村の防衛
「ええ、それよりも森の様子が知りたいわ」
「お姉様、一仕事ってのはそれです。今、報告します」
セレディナは風に乗り、広い森を横断して調べてきたようだ。
「スタンピードではありませんでした!」
大量の魔物たちが正気を失い、一斉に暴走する。種族を超えて集団で。
そして、モンスターラッシュと呼ばれる街や村を襲う事態が起きる。原因は不明だが、魔物の目を見ればわかる。
「やっぱり。良かった。では森で何が起きているの?」
「どうも、魔物たちの縄張りが変わっています。その結果、あちこちで諍いが起きていますが、もう少ししたら落ち着くでしょう」
本来なら山に棲むはずの魔物が森の最深部へ降りてきていた。そのせいで最深部の魔物は森の中央へ、中央の魔物はさらに森の浅い方へと押し出されている。
「山に現れた存在のせいね」
ひとつの変化が波紋のように広がり、森全体を揺らしているのだ。
「となると、順々に押し出されるように、魔物がこのワールドエンドまで近づいてくるのね……」
「そうです。ゴブリンのような弱い魔物が、そのうち姿を見せるでしょう」
私は小さく頷いた。
だが――。
セレディナは、苦笑まじりの微笑みを浮かべている。
まだ何かあるのだ。
「それだけではありませんが――」
「じゃあ、森を一部焼き払うか? その方が守りやすいぞ!」
聞き耳を立てていたガストンが割り込んだ。
「はぁ!? ふざけんじゃないわよ!」
エルフの彼女が怒鳴る。
「森に棲むのは魔物だけじゃないわ! 森は私たちに恵みを与えてくれる大切な場所なのよ! そんなことしたら罰が当たるわ!」
次の瞬間。
ガストンの巨体が宙を舞った。風の魔術が炸裂した。
「おおっ!?」
彼は防御壁前の堀へ転がり落ちる。
「喧嘩はやめて! ガストン、怪我はない?」
「ああ、まったく。気の短い森人だ。冗談がわからないとは……」
ガストンは平然と立ち上がった。
部下の坑夫たちが慣れた様子で梯子を下ろす。
どうやら、ドワーフたちでは転落事故は日常茶飯事らしい。
私は苦笑しながらセレディナへ向き直った。
「それで、続きは?」
「はい。カリオン様が例の採掘場で休憩中です。かなりの数の魔物の死体が周りに転がっていました」
「……?」
思わず首を傾げた。話が繋がらない。
だがセレディナは楽しそうに笑った。
「面白いんですよ」
その笑みに、嫌な予感しかしない。
「カリオンとゼルフィードを恐れて、魔物たちが距離を取って逃げています」
「まさか……」
そこでようやく話が繋がった。
縄張りの変化による混乱だけなら、やがて落ち着くだろう。
だが、そこへカリオンたちが現れた。
「カリオンとゼルフィードが、森の混乱をさらに広げています」
セレディナは楽しそうに言った。
私は頭を抱えた。魔物討伐隊の時も、討伐対象にぶつかるまでは無駄な戦闘を避け、その土地に余計な刺激を与えないのが鉄則だった。
「偵察だけのつもりで派遣したのに」
「何かしら事情があったのかもしれませんね」
「わかったわ」
セレディナは最後の報告を口にした。
「それで、魔物がこちらへ向かっています!」
私は思わず額を押さえた。
「カリオンは無事なのね?」
「はい。魔物の死体に囲まれて寝ていましたから」
セレディナは即答した。私は深いため息を吐く。きっと深い事情があるのだろう。
「カリオンがこちらへ戻って来たら……」
「魔物たちも先を争ってこちらに逃げて来るでしょうね」
セレディナはにこりと笑った。
もはや災害そのものではないか。
私は笑えなかった。
※
「このままだと、どこに現れるかわからない。誘導できないかしら?」
森とワールドエンドを隔てる壁が出来たとはいえ、長い側道の一部だけだ。
「それならば可能ですよ。すでに、この森の中には、数人のエルフが入っています。狩人と我が執事が。それに私も加わりますよ」
いずれこの地を襲われるなら、先に仕留める方が良い。体制を整えてからという考えは私の中から消えた。
「それなら上手くいきそうね」
「はい、変な方向に行く奴は、行手を塞いで吹き飛ばしますよ」
「お願いね!」
彼女が森に再び入って行くのと同時に、執政官邸から獣人族たちが到着した。
「あれ? プロストもいるの?」
王都大学の研究者の姿もその中にあった。彼も又、森に入る者だ。それにこの地では数少ない魔術使いで実力者だろう。
「ああ、加勢に来たよ。ところでこの立派な壁はいつの間に?」
「ガストンたちが作ってくれたの。それより、執政官屋敷の守りは?」
「執政官様は心配症だな。ルーナから騎士団員が数人来たから任せてきたよ」
既に、執政官屋敷には、マーカスやアレンもいるらしく、既に防衛陣地を作っているらしい。
「でも、それなら騎士団をここに?」
「魔物討伐の経験が殆どないらしいからな。ここの住人は少なからず経験してるよ」
カリオン基準で判断していた。辺境の騎士団だから、魔物狩りはお手のものだと思っていたが、ワールドエンドの住人の方が経験しているようだ。
「王都でも、二分されるからね。それじゃ、作戦を伝えるわ! 全員集まって!」
私は、ワールドエンド魔物討伐司令官として指揮を開始した




