別邸訪問
私たちは、王族の別邸へと向かった。
「ウルフェンハルト侯爵家の次女にして、ワールドエンドの執政官、シズカが参りました。クライン殿下がご滞在とお聞きし、ご挨拶に伺いました」
「失礼ですが、身分を証明できるものはございますか?」
「ええ、こちらに」
私は腰に差した剣を示した。柄に刻まれたウルフェンハルト侯爵家の家紋が、陽光を受けて鈍く輝く。
衛兵は剣の柄に刻まれた家紋を見て、小さく目を見開いた。
「ほう……」
この世界では、貴族の紋章を無断で作ること――いや、描くだけでも極刑となる。
「承知しました。しかし、クライン殿下がこちらにご滞在かどうかは、我々の口からは申し上げられません。別邸の管理人へお伝えすることしかできませんが……」
「それで充分よ。お手数をおかけします」
門番である衛兵が知らないはずはない。
だが、それは決まりのようなものだ。
彼の性格なら、きっと居留守を使うだろう。そう思っていた。
しばらくして、一人の老人が姿を現した。
「お待たせいたしました、シズカ様。私は、この別邸の管理人をしておりますクロードでございます」
「久しぶりね、クロード。今はここなの?」
「はい。王城の仕事は息子に引き継ぎまして、今はこの別邸を管理しております。私はシズカ様のお姿を何度か拝見しておりますよ」
老人は愉快そうに笑った。
彼はかつて王城の施設や設備の管理を任されていた準男爵だ。引退したはずなのに、結局は隠居させてもらえず、ここへ回されたのだろうか。
「あ……」
街で見かけたのだったか。いや、違う。
カリオンと裏口から屋敷へ入った、あの時だ。管理人であるクロードの目をごまかせるはずもなかった。
思わず頬が熱くなった。
「ははは。クライン殿下はご在宅ですよ。さあ、どうぞ中へ」
「え? 殿下がお会いになると?」
私は驚いて聞き返した。
「いえ。殿下にはまだ何もお伝えしておりません。今は部屋にお籠もりしております。皆様は私のお客様ですので、お通しするだけですよ。もっとも、途中でばったりお会いになるかもしれませんが」
「そんなことになったら、あなたの立場がなくなるわ」
「ははは。私は客人をお迎えしただけです」
クロードは悪戯を思いついた子供のように目を細めた。
どうやら、本気で面倒事に巻き込まれる気はないらしい。
それでも私たちを通したということは、きっと何か考えがあるのだろう。
「問題になる前に帰るわよ!」
「面白いことをおっしゃる。王城の備品をカイゼン子爵に持ち出させた張本人のお言葉とは思えませんな」
私はさらに頬を赤くした。
「魔物討伐には必要だったのよ! レオナールに相談したら、『王城には使わなくなった古い旗竿が山ほど余っている』って教えてくれたの。新しく作っている時間もなかったんだから!」
思わずレオナールを盾にしてしまう。
「冗談ですよ。王国の刻印が入った旗竿は、処分するだけでも手間も費用もかかりますからな。むしろ助かりました」
クロードは肩を揺らして笑った。
「立ち話もなんです。どうぞ屋敷の中へ」
「ええ」
「もちろん、天下に名だたる冒険者様方もご一緒に」
クロードの真意は読めなかった。
それでも、付き人たちの同行を認めてくれたことで、私は少し肩の力を抜く。
「門を壊されたら格好がつきませんからな」
「そんなことはしません」
即座に言い返した。
……そう答えたものの。
もし本気で止められていたら、ラファーガが門を吹き飛ばしかねない。
炎石も止めるどころか、「それが早い」と笑って賛成しただろう。
そう考えると、自分でもあまり自信はなかった。
※
屋敷の中は比較的新しく、王族の別邸に相応しい造りだった。
磨き上げられた床、落ち着いた調度品、窓から差し込む柔らかな陽光。
だが、とても静かだ。
「人があまりいないのですね。夏だと言うのに」
「ここの使用人は数人だけです。だいたい使用人は引き連れて来ますので」
「そうですよね」
クロードは、屋敷の中心にある来客用の迎賓室へ、私たちを案内した。
「さすがにここは不味く無いですか?」
私たちは、正式にはクラインの客ではない。
「貴女らしくありませんな。どうぞ、お掛けください」
クロードはそう言うと、私の背を軽く押した。
半ば強引にソファへ座らされる。
すぐに使用人がお茶を運んで来た。
年配の女性だった。
使用人の服をまとっているが、その所作には名家の気品が感じられる。
彼女は茶器を並べ終えても部屋を出ようとはせず、静かに私を見つめていた。
「お聞きしたいのですが、カリオン様はどこにおいでですか?」
穏やかな口調だったが、その瞳には切実な想いが宿っていた。
「事情があって場所は言えません。近いうちに、準備が終わり次第、迎えに行く予定です」
焦っても、どうにもならない。
カリオンは無事な筈だが、なぜこもったきり出てこないのかは、私にもわからない。
「そうですか……」
女性は小さく目を伏せた。
「ごめんなさい。私のせいで……」
「はて」
クロードが穏やかに笑う。
「シズカ様のせいではありませんよ。カリオン様は自らの意思で行動される御方です」
私は女性とカリオンの関係を尋ねようと口を開いた。
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