王立大学からの手紙
二日後、私は執政官室で交渉をしていた。相手は炎石おじ様。
「ですから、最低でも月大金貨一枚を給与としてお支払いします!」
「いらん。ガストンたちが迷惑をかけた。貰うわけにはいかん」
「それとこれとは別問題です。それに領民が脅されてしたこと。それは私の責任でもあるわ」
私は説得しようと声を張り上げた。
「お前という子は……それに自分の給与から出すつもりなのだろう?」
「だって、個人的な警備だし……」
呆れた顔をする炎石。私たちが押し問答をしていると、プロストが跳ねるように執政官室へ飛び込んできた。
「わかった! あの箱の正体が!」
「落ち着いて」
学者である彼らしくない様子に、思わず笑みが溢れる。
「落ち着けないぞ。いや、お前たちも知れば驚くはずだ!」
「まあ、座れ!」
その場で打ち合わせをしていた炎石が促した。
「これを見てくれ」
伝聞鳥によって届けられた王立大学からの書状。プロストの問い合わせに対する返答だった。
差出人は倉庫番ではない。王立大学の副学長だった。
「プロスト教授の問い合わせに対してですが、宝物庫にあった物は、先日盗難に遭いました。ここからは他言無用でお願いします」
そう書かれていた。
「え? これ、読んでいいの?」
「頼まれてはいない」
「同じことよ!」
大学教授や研究者なんて偏屈な奴が普通だ。約束なんて守る前提では書かれてはいないだろう。だから、書かれている内容が真実とは限らない。
続きには、宝物庫の誰でも見える場所に置いてあった理由も記されていた。
あまりにも重く、宝石も装飾もない。誰も価値があるとは思わないはずだと。
「無理な言い訳ね」
「責任問題になってるらしいからな」
プロストが肩をすくめた。
「それで、中身は何なの?」
「魔道具らしい」
私と炎石は顔を見合わせて頷いた。
「でしょうね。しかも古代の。でなければ宝物庫にある訳がない」
「いや、シズカ、誤解してる。あの箱自体が魔道具らしいんだ」
「それなら二つ疑問が残る。一つは、それなら何故あの箱を捨てたのか? もう一つは、あの箱には細工や仕掛けがある。それは何かよ!」
プロストは力強く頷いた。
「それも書かれているよ。魔物を操る箱。闇魔術をこめるらしい。やり方は古文書に書かれていたが、そのページだけ破かれていたそうだ」
背筋に冷たいものが走った。
魔物を操る箱。
もし本当なら、一つの村など一晩で消える。小さな領地でさえ壊滅しかねない。肝心の使い方は隠された。偶然とは思えなかった。
「つまり、あの箱は魔物を操るための古代魔道具ということか」
炎石が腕を組む。
「そういうことになるわね」
私は無意識に腕を組んだ。黒箱そのものよりも気になることがある。誰が盗み、なぜラファーガたちの前に現れたのか。
まるで誰かが、私たちに見つけさせようとしたように思えた。嫌な予感しかしない。今朝も見回りのついでに確認したが、箱から魔力の残滓は感じられなかった。
「わかったわ。不気味な物をどうすればいいのかな?」
「回収に来るそうだ。副学長自ら。あの出無精な老婆が」
「珍しいな。あいつがか!」
「炎石、知ってるの?」
「ああ、王国随一の魔術師だ。恐ろしい魔女だ」
「どんな魔術を使うの?」
「ありとあらゆる。それに闇魔術もな」
私は未だ炎石に自分の魔術特性を話していない。それなのに、炎石は私の顔を見てニヤリと笑った。
まるで全てお見通しだと言わんばかりに。
「なあ、シズカ執政官。黒箱をあのままにしておくのか? 屋敷で保管しないのか?」
プロストは心配そうに尋ねた。
「ええ。ラファーガを巻いた何者かが奪いに来るかもしれない。領民を巻き添えにしてはいけないから。それに……」
「それに?」
「ごめん、プロスト。秘密にしておくわ。知らない方が安全な場合もあるから」
プロストも危険に晒したくない。ラファーガや炎石と相談して、既に手は打ってある。
「それじゃ、少し出かけるわ」
私は炎石たちを伴い、ルーナの町へ向かうことにした。同行者はラファーガ、セラフィナ、クロエ、そしてミズホ。
目的地は冒険者ギルドと、その地下にある闇ギルドだった。
※
「ここで別れましょう」
私と炎石は闇ギルドへ。ラファーガたちは冒険者ギルドで情報収集を行うことになった。
「ふふふ、お待ちしておりました。シズカ様、ファイヤーストーン様」
闇ギルドのバーカウンターでグラスを磨いていたエレンが挨拶する。
「さすが、エレンね。誰でも知ってる」
「高名な炎石様を知らないなんてモグリよ。お見知り置きを。何を飲みますか?」
私たちは椅子に腰掛け、ビールとノンアルコールカクテルを注文した。時間が早いせいか、店内には私たち以外誰もいない。
「もしかしたら営業時間前だったかしら?」
「冒険者ギルドとは人の集まる時間が逆だから。それより――」
エレンは平静を装っていた。だが、グラスを磨く手だけが妙に忙しい。よく見ると、同じ場所を何度も磨いている。
珍しい。明らかに落ち着いていなかった。
「ラファーガ様は来ないの? 会いたいんだけど」
「なぜ、いることを知ってるの?」
「ふふふ。エルフで美しい男の剣士を見かけたという情報があったから。それに、こんな僻地に来るとしたら、シズカ様の所に行くとしか考えられないじゃない」
珍しく饒舌なエレン。しかも少し早口だ。
「上にいるわ。もうすぐ、こっちに来ると思うけど」
「え。どうしよう……握手してもらえるかしら」
私は思わず吹き出しそうになった。現役冒険者の中で圧倒的な女性人気を誇るのが風のラファーガだ。
だが、まさか冷徹な闇ギルド長までその一人とは。
「でも彼、ぶっきらぼうだからね」
「そ、それでもいいわ」
エレンは真剣な顔で頷いた。まるで憧れの英雄に会う少女そのものだった。普段の彼女を知っているだけに、その姿は妙に可愛らしい。
その瞬間、店の扉が開く音がした。エレンの肩がぴくりと跳ねる。
「ああ、ぶっきらぼうだよ!」
聞き慣れた低い声が店内に響いた。
耳の良いエルフにも困ったものだ。
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