故郷を捨てた魔女
「クロエを見張りに立たせるわ。お願いできる?」
「はい! 任せてください!」
クロエは嬉しそうに尻尾を振りながら、玄関へ向かっていった。
その姿を見送ってから、ラファーガは話し始めた。
「そこまで警戒しなくてもいいと思うけれど。それに今じゃなくても……」
でも、きっと彼は今、話したかったのだろう。私は黙って耳を傾けた。
彼は私の目を見て話し始めた。
人里離れた、隠れの森。そこには、外界との関わりを絶って暮らすハイエルフの一族がいた。
その中で、類まれなる魔術の才能を持ち、次の女王になるとまで言われていたのが、プラドだった。
だが、ある日。
その隠れ里へ、一人の人族の男が逃げ込んできた。傷ついた男を、プラドは助けた。二人は恋に落ちて、駆け落ちした。
「決まりを破った者は、二度と生まれ育った地へ帰ることはできない」
エルフの森を離れることは、それほどまでに重い禁忌だった。
プラドは数百年もの間、行方を知る者もなく姿を消した。
だが、十年前。彼女は突然、王都に現れた。
その時、彼女の隣に人族の男はいなかった。当たり前だ。人族は、ハイエルフほど長命ではない。
王国に迎えられたプラドは、王立学園の魔術教師となった。
そして、幾つもの問題を解決し、あっという間に出世して今の地位にいる。
「まあ、これはプラドから俺が聞いた話だけどな」
ラファーガはそう締めくくった。
「その男のことはどういってるの?」
私が尋ねると、ラファーガは少し表情を曇らせた。
「そのことは、口にしたがらない」
少し間を置いて、彼は続ける。
「嫌な過去なんだろうな。あの男に騙されたのかもしれない。大叔母様を失ったハイエルフの森は、崩壊したとも言われているからな。責任を感じてるのかも知れない」
ラファーガは、そこで小さく息を吐いた。
「……そうじゃないんだけどな」
嫌な過去。
私は、なぜかそうは思えなかった。
先ほど見たプラドの表情。あれは、憎しみや後悔を抱えた人の顔ではなかった。
ただ、どこか懐かしそうだった。
その男が異人だとすれば――
「プラド様たちが帰ってきました!」
クロエが応接室に入ってきたことで、話は終わった。
しばらくして、愉快そうな会話と、軽い足取りが聞こえてきた。
「なるほどね。あの工夫は古代ドワーフのものなのね。感心するわ」
「魔女のあんたに褒められると怖いな」
「いいえ、魔術を使う者が少ないからこそ生まれたのよ!」
「明日は雨かな」
すっかり打ち解けたらしい彼らを出迎えた。
「あら、ラファーガ、お姫様との密談は終わったのかしら?」
「何を言うのですか? ただの雑談ですよ。セラフィナ、ひと足先に執政官屋敷に帰ろう。プラド様の歓迎会の準備を……」
「そうでした。お兄様。お待ちください」
ハイエルフの二人は、入れ違いに部屋を出ていった。
「まだ、距離感を掴めてないようだな」
炎石の呟きが、その場に残った。
きっと、プラドがその半生を語ることが、彼らとの距離を縮めるのだろうと、私は思った。
※
「それでは、プラド様の歓迎会を開会します。最初に、一言お願いします!」
当初は、領民を集めて行う予定だったのだが、プラドから激しい反対を受けたので、身内だけで行うことにした。
飲み物は、ドワーフであるガストンの選りすぐりのワインだ。
「この中には私のことを伝え聞いている者もいるだろう。さっき、シズカとも話をして、今日のこの会ではできるだけ正直に話をすることにした。それだけだ」
それだけ言うと、プラドは下を向いた。
彼女は人前に出ない。その理由を私は、癖のある難しい性格の魔女だからと誤解していた。
だが、そうではなかった。彼女は、まさしくハイエルフだった。
極度の人見知り。ラファーガにしろ、炎石にしろ旧知の仲だから普通に話せていただけだ。
それなら私は? と思ったが、私は特別らしい。
「乾杯もお願いしたんですけどね。それじゃ、乾杯」
私は彼女に代わって、グラスを掲げた。
身内の会は、執政官屋敷にいる者と、プロスト、ガストン、カリオンだけが参加者だ。執政官屋敷にいる者の殆どは、客として住んでいるエルフたちだ。
食事は、セラフィナがメニューを決め、エルフのメイドたちと調理をしている。彼女の故郷の優しい野菜料理だ。スープ、サラダ、野菜のサンドイッチ。
「色々と思うところはあります。でも、私たちの大叔母様。年長を敬うのはエルフの決まりなのです」
セラフィナは、真剣に料理をエルフのメイドたちと作っていた。
「ですが、エルフの料理だけだと、文句を言いそうな人たちもいますので。そこは私が追加で作りますよ!」
「違うでしょ。クロエ。あなたは肉料理しか食べない。私は貴女の健康も心配だから。野菜も食べてね」
私の一言に、困った顔をしている黒犬人。
「ね、お願いよ。一緒に長生きしましょう!」
「わかったよ、シズカぁ」
抱きついてくるクロエの頭を優しく撫でた。
「こら、黒いの。遊んでばかりいないで、働け! シズカ様も甘やかしすぎです」
ピクシアに怒られてしまったので、早々に調理場を退散して、宴会場に戻った。
やがて、セラフィナが料理を運んで、プラドの前に並べた。
「ああ……久しぶりの故郷の料理だな。私は料理が全くできないのでな」
「どうぞ、お召し上がりください」
彼女の顔に、その場にいる全員の視線が集まった。
「それじゃあ、頂くとしようか……」
彼女は一口食べた。そして、瞼から涙が溢れた。
「懐かしい……母さんの味だ」
彼女は、望郷の言葉とともに、涙を拭った。
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