姉 アカリ
執政官の応接室。
ラファーガと炎石に加えて、セラフィナとガストンを招集した。全員の顔色はとても悪い。私は不機嫌さを抑えているつもりだが、表に出ているようだ。
「それじゃあ、質問をします。正直に答えて下さい!」
「ああ、何でも聞いてくれ」
炎石が答えた。
「おじ様、それではお聞きしますが、誰の依頼でワールドエンドに来たのですか?」
「依頼ではない。手紙が届いたんだ。レオナールからな」
炎石は、おもむろに懐からくしゃくしゃの封筒を取り出し、私に差し出した。
「待って!」
私は腰のポシェットから手袋とスプレーボトルを取り出した。
「毒はないぞ!」
「わかっています。透かしと指紋を調べるだけです」
封筒から手紙を抜くと、薬液を吹き付けた。
紙はウルフェンハルト侯爵家の密書用。筆跡もレオナールのものによく似ている。内容は簡潔で、「シズカのいるワールドエンドで魔物災害が起きる。至急向かってほしい」とだけ書かれていた。
「おかしいところは無いはずだが……レオは、この地から手紙を出したのだろう」
一流の冒険者は依頼を受ける時も慎重だ。屋敷にも確認に行ったのだろう。その頃、レオナールはまだ王都への帰路の途中だった。
「確かに私は、その後レオナールと『おじ様に護衛をお願いしよう』という話をしました。ですが、その時には、おじ様は既にこちらへ向かっています」
私は手紙を掲げた。
「それに、この手紙には、おじ様以外の指紋がありません」
「手袋でもはめたのだろう」
「いいえ。レオナールなら逆です。このような重要な依頼では、自分の指紋をわざと残します。受け取った相手が本物だと確認できるように」
私は静かに手紙を畳む。
「つまり、この手紙は偽物です」
これほど手の込んだ偽造をする人は、一人しか思い当たらない。
「どういうことだ?」
炎石が呟いた。
私は視線をラファーガへ向けた。
「ラファ、あなたは事情を知ってるわよね?」
「さあ、なんのことやら。俺は旅の途中で、ぶらりと寄っただけだ」
彼は私を見ず、天井へ視線を向けた。
「その割には、私の危機にあまりにも都合よく現れたわね」
「偶然さ」
「違っていたら謝るわ。でも、気になることが幾つもあるの」
ラファーガは黙ったままだ。
「魔術箱の犯人を取り逃したと言っていたわね。本当かしら? 疾風と呼ばれる貴方ほど速い人が、そう簡単に逃がすとは思えない」
「……」
不機嫌そうな顔をしている。でも違う。答えられないだけだ。
「それと、エレンの出した飲み物、躊躇せずに口を付けたのはラファ、貴方らしくない」
「何がおかしい?」
「貴方は他人の作ったものを簡単には口にしない人よ。それなのに、あの日は迷わず飲んだ。それに、エレンも貴方も、どこか芝居じみていた。だから、何かを隠しているんじゃないかって思ったの」
「……」
今度は視線を床へ落とした。特徴的な耳が赤く染まる。
「実は前に会ったことがあってな」
「そうでしょうね。クラインたちが来る前でしょう?」
「……」
図星だった。
私はセラフィナへ顔を向けた。彼女はおどおどと肩を震わせている。
「ラファーガと再会したのはいつ?」
「魔物襲撃の日……」
「本当は、それより前よね。そして、ラファーガから指示を受けていた」
「……」
セラフィナも口止めされているのだろう。黙ったままだ。
私はさらに続けた。
「貴女は、カリオンを騙して地下神殿へ閉じ込めたのよね」
「カリオン様が鍵を持ってますよ」
「そう。カリオンは鍵を扉に置いて中へ入った。そして誰かがその鍵を持ち去った。あの扉は、鍵を差したままでなければ開かない仕組みだったわ」
私はガストンを見る。
「私も勘違いしていた。でも気付いたの。数年かけて造られた神殿の鍵を、数日で複製できるはずがないもの。そうよね、ガストン?」
「……」
「降参だ、シズカ」
ラファーガが静かに息を吐いた。
「セラフィナやガストンへの依頼も含め、全部俺が手を回したことだ。彼女たちは許してやってくれ」
ラファーガが頭を下げると、セラフィナとガストンも続いた。
ガストンは神殿の扉の鍵を私へ差し出した。
「なぜカリオンを閉じ込めたのかは分かるわ。私への襲撃の邪魔になるからでしょう?」
「そうだ。クラインが魔道具を使ってシズカを暗殺しようとする。その計画を邪魔されたくなかった」
「意味がわからん」
炎石だけは理解できないようだった。
「おじ様。ラファーガはアカリに唆されたんです。クラインに『ウルフェンハルト侯爵令嬢暗殺未遂』という罪を犯させ、その罪を決して揉み消せない形で断罪する。そのために、学園が保有する国宝級魔道具まで使わせた。そういう筋書きだったんです」
「……そういうことか」
炎石は頷き、私に視線を向けた。
「だが、お前の姉は、お前とは正反対の性格だっただろう?」
ラファーガは苦く笑った。
「ああ。俺もアカリは苦手だ。だが、クラインだけは許せない。それだけは俺とアカリの意見が一致したんだ」
私は、彼に諭すように言った。彼の想いはわかっている。私は彼の手を取った。
「貴方が怒る姿は似合わないわ。それに、政治的な策謀なんてもっと似合わない。もうやめて」
「お前の意思も確認せず勝手に動いた。本当に悪かった。……だが、怖い女だな。お前の姉は」
私の姉、アカリは決して私を殺さない。彼女が私に抱いている感情は屈折した愛情。私も同じ。お互いに、そのことを深く理解している。
だからこそ、ようやく気づいた。
今回の件は、アカリが私との婚約を破棄したクラインへ下した復讐だった。
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