帰らぬカリオン
「結論から言おう。森の浅い部分に、脅威となる魔物はいなかった」
「ですが、群れで行動する魔物が潜んでいる可能性はありませんか?」
「シズカも知っているだろうが、魔物には大きく分けて二種類いる。群れを作るものと、単独で行動するものだ」
炎石は、冒険者なら誰もが知る常識を改めて説明した。
「そうでしたね」
「群れを作る魔物には社会性があり、集団で行動するだけの知能もある。そして住処や餌場といった痕跡が必ず残る。だが、今回の調査ではそうした痕跡は見つからなかった」
炎石は全員の顔を見回してから続けた。
「脅威となるのは、数を頼みに襲ってくる大規模な群れか、あるいは単独でも圧倒的な力を持つ魔物だ。少なくとも浅部に、そのどちらも存在しないことは確認できた」
「再び、ワールドエンドに侵攻してくるかもしれません」
私は心配だった。
もちろん、心配しすぎは杞憂だとわかっている。だが、不安は簡単には消えない。
「群れを成す代表格のコボルトとゴブリンは数を減らした。ホブゴブリンの長も討ち取っている。今頃は群れの統率も乱れているだろう。もちろん見かければ始末する。安心しろ。他にも手は打ってある」
「おじ様、わかりました。ですが、縄張りを追われたとはいえ、なぜ奴らだけが人の地まで来たのでしょう?」
「……」
饒舌だった炎石が口をつぐんだ。
「スタンピードではない。それに自然現象でもない。となれば、何らかの意図が働いたと考えるべきだろう。どんな手口を使ったのかはわからないが……」
ラファーガが代わりに静かに口を開いた。
まるで何かに追い立てられるように、あるいは何かに導かれるように人の領域へ現れたあの魔物達。
「プロスト。意思を持って出てきたんじゃないか、って言ってたよね?」
その言葉に、部屋の空気がわずかに張り詰めた。
ホブゴブリンの剣士は、私を暗殺しようとし、クロエを捕えようとした。
その行動の裏には、何者かの意志があるように思えた。
「狙いは私……」
私はぼそりと呟いた。
「偶然じゃろう」
炎石は私を安心させようと答えたが、その表情は険しかった。
「ところで、他の手というのは?」
これ以上その話を続けたくなくて、私は別の質問をした。
「防御壁の延長と領民の家の囲いだ。アレンとも話をしておる」
ガストンが、机の上に地図を広げて説明を始めた。
「わかったわ。ワールドエンドの事業の一つとして取り組んでもらうわ」
「事業……タダでやらせてもらうよ! 税を返してもらい、家も借りている」
「それはそれ。これはこれよ」
「じゃあ格安でやらせてもらうよ!」
「もう……ありがとう」
必要な役割分担を終えると、会議はお開きとなった。
ロン爺とカーティスにこの場に残るよう指示をすると、私はピクシアが淹れてくれたお茶を飲んだ。
「シズカ執政官、少しお話があるのですが」
会議に参加していた騎士団員たちが、私を取り囲み、見下ろしてくる。
「何かしら。応援して頂き感謝します。引き上げていただいて結構です」
少し口調が強くなったのかもしれない。そう思いながら答えた。
「それは出来ません。カリオン分隊長のご命令ですし……」
「じゃあ、カリオンに言っておくから」
どうしても、カリオン以外のルーナ分隊へは不信感が残っている。それに今にも私に噛みつきそうな敵意を強く感じた。
「カリオン分隊長が魔物の森から帰って来ていないのです。ですからこちらで待たせて貰いたいのです」
女性の騎士団員が悲痛な声で言った。
「ああ……そうなの? ごめんなさい。すぐにカリオンの捜索に向かうわ」
気になってはいた。だが目を覚ましてからは、領民や会議の対応に追われていた。
「それなら、私たちも同行します」
「……」
私が悩んでいると、炎石が答えた。
「構わんよ。わしの指示には従ってもらう。代表一名だけじゃ」
「私が行きます」
女騎士が、他の二人を押し留めて言った。
二人から反対の声は上がらなかった。その様子を見る限り、積極的に名乗り出るつもりはなかったのだろう。
「それじゃあ、おじ様、準備をお願いします。場所は採掘場よ。詳しいことはガストンに聞いてください」
「わかった。さあ、準備だ」
炎石は、私の意図を察したのか、騎士団員達を部屋の外へ連れ出した。
※
部屋に残ったのは、指名した二人とラファーガだった。
「ところで、過去にワールドエンドに魔物が襲撃したことはあるのかしら? 王都にある記録には残って無かったから」
「わしがこの地に住み着いてから、はぐれ魔物くらいしか……」
ロン爺は、首を振った。
「我が家の家史に記されている。私の代では一度も……。だが、私が子供の頃に一度だけあった」
カーティスが、持参してきたヴァイスウルフェン家の古文書を机に出し、記述されたページを開きながら答えた。
前の厄災が起きて数十年は経っているということだ。
「やはりそうでしたか。でも、私が調べた王都の記録には残っていませんでした」
「それは違う。我が一族がウルフェンハルト家へ報告していないはずがない」
「……ウルフェンハルト家の段階で情報が止まっていた可能性があるのね」
ウルフェンハルト家の秘匿事項なのだろう。古文書の調査が可能なのは、レオナールだ。
絡まった知恵の輪。
それを解く手掛かりの一つが、それなのだろう。
私は、レオナールの顔を思い浮かべた。
だが今は、カリオンの捜索が先だ。
「行きましょう」
私は立ち上がった。
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