カリオンの足跡
カーティスに過去に起きた魔物襲撃の資料をまとめるよう頼み、私たちは出かけた。
朝降っていた大雨は、いつの間にか小降りとなり、やがて止んでいた。
だが、魔物の森はいつにも増して静かだった。足元はぬかるみ、小さな小川が幾つもできている。
そんな中、ラファーガが先頭を切って、どんどん先へ進んでいく。
「お兄様、待って下さい!」
「ついてくるな。お前は別の方向を索敵しろ!」
しかしセラフィナは、その言葉を無視して追いかけた。
「早すぎますよ! 病み上がりのシズカお姉様のお身体に障ります」
「ああ、そうだな。すまん、シズカ。少し休憩するか?」
二人が振り返る。
「いいえ、大丈夫」
そう答えかけて、私は後ろを振り返った。
本当は私も急ぎたかった。カリオンのことが気がかりだったからだ。
だが、随行していた女騎士のミズホが肩で息をしている。
「……いや、やっぱり少し休憩しましょう」
女騎士はミズホという名の、私と同じくらいの若い女性だ。なぜルーナにいるのかは明かさなかったし、私もあえて尋ねなかったが、異国風の訛りがあった。
少し開けた野原で休憩を取る。
「さあ、お茶をお飲み下さい!」
クロエが全員にクッキーを配り、ハーブティーを注いだコップを手渡した。
クッキーはエレノアのレシピによるものだ。お茶はエルフ伝来のものらしい。
「美味しい!」
ミズホは珍しく顔をほころばせた。
「笑うと印象が違うわね」
「よく不機嫌な顔をしていると言われますが、生まれつきなんです」
少し照れくさそうにミズホが言った。
私は苦笑するしかなかった。もちろん顔つきもあるのだろうが、口調がきついのも原因だろう。
「ここにいる者たちは、冒険者で言えば最上級クラスの実力者よ。みんな並外れた索敵能力を持っている。私を除いてね」
「ふうん。それなら安心ですね」
「違うわ。休憩中でも警戒は怠っていないの。身についているの。ミズホ、靴を脱ぐのはやりすぎよ!」
「ごめんなさい」
彼女は脱いでいた靴を慌てて履き、脇に置いていた兜をかぶった。
理由はわかっている。足が疲れたのだろう。騎士団の靴であるサバトンは鉄で固く、森の探索には向いていない。
このメンバーなら、異変が起きる前に必ず気づく。だが、そのことに甘えるのは危険だ。
「そうだな。わしがおぶっていこう」
炎石が事情に気づいて言った。
「ですが……」
「わしの指示は聞くことが条件だったろう。それにそれほど重くはない」
ミズホは口答えを諦めて従った。炎石は軽々と背負う。
「炎石おじ様、女性に重いとか言うのは失礼ですよ!」
「シズカは軽すぎだ。もっと食え!」
「もう……」
やがて、エベレスの麓の探鉱へ辿り着いた。
「壁が全て破壊されている!」
立派だった木の柵は倒され、ところどころ大穴が開いていた。
だが、そこにカリオンの姿はない。
「どこかしら? もうここにはいないのかな……あの子はどこかしら?」
壊れた柵の周囲には、夥しい数の魔物の死骸が転がっていた。
私は上空を見上げる。
すると、どこからともなくゼルフィードが舞い戻ってきた。
キュイッ! キュイッ!
私の肩に止まる。
「ひえっ!」
ミズホは驚き、炎石の背中で顔を埋めた。
「この子は私の友人だから。執政官屋敷にもいたでしょ?」
「同じ魔物なんですか? 大きいし羽が……」
「そう。風の魔鳥ゼルフィードよ。綺麗でしょう? 雄の羽は風の魔力で七色に輝くの」
私はゼルの凄いところなら、ずっと話していられる。
だが当の本人は、その時間をくれなかった。
ゼルフィードは探鉱の中へ飛んでいく。
まるで、ついてこいと言うように。
「うん、確かにカリオン様の匂いが残っています」
犬人のクロエが、その鋭い嗅覚を披露した。
彼女はドワーフの宿舎へ向かう。
だが、その宿舎は廃材を積み上げたように壊されていた。
周囲にも夥しい数の魔物の死骸。
「ここに逃げて来たけど、魔物が襲ってきたのね」
「ああ、わしの小屋が……」
ガストンはがっくりと肩を落とした。
「ふん、そんなことどうでもいい。それよりも、よほど腕のたつ奴だな。その分隊長カリオンは……」
炎石は周囲に転がる魔物の死骸へ視線を向けた。
「これだけの数を相手にして生き残っているならな。だが知らん」
魔物討伐隊として長く一線にいた彼には、力のある冒険者や騎士達の名をほとんど把握しているはずだ。
「偽名かも知れません。それに私も覚えが無いのです。ラファーガはどう?」
私は上空に浮遊しているエルフに尋ねた。
「俺も知らん。それよりシズカ。上から見ると、大きな足跡がわかる」
「え? どういうこと?」
「お姉様、行きますよ!」
セラフィナは私を抱き上げ、上空へ運んだ。
「本当だ……」
思わず息を呑む。
地を這ったような跡に見える。だが、ラファーガが足跡と言うのならそうなのだろう。
「何の魔物かしら? 死骸の中にあるようには思えない」
巨大な魔物なら、誰かが見落とすとは思えなかった。
「でも、カリオンならば逃げることは簡単なはず。他の階層かしら?」
「いいえ、主様。匂いがここで途切れています」
クロエは、無傷で残っている扉を指差した。
そう。
アダマンタイトで造られた重厚な扉。地下神殿の入り口だった。
扉の盲目竜が炎を吐いた跡。紅の炎が微かに残っていた。
最近のものだ。
私は不用意に扉へ手を伸ばそうとして、慌ててクロエに止められた。
「主様、お忘れですか? 魔力が出ているんですよ!」
「そうだった」
つい忘れていた。
私は慌てて手を引っ込めた。
「え!」
ラファーガと炎石が驚きの表情を浮かべる。
彼らは私が魔力を使えないことを知っている。そして、そのことで私が悩んでいたことも。
「ちょっと待て。今の話は本当か?」
「ええ……そのことは後でお話しします。それより、カリオンに扉の鍵を渡したわ」
「鍵はあれ一つじゃ。持って入ってしまった以上、どうすることも出来ん」
地下神殿の重い扉は、沈黙したまま私たちの前に立ちはだかっていた。
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