王立学園への入学(仮)
「ははは、そう身構えることはない。話というのは、お前の魔力のことじゃ」
馬車がゆっくりと動き出す。
向かいに座るプラドは穏やかに笑っていたが、その表情から本心を読み取ることはできなかった。
「……」
彼女が敵なのか、味方なのか。
それすら判断できず、私は黙って視線を落とす。
「用心深いのは悪いことではない。だが安心しろ。わしは、お前を助けるよう、お前の身内に頼まれてここへ来た」
「え……? 私を助けるために、ですか?」
魔女を動かせるほどの人物。
そんな相手はレオナールくらいしか思い浮かばなかった。
「ああ。もちろん、国宝の回収もドラゴンの調査も旅の目的じゃ。じゃが、お前を助けるという約束も、同じくらい大事な目的じゃよ」
その言葉に少しだけ肩の力が抜けた。
ならば、今は聞くべきことを聞こう。
「闇魔術について教えていただきたいんです」
「ほう?」
プラドが眉を上げる。
「なぜじゃ? ……まさか、お前、使えるのか?」
その驚き方に違和感を覚えた。
「レオナールに頼まれて来たのでは、ないのですか?」
「そんなことは一言も言っとらん。身内だと言っただけじゃ」
私は思考を巡らせる。
父ではない。
レオナールでもない。
それなら――。
「……まさか、アカリ?」
プラドは静かに頷いた。
「取引の内容までは話せん。だが、お前を助けるという約束だけは必ず果たす。闇魔術のことも、お前の魔力量のことも、正直わしは驚いた」
「そのことを、アカリに伝えるんですか?」
私は無意識に身構えていた。
「私を利用しようとしているんじゃ……」
「利用?」
プラドは少しだけ首を傾げる。
「少なくとも、わしにはそんなふうには見えんかったな」
その言葉は、私の胸に静かに落ちた。
「お前を助ける。それ以外の約束はしておらん。だから、お前が黙っていてほしいと言うのなら、わしも話さん」
話しているうちに、自分の思い込みだったことに気づく。
この異世界へ来てから、アカリは一度だって私を利用したことはなかった。
嫌味を言われることはあっても、私の選択を無理やり変えようとしたことはない。
勝手に信用できない相手だと決めつけていたのは、私のほうだったのかもしれない。
「……色々と失礼な質問をしてしまって、申し訳ありません」
私は素直に頭を下げた。
「闇魔術と、私の魔力について教えてください」
「ははは」
プラドは楽しそうに笑う。
「それがお前の美徳じゃな。疑うべき時は疑い、一度信じると決めたら腹をくくる。そういう人間は嫌いではない」
その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなった。
「それじゃ、特別授業を始めるとしよう」
プラドは腕を組み、どこか誇らしげに笑う。
「お前、王立学園へ行きたかったのだろう?」
「はい」
「なら安心せい」
彼女は胸を張り、堂々と言い放った。
「わしが王立学園そのものじゃ」
思わず笑みがこぼれた。
「そうですね」
自然と言葉が口をつく。
「やっと入学できます」
正式な学生ではない。
校舎もなければ、教室もない。
けれど、この世界最高峰の魔術師が自ら教師となってくれるのなら、それ以上に恵まれた学びの場など、きっとどこにもない。
これから先を生き抜くためにも、私は誰よりも早く強くならなければならない。
そうして私は、ようやく念願だった王立学園への”入学”を果たした。
「早速だが、魔術を唱えてみよ!」
「すいません。呪文をあまり知らなくて……」
「初歩で良いのだが。知らんのか?」
それならばわかる。子供の時から、教えられて暗唱していたからだ。
「わかりました。それでは安全なものを」
水魔術の水を手から出す、魔術を唱えた。魔術を唱えたのは、子供の時以来だった。何度も何度も、繰り返したが一度も成功しない魔術。
だが、私の手から何も出なかった。
「やっぱり……」
「もう一度」
何度繰り返しても、私の手には水滴ひとつさえ、出現しなかった。
私はがっかりして下を向いた。
「もう十分だ。やり方を変えよう。シズカ、魔力は感じれるか?」
「あ……はい。感じれます」
魔力が私の体内から流れ出て、私を包んでいるのがわかる。熱いくらいだ。
「それならば、魔術は使えるはずだ。シズカに足りないものは、信じる力だ」
プラドの『信じる力』の意味を私は理解できなかった。
困惑した私の表情を見て、彼女は笑った。
「演唱する言葉は、この世の理を曲げるきっかけに過ぎない。そうじゃな。例えば、炎石やラファーガの演唱を見たことがあるか?」
「はい」
「どうじゃ、いい加減だろ? 究極、言葉すらいらないのだ。むしろ大切なのは、信じる力じゃ」
わからない。信じる力とは何を指すのだろうか?
「あ、そうじゃ。お前に渡すものがある」
魔女は、馬車を停めて、荷台から、数冊の本を取り出し私に渡した。
「一冊は、門外不出の魔術書、お前に特別貸してやろう」
「そんな大切なものを……」
「読めばわかる。いやお前らしか読めないのだがな」
私は手渡された古い魔術書を開いた。
それは、王国の文字でも、古代文字でもなく、日本語で書かれていた。
「読めるようじゃな?」
魔女は私を見てやったりの顔をした。
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