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姉に全てを奪われた追放令嬢、辺境の村を再建します〜愛犬が転生した犬人少女と始める内政スローライフ〜  作者: 織部


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戦士の目


 堀は赤く輝き、まるで灼熱の釜のようだった。この熱の中を進める魔物などいるはずがない。そう思った。


「え……」

 私の予想を裏切り、ホブゴブリンたちはその戦場を苦にもせず進んできた。

 炎が足元を舐める。だが奴らは顔色ひとつ変えない。

 燃え盛る堀を渡り、焦げた死骸を踏み砕きながら前へ出る。


「ほぉ、わしらと同じ。火に耐性があるようじゃな」

 ガストンが目を細めた。その声には驚きよりも警戒が滲んでいた。

 先頭のホブゴブリンが立ち止まる。


 鋭い目。筋肉の浮いた巨体。手には丸太のような棍棒。

 まるで戦場を見定める将のような落ち着きだった。

 次の瞬間。

 奴は足元に転がっていた焼死体を蹴り上げた。ゴブリンの死骸が宙を舞う。


 そして――

 鈍い音を立て、土壁へ叩きつけられた。

 壁がびりびりと震える。

 肉と骨が潰れ、赤黒い染みが壁に広がった。


 ホブゴブリンは嗤った。

 仲間の死を悼む様子など欠片もない。

 ただ遊んでいる。ただ見せつけている。お前たちもこうなるぞ、と。

 背筋が冷えた。今までの敵とは違う。

 力があり、知恵があり、そして残酷だ。


 仲間の死さえ、恐怖を煽る道具にしている。

 炎の向こうで、他のホブゴブリンたちも従うようにゆっくりと歩みを進める。

 先頭の一体が、棍棒を肩に担いだままこちらを見上げた。

 その目が合った気がした。獣の目ではない。戦士の目だった。


 私は無意識に唾を飲み込む。覚悟を決めた。

 ふざけるな。お前ら程度の魔物などに怯える私ではない。

「クロエ、プロストたちを呼んできて!」

「わかりましたぁ!」

 犬人の少女は、飛ぶようにその場を去った。


「ガストン、急ぎ投石隊を作って!」

「なるほど。それは良い案だ! 取り掛かろう!」

 ドワーフの棟梁は、手をトンと叩いて尊敬の目で私を見る。彼らの怪力を活かす方法。

 投石は、私を守ってくれていた炎石の鉱人の隠れた特技だった。


 時間を稼いでいる間に、カリオンとゼルフィードが来るはず……。

「暇をしていたんだ、こっちが大変だと聞いて」

 プロストが、慌ててやってきた。

「見ての通りよ!」

「なるほどね」

 壁を壊そうと、ホブゴブリンたちが棍棒を振り回している。

 どん、どん、と鈍い衝撃が続き、私たちの足元にも振動が伝わってきた。


「よし、攻撃開始」

 彼と数人の獣人族の狩人たちは、一斉に矢を放ち始める。

迷いなく攻撃を始めるプロスト。

 その姿は、とても王立大学の教授には見えない。口元には、薄い笑みすら浮かんでいた。


 最初は無視をしていたホブゴブリンだったが、固い皮膚に矢が突き刺さると様子が変わった。

 顔を歪め、苦悶の表情を浮かべる。

「もしかして?」

「ああ、毒矢だ。解毒されてしまうだろうが、良い気分では無いだろうな」


 ホブゴブリンたちは弓矢を警戒して顔を上げ、苛立たしげに棍棒を振り回す。

「無駄な矢は放たないで!」

「任せとけ! 嫌がらせは得意だ」

 矢が尽きたのと勘違いしたホブゴブリンが、再び壁へ棍棒を振り下ろそうとする。


 その瞬間を狙い、再び矢が放たれた。

 苛立った奴らは奇声を上げる。

 何度か同じ行動を繰り返した時、ガストンが戻ってきた。


「時間がかかってすまねぇ。お前ら、並べ!」

 大小様々な大量の岩が、次々と運ばれてくる。

 ドワーフたちは、運搬者、盾を持つ者、投石する者と役割が決められている。

「一体どこから?」

「ああ、砦の山からだ。色々と加工しようと掘っていたのよ! こんなことに使うとは思わなかったがな」

 ガストンは笑って答えた。


 住んで数日なのに……。彼らの行動力には脱帽だ。

「さあ、やるぞ!」

「へえ!」

 ガストンの号令で、岩の雨が降り注ぐ。

 炎石の鉱人ほどの力も、正確さも、速さもない。だが、数人がかりで担ぎ上げた大岩は、高い壁の上から投げ落とされることで凶悪な威力を生み出していた。


 唸りを上げて落下した岩が、ホブゴブリンへ直撃する。

「ぐあっ⁉︎」

 呻き声を上げ、ホブゴブリンがその場に崩れ落ちた。

 骨が砕ける嫌な音が、ここまで響いてくる。

 さらに別の一体へ岩が命中し、膝が不自然な方向へ曲がった。

 隊列の後方では、飛び散った破片に顔を裂かれたホブゴブリンが怒声を上げている。


 ――効いた。

 周囲のホブゴブリンたちも、明らかに動きを止めていた。

 降り注ぐ岩を見上げる目に、さっきまでの余裕はない。

 棍棒を構えたまま足を止める者。仲間を盾にするように身を寄せる者。

 奴らの動きは、目に見えて鈍くなっていた。


「みんな、小石を顔を狙って投げて!」

 私の指示で、全員がホブゴブリンの顔を狙って小石を投げつける。その石は脆く砕ける。

 石片が目や鼻へ入り込み、ホブゴブリンたちは悲鳴を上げた。目を押さえて後退する者につられ、前に出ていた個体も後退りする。


 そこへ再び大岩が落下する。

 鈍い衝撃。潰れた悲鳴。地面へ倒れ伏した仲間を見て、ついにホブゴブリンたちの気持ちが崩れた。

 奴らは苛立ちまぎれにこちらへ棍棒を投げつけると、唸り声を上げながら後退を始める。


「まさか、こんなせこい芸が効くとはな……」

「ふふふ、ですが、落ち着いたらまたやってくるでしょう」

 ホブゴブリンたちの数匹に怪我をさせただけだ。奴らの回復能力ならば一日とせずに全快するだろう。


「すぐに修復に取り掛かろう!」

「ええ、クロエ、ところでゼルフィードはどこにいる?」

 姿の見えぬ魔鳥とカリオンのことが心配になった。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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