壁の向こう側
「ここだ!」
「道は途絶えている。その理由は自然な崩落だと思い込んでいたが……違うようだな」
ガストンが天井を見上げる。
「何かあるの?」
セラフィナが光の魔術を私の周囲だけでなく上空にも放ち、天井の様子が見えるようにしてくれた。
「格子状の小さな穴……あれは爆薬を埋める穴だ」
「だけど、行き止まりになっているこの壁は、最初から存在していたような一枚岩だわ」
僅かに削られた跡はあるものの、亀裂一つない白い壁が行く手を阻んでいる。
「なるほど、そういうことか……」
ガストンが壁に手を触れた。
「この前、魔物との戦闘で使ったドワーフの秘薬がここでも使われているんだ。しかも、私のものより高性能なものだ。これは失われた古の技術だ」
ガストンは壁の感触を確かめながら、感嘆の声を漏らした。
「この壁は異常な硬さの理由はそれか。俺の剣が歯が立たなかったから、何か仕掛けがあるとは思っていた。例えば――こんな風にな」
カリオンは大剣に魔力を込め、壁へ叩きつけた。
壁は一瞬だけ凹む。
だが次の瞬間には、何事もなかったかのように元の姿へ戻っていく。
「仕方なくツルハシで掘ったんだが、それも時間が経つと塞がってしまう」
クロエは面白そうにその様子を眺めている。
「だが、完全に元通りになるわけではない」
ガストンが壁に刻まれた僅かな傷を指でなぞった。
「どういうこと?」
セラフィナが首を傾げる。
「この壁は傷を修復しているのではない。秘薬の力で、元の状態を再現しようとしているんだろう」
「じゃあ、いっそ吹き飛ばすか? 跡形も残らないように」
ラファーガが提案する。
ここにいる全員が力を合わせれば、不可能ではないだろう。
だけど――。
「それは駄目よ。壁の向こうまで壊してしまうかもしれない。それに、古代ドワーフが何のためにこの壁を作ったのかもわからないもの。探索はこれで一旦終了。それでいいかしら?」
「仕方ないな。壁は逃げないからな」
カリオンも同意してくれた。
「待て待て。一つ考えがある」
ガストンはにやりと笑う。
「壁が元に戻る前に、穴を掘り進めていけばいい。単純な話だ」
「もし間に合わなかったら、壁の中でぺしゃんこになるわよ!」
「大丈夫だ。俺と兄さん、それにカリオンさんで掘ればいける!」
根拠のない自信。
だけど、それは職人の勘だ。おおよそ間違ってはいないのだろう。
「でも、危険だから」
「ははは、シズカ。任せておけ!」
炎石はツルハシを振り回し、準備運動を始めた。
もうこうなったら止められない。
ラファーガとセラフィナは、掘って地面へ落ちた岩を風魔術で入口の外へ運ぶ役目だ。
「じゃあ、始めようか」
私も腹を括るしかなかった。
前世で遊んだ、地下をひたすら掘り進めるゲームがなぜか脳裏をよぎる。
まさか異世界に来てまで、似たようなことをするとは思わなかった。
壁の向こうには、何があるのだろう。
ガストンが秘薬をかけ、炎石とカリオンが岩を砕く。ラファーガとセラフィナは風魔術で砕けた岩を入口の外へ運び出していく。
「早く急いで! 穴が閉じるよ!」
クロエが焦った声を上げた。
「わかっとる! 全力で行くぞ!」
炎石がツルハシを高く振りかぶる。
次の瞬間、凄まじい勢いで振り下ろされた一撃が壁を砕き、どしゃりと岩塊が地面へ落ちた。
「さすが兄者だ。これぞドワーフの力!」
「負けられないな!」
カリオンも舞うようにツルハシを振るう。
「無理しないでね。疲れたらラファーガが代わるから」
「炎石と競えるこんな機会、二度とない。譲ったりはしない!」
カリオンの額から汗が噴き出していた。
ガストンが壁を手で探る。
「もう少し左へ向かって掘ってくれ!」
「掘り進む方向は決まってるの?」
私は不思議に思って尋ねた。
「シズカ。この地下神殿は、巨大なアダマンタイトの箱の中だと思ってくれ。その内側に岩や土で通路や部屋が作られている。箱に当たれば、それ以上は掘れない」
「そうか……聞いたことがあるわ。古代エルフの作りし箱船」
「詳しいんだな。だが、安住の地として作られたはずが、忌むべきものを封じる場所へ変わってしまった」
私たちが話していると、不意に炎石のツルハシが空を切った。
岩を砕く重い手応えではなく、風を裂く軽い音が響く。
砕けた壁の向こうには、ぽっかりと空間が広がっていた。
「抜けたようだ」
「間に合ったぁ!」
クロエがぴょんぴょんと飛び跳ねる。
その一方で、彼女と私を除く全員の顔には濃い疲労の色が浮かんでいた。
私たちは急いで穴をくぐり抜け、壁の向こうへ出る。
「……なんだ、ここは?」
誰もが言葉を失った。
目の前に広がっていたのは、地下とは思えない美しい森だった。
見上げると、洞窟の天井一面には無数の巨大な光水晶が埋め込まれ、太陽のような柔らかな光を森へ降り注いでいる。
その光を浴びた木々は青々と葉を茂らせ、花々が咲き誇る。澄んだ風が枝葉を揺らし、花の香りを運んでくる。小鳥がさえずり、小動物が草原を駆け回り、透き通った小川が静かに流れていた。
地下神殿の奥深くとは、とても思えない。まるで、別世界だった。
「ああ……これは素晴らしい森だ」
ラファーガが感嘆の息を漏らす。
そっと木の幹に触れた彼は、静かに目を閉じた。
「木々の生命力があまりにも濃い。精霊たちに祝福された森だ」
「これほど生命力に満ちた森は、エルフの里にもありません」
セラフィナも穏やかに微笑み、静かに頷く。
「長い年月、誰にも荒らされることなく守られてきたのでしょう」
エルフである二人がここまで絶賛する森なのだ。
私は、狐につままれたような顔で、その光景を見つめることしかできなかった。
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