懐かしい風
私の最大の秘密を知られてしまった。
「安心せい。わしは異人を知っておる。長く生きておるからな」
「異人というのは?」
「異なる世界の記憶を持つ者の総称じゃ。お前が読めたその文字も、その世界で使われていた文字なのだろう。この世界では神代の文字と言われておるが、それが間違った伝承であることくらい、わしには分かる」
そう語るプラドの横顔は、どこか懐かしさを帯びていた。
「他にも異人がいるのですか?」
「残念ながら、もう墓の下じゃ」
そこで一度言葉を切り、プラドは窓の外へ視線を向けた。
「……わしの友でもあった」
その短い一言が、不思議と胸に残った。
ただの昔話ではない。
そんな響きが、その声にはあった。
「その友が書き残したのが、さっき渡した魔術書じゃ」
「そうですか……」
「お前たち異人は、漂わせている空気が違う」
プラドは私をまっすぐ見つめる。
「……我が友と同じ、どこか異質な空気をまとっておる。懐かしい風じゃ」
その表情は穏やかだった。
けれど、その目だけは、遠い昔を見つめているようだった。
そう言うと、プラドは鞄から一冊のノートを取り出し、私へ差し出した。
「これは?」
受け取って開いてみる。
そこには、先ほど渡された魔術書の内容が、一ページずつ丁寧に書き写されていた。
余白という余白には、赤い文字で細かな注釈がびっしりと書き込まれている。
まるで、読み手が理解しやすいよう作られた参考書のようだった。
あれ……?
この字は……。
見覚えがある。
私が顔を上げると、プラドは口元を緩めた。
「気づいたか。それは、お前の姉、アカリの字じゃ」
「プラド様は、アカリが異人だということも知っていたのですね?」
「ああ。とっくに知っておる」
そう言うと、プラドは豪快に笑った。
私の胸には、次々と疑問が湧き上がる。
姉はいつ、どうやってプラドと出会ったのか。
異人だと知っていて、なぜ誰にも話さなかったのか。
もっと聞きたい。
そう思って口を開きかけた、その時だった。
馬車がゆっくりと速度を落とす。
「着いたぞ」
窓の外を見ると、目的地であるドワーフの砦が見えていた。
「お前は、物事を理解するのに時間がかかりそうじゃ。頭も少し固そうじゃしな。まずは、それらから学べ。実戦はそれからじゃ」
「はい。ありがとうございます」
馬車を降りる。
執政官別邸のある丘は、私が数日訪れない間に、まるで要塞のような姿へと変貌していた。
入り組んだ通路が縦横に巡らされ、あちこちに穴が掘られ、石壁が築かれている。
これほどのものを、わずかな期間で造り上げたとは到底思えない。
まさに、採掘にかけては一流と名高いガストン家らしい仕事だった。
「屋敷の中に入ってお待ちください。隠したところから取ってきますんで」
ガストンと炎石は、そう言って足早にどこかへ向かっていった。
しばらくして、二人が戻ってくる。
二人で慎重に運んでいるのは、例の黒い箱だった。
「間違いない。これじゃ」
箱を一目見たプラドは、満足そうに頷く。
「わしの馬車の荷台に載せてくれ」
「盗難避けは施してあるのですか?」
思わず尋ねると、プラドは愉快そうに笑った。
「はっはっは。シズカ、心配するな。無いわけがなかろう」
そう言って箱を見つめたあと、くるりと炎石たちへ向き直る。
「さて、用事も済んだことじゃ。せっかくだ、この砦を案内してくれんか」
「珍しいことを言うもんじゃな。エルフの魔女様が、わしらのねぐらを見たいとは……。まあ、よかろう」
炎石は豪快に笑い、ガストンとともにプラドを連れて屋敷を出ていった。
「それじゃあ、案内はお任せします」
私はその背中を見送った。
正直なところ、砦の見学よりも、今は一刻も早く魔術書とノートを読みたかった。
プラドが託したもの。
アカリが書き残したもの。
その二冊には、私の知らない世界の秘密が詰まっている気がした。
「あの婆さんに変なことをされなかったかい?」
プラドたちを見送った後、ラファーガが心配そうに声をかけてきた。
「ええ。魔術を教えてもらうことになったの」
「婆さんだなんて……」
私が少し呆れたように言うと、ラファーガは苦笑した。
「いや、本当に婆さんなんだよ。実は我らの一族でね」
「そうなの? 知らなかったわ。じゃあ、ハイエルフなのね?」
「ああ」
ラファーガは頷いた。
「秘密の話じゃないの?」
「秘密……というほどではない。ただ、知る者が少ないだけだ。それにエルフは無口だからな」
「私の目の前にいるエルフは例外のおしゃべりさんなのね?」
「そうだな。俺はお前の前では口が多い」
「そうね。お兄様はシズカ様とだけはよく話をしますもの。ずるいです」
セラフィナが拗ねたように会話へ加わる。
「俺も、プラド様の話を聞いていいのかな?」
カリオンが遠慮がちに尋ねた。
「あなたは他言しないでしょう。それに、この話は別に禁じられているわけではありませんから」
ラファーガは応接のソファに腰を下ろし、私の向かいに座った。
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