ドワーフの壁
「確かに、少し森が騒がしいな。森を見てくるよ! シズカは、別邸へ」
まだ話の途中だったが、仕方ない。夜に治療をする時に続きを聞こう。
「ドワーフたちを呼んでくるわ」
「そうだな。相手が多そうだしな……」
カリオンは、森に飛び込んで行った。
「ゼル、彼と一緒に……」
私が手で合図をすると、魔鳥は降下し跡を追って森に入る。
とても賢い子だ。
小高い丘にある執政官別邸。ドワーフの砦と化している元ミラーの屋敷。そこには、森の監視役のドワーフたちが数人立っている。
私の姿を見つける。
「さて、伝わるかな?」
旗の色で伝達をする規則を決め、領民に教えていた。
私は服のポケットから、一色の布を取り出す。そして、私の偽物の剣につけて振り回した。
まずは、危険を知らせる赤色。次に、進軍を促す緑色。
『魔物襲来、迎撃に迎え』
ドワーフの警備兵は頷くと行動を始めた。
ある者は、砦に造った物見台に登り、白いワールドエンドの領紋旗を降ろして赤い旗を掲げる。
他の者は伝令役として、邸宅の中へ駆け込んでいった。
「お待たせしました」
しばらくして、ガストンがドワーフを数人連れてやってきた。
「時間をかけ過ぎよ!」
自分でも驚くほど、きつい声が出た。
ガストンたちは訓練された兵ではない。ましてや、私の直属の部下でもない。
だが、ガストンはニヤニヤしながらも素直に頭を下げた。
「次までには、満足してもらえる速さになりますぜ」
何かおかしい……。緊張感が足りない。
ガストンたちは、本物の襲撃だと思っていないのかも。
「もしかして、ガストン。予行練習と勘違いしてない?」
「は? 違うんですか? シズカ様……赤旗のあとに緑旗が来たんで、領民招集と行軍訓練だとばかり……あいつら……」
「違うわ。本番よ。カリオンが先に単独で、森に入ってるわ。私たちの役目は、森から魔物が出てきたら倒すことよ」
ガストンの顔から微笑みが消え、表情が引き攣る。
森を知り、森の深部で戦える程度の実力はある者たちだ。魔物が人の領域に出現する意味をガストンが知らない訳がない。
「すんません。本気のガストン家をお見せしますんで。お前ら、わかったか?」
ガストンの部下の一人が、慌てて砦へ戻っていく。
「期待するわ」
「ああ、任せてくれ。この地は守る」
先ほどまでの軽い空気は消えていた。
私たちがやるべきことは、まず領民の安全確保。そして、この領地へ魔物を侵入させないこと。
「カリオンのいる場所は、ゼルフィードが教えてくれる。問題が起きた時も」
「わかりやした。そいじゃ、防衛柵を作りましょう。執政官邸への連絡は?」
「まだよ。お願いするわ」
私の勘では、これはスタンピードの前触れに過ぎない。
魔物討伐隊にいた経験は、私の神経を図太くさせていた。
もしかしてその私の内面が表情に出ていたのかもしれない。誤解させたのは私だと反省し、顔を引き締めた。
「この側道が適しています。ここに、堀を作ります」
遅れてやってきた十数名のドワーフが土木工事を始め、ガストンが指揮をとる。もちろん警備する者や偵察する者もいる。
ガツン、ガツン、と鍬が地面を砕き、森側に深い堀を掘る。
その内側――道を守るように、ドワーフたちは掘り返した土と岩を道沿いへ積み上げていく。
ドン、ドン、と木槌で叩き固められていく。さらに薬が振り撒かれると、土壁から白い湯気が立ち上った。湿った土は鈍い灰色へ変色し、みるみるうちに岩肌のような硬質さを帯びていく。
最後に巨大な槌で打ち込まれると、ゴンッ、と鉄を叩いたような重い音が響いた。
「あれは?」
「ははは、ドワーフの秘薬じゃ。我らには魔術が無い。だが、その代わりに知恵がある。森人とは違う」
ガストンは髭を揺らして笑い、固まった壁を拳で叩く。
ゴンッ、と今度は本当に鋼を打つような音が返った。
さすがは大陸随一の鉱夫集団だ。
私が見くびっていたのかもしれない。
掘るだけではない。土を盛り、固め、薬で変質させる。堀と壁はみるみるうちに伸び、森と道を切り分ける巨大な防衛線になっていった。
「壁をもっと高くしろ! 魔物をワールドエンド領へ通すな!」
ガストンの怒声の下、ドワーフたちは汗と泥にまみれながら鍬を振るい続けた。
「休憩は取らせなくていいの?」
「ああ、奴らを止められんよ。シズカのせいじゃ」
「へ? 脅してないわよ?」
「ワシらをこの地の住民にしてくれた。自分の土地を守るのに手を抜くわけがないじゃろう。真剣なんじゃよ」
「わかったわ。酒を準備するわ。他の部隊は?」
ガストン家は、砦を守る隊と領民を避難させる隊、それとこの本隊に別れていた。
「それぞれ、わしの代行を隊長にしてある。安心してくれ、シズカ様。酒は自分たちの金で買うよ。それよりも特別なお願いがあるが、この騒動が一段落してから言うよ」
「そう。私が出来ることなら良いんだけど」
彼は今、その話をするつもりは無いらしい。
「それより、森人はまだ来んのか? 呑気なもんじゃな」
「ふざけんじゃないわよ。一仕事終えてここに来たのよ」
その癖のある美しい声は、セレディナだ。
エルフの彼女は、風に乗り空に浮かんで、ガストンを睨んでいた。
長い金髪が風に揺れ、その髪と共に森から流れ込む空気まで不穏にざわめいている。
まるで森そのものが、何かを警告しているようだった。
「セレディナ、待ってたわ」
「シズカお姉様、大丈夫でしたか?」
彼女は飛んできて私に抱きついた。
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