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姉に全てを奪われた追放令嬢、辺境の村を再建します〜愛犬が転生した犬人少女と始める内政スローライフ〜  作者: 織部


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早過ぎた切り札


 コボルトの群れが堀へと雪崩れ込んでいくのが見えた。

「ギャッ!」

「ギギィッ!」

 甲高い叫びが重なり、黒い流れのように堀へ吸い込まれていく。


 私はその光景を、冷静に見ていた。

 あの堀は深い。落ちれば、上がれない。

 それがこの防衛線のすべてだ。

 コボルトたちは跳ねて、縁に爪をかけようとする。だが、その体を引き上げるには壁が高すぎた。


 爪を立ててもずるずると滑り落ち、次の瞬間には堀の底へ落ちて積み重なっていく。

「ガストン、作戦通りに!」

 そう口にしたとき、ガストンが短く叫んだ。

「投げろ!」

 爆薬筒が次々と堀へ放り込まれる。


 どぉん、と鈍い爆発音が連続し、土と肉片が一気に跳ね上がった。

「ギャアアッ!」

「ギィィッ!」

 叫びとともに、堀の底が崩れる。

 ただの“深い穴”だった場所が、少しずつ形を変えていく。

 土と死骸が混ざり、底が浅くなっていく。


「……埋まっていく」

 思わず呟いた。

 爆風で崩れた土と積み重なった死骸が足場となり、堀は少しずつ浅くなっていた。

 コボルトたちの死が、堀に道を作っていた。

 まるで後続のための人柱だ。


「ギギッ! ギャッ!」

 その犠牲を踏み越えるように、次の群れが現れる。

 ゴブリンだ。

 コボルトの残骸を踏みつけながら堀へ突入する。

 沈む個体がいる。

 だが、後ろから押され、上から踏まれ、それすら足場へと変わっていく。

 止まらない。

 ゴブリンたちはついに堀を越え、防壁へと取り付いた。


「堀が突破された……!」

 背筋を冷たいものが走った。

 あれほど頼もしく見えた堀が、今や敵の死骸で埋められた通路へと変わっていた。

 クロエが息を呑む。

 そう。

 堀は“落とす場所”から、“渡れる地形”へ変わり始めていた。

 ゴブリンたちはそのまま堀を越え、壁へと到達する。


「ギギィッ!」

 爪が壁に突き立つ。

 だがすぐに滑り落ちる。

 油で覆われた壁は、登ることを許さない。


「そこまでよ!」

 私は息を吐いた。

 だがゴブリンは止まらない。

 落ちた個体の上に次が飛び乗る。

 さらに数体が肩を組むように体を支え合い、登る形を作り始める。


「……知能がある」

 戦場の空気が変わるのを感じた。

 ただの数の暴力じゃない。

「次の手を!」

「わかりやした。油を燃やせ!」

 ガストンの声が鋭く響く。


 松明が投げ込まれた瞬間――

 ごうっ、と壁全体が炎に包まれた。

「ギャアアアアッ!!」

 燃え上がったゴブリンが次々と崩れ落ちる。

 炎が堀へ流れ込み、戦場全体が熱と光に飲まれる。


「押し返した……」

 誰かがそう言った。私も、一瞬だけそう思った。

 堀は燃え、敵は崩れ、視界は炎に満たされている。

 終わったのかもしれない、と錯覚するほどに。

 私は息を吐いた。ガストンも肩を落とした。


 そのときだった。煙が、風に流れた。

「……まだいる」

 クロエが呟いた。炎の向こう。視界の先。

 そこに“何か”が立っている。


「グォォォ……」

 低い、重い唸り。

 ただの声じゃない。

 存在そのものが鳴っているような音だった。

 煙が割れる。

 そして現れる。


 一回りも、二回りも大きい影。

 ホブゴブリン。

 戦いは、まだ終わっていなかった。

 私は、そのシルエットの数を数える。


「十匹以上いる」

 壁を覆っていた鋼は溶けて、炎となって堀へ流れてしまった。

 今やただの土壁だ。

 私は次の手を打たなければならない。

 だが、想定外の出来事に戸惑い、頭が回らなかった。


「どうしやすか?」

 ガストンの言葉で、呆然としていた私は我に返る。

「爆薬筒の残りは……」

「ありません。さっきの戦闘で……」

 私は目を閉じた。


 何をやっているんだろう。

 コボルトは堀に落ちていた。あのまま放置していても、脅威ではなかったはずだ。堀は檻だった。

 落ちたコボルトがそこにいる限り、後続のゴブリンも簡単には進めなかっただろう。


 それなのに私は焦った。

 目の前の敵を減らしたい。

 味方を安心させたい。

 その一心で爆薬筒を投げ込ませた。

 結果はどうだ。


 爆風で崩れた土は堀を埋め、死骸は足場となり、敵に道を与えた。

 私自身の手で、防衛線を壊したのだ。

 敵に突破口を与えたのはホブゴブリンではない。

 私だった。

 胸の奥が冷たくなる。


 魔物討伐隊にいた頃の私は、隊長の判断を何度も批判した。

 なぜそんな簡単なことを見落とすのか。

 なぜもっと冷静に考えられないのか。

 そう思っていた。

 だが今なら分かる。

 命を預かるということは、想像していたより遥かに重い。


 誰かが死ぬかもしれない。

 失敗すれば村が滅ぶかもしれない。その恐怖は、少しずつ人を焦らせる。焦りは視野を狭くする。

 見えていたはずの手を見失わせる。


 隊長たちも、きっとこうだったのだ。

 私は初めて、自分が見下していた人たちの背負っていた重さを理解した。


「怖い。命を預かることに。時間はあるはず……」

 まだ終わっていない。

 目の前では炎が燃え続けていた。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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