませんが……」
私が怖い顔をしたからだろうか。怯えさせてしまったようで、意識して笑顔を浮かべた。
「危害を加えなかったとしても、何かされたら私に言いなさい。クロエ、少しここにいて」
「わかりましたぁ! すぐに告げ口します」
私は、騎士たちの元に向かった。彼らは私に気づいて会釈をした。彼らの中の地位の高い男に私は言った。
「久しぶりね! レオン、貴方も来たの? 軍を率いてるのはアカリ姉様なのね?」
「はい。アカリ様です」
レオナールの甥にあたる男で、アカリの近衛隊の隊長だ。
「私の領民が怖がってるわ。それに、ここは安全よ。悪いけど、屋敷に入ってくれない?」
「しかし……」
「アカリお姉様に話をするから問題無いわ。ねえ、レオは?」
「家宰様には、お会いしておりません」
こちらの救援要請で来た訳では無さそうだ。
「シズカ、貴方のお姉さんが来てるわよ!」
セラフィナが、屋敷から飛び出して私の腕を掴むと、応接室へと連行された。
応接室には、アカリとラファーガ、炎石、それとカリオンが楽しげに談笑していた。
「え?」
「遅かったわね、シズカ。お邪魔してるわよ」
似合わぬ軍服を着て、ソファに主人のように腰掛けている女。
嫉妬なのだろうか、私はさらに不愉快な気分になった。
「知ってます。旗が立ってましたし、それにレオンもいましたから」
「私の旗を見たら早く帰って来るかなって思って!」
そう言うと、立ち上がり私を思い切り抱きしめた。
「はぁ……」
彼女の意外な行動に、私は目を見開いた。
だって、彼女が私にハグをするなんて。
私は慌てて彼女を引き離した。
「冷たい妹だ」
「アカリお姉様、私の領民が兵隊を恐れてます。レオンたちは屋敷に入ってもらいました。これから来る兵隊は、ここに来られては困ります」
「そ、貴女の領地だもの。貴女の指示に従うわ。どこに駐屯させる?」
私が考えていると、ガストンが言った。
「それじゃ、ドワーフの砦と防御柵の見張りをするのはどうじゃ。ま、魔物はもう攻めて来んがな。構わんかな、シズカ執政官?」
「ええ、そうして。少し、姉妹で話をするからみんな退席して。その後、プラド様を交えて話すわ」
部屋には、アカリと私だけ。
彼女は、遮音の魔道具を取り出して、机の上に置いた。
「まず貴女の話を聞くわ!」
さっそく、彼女に主導権を奪われた。
アカリの狙いがわからない以上、迂闊なことは喋れない。
「じゃあ、質問するわ」
それならば、丸裸にしてやる。
「どうぞ、何でも話すわ!」
彼女は、私を向かいのソファに座らせると、嬉しそうに宣言した。
「その前に、この屋敷の旗だけど……」
「ああ、ごめん。すぐに降ろすわ。貴女の領地だものね」
「領地ではありません。私は執政官なので」
「そう……。まあいいわ、そのことは後で話しましょう。それより、こうやって二人で話すのって……」
「初めてですね」
いつも、アカリの周りには人がいた。屋敷も学校も昼も夜も。
「違うわよ!」
明るく元気を装う彼女が、怒って叫んだ。
「何を言ってるの? 私が東京に出て行く時、二人で話し込んだよね? 忘れたの?」
「え……」
なぜ、この人は前世の異世界の記憶の話をするんだろう。
私は、別の人生だと割り切っているのに。
「そうでした。地元の河原の桜並木の下」
その頃の私たちは、お互い正反対の性格で、決して仲良くなかった。
そして、彼女が私の彼氏を奪ったことで、口も聞かない関係になった。
だけど、その時、アカリが私の下校途中に現れた。
私たちは、河原を二人でひたすら歩いた。
一方的にアカリが話していた。だから、本当は話し込んだとは言わないけど。
内容は全く覚えていない。
私に、謝罪の一言すら、彼女は言わなかったことだけは覚えている。
「あまりよく覚えてないわ。ぼやっとしてて」
触れたくない。
つまらぬ憎しみが生まれてしまうから。
「それは、良いことよ。あの世界は掃き溜めのような世界だわ。でも、ごめん!」
「は?」
「色々と理由はあるのよ。謝らせて。本当にごめんなさい」
彼女が何に謝ったのか、私はわかっていた。
頭の良いアカリは、自分が死んだあとどうなったか、聞かなくても想像できたのだろう。
「いまさら……」
彼女は私の手をとり、頭を下げた。
「ううん。いまさらじゃ無いわ。これからよ。謝罪を受け入れて」
胸の奥が、痛んだ。
ずっと昔のことだ。
もう終わったことだと思っていた。
それなのに、彼女の言葉を聞いた瞬間、前世の記憶が鮮明に蘇ってくる。
あの時、私は何も言えなかった。
ただ、アカリの背中を見送った。
そして、二度と口を利かなくなった。
今さら謝られても、何も変わらない。
そう思っていた。
『許さない』
だけど、その言葉を私が口にすることは無かった。
心の中に刺さっていた棘が、音もなく抜け落ちたような気がした。
私は、泣き虫だ。
「謝罪を受け入れます」
涙が、いつも以上に溢れた。
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