告白
「この病――いや、呪いは、生まれた時からだ」
「そうなの?」
「ああ。長くは生きられないと言われていたらしい。……まあ、まだ生きてるけどね」
生命力の乏しい赤子が、ここまで生き延びたこと自体、奇跡に近いだろう。
「きっと、カリオンのお母様のおかげね」
「え……?」
言った瞬間、しまったと思った。私は、知りもしないことを想像して口にした。
「ごめんなさい。決めつけるような言い方だったわね」
慌てて言い直す。軽々しく言うべきじゃなかった。真実を知らないのに、勝手に。
そこまで言った時だった。
カリオンの背中が、小さく震えた。
彼は馬を止める。
蹄の音が止み、辺りは静寂に包まれた。風が草を撫でる音だけが耳に残る。
やがて彼は振り返らないまま言った。
「予測で物を言う。知りもしない癖に。無責任に」
低い声だった。
「そんな奴らが、平気で人を傷つける」
「……ごめん」
胸が痛んだ。謝ることしかできない。
けれどカリオンは、小さく息を吐いた。
「いや、違う。責めたいわけじゃない」
少しだけ間が落ちる。握られた手綱が、僅かに軋んだ。
「嬉しかったんだ」
「え?」
「母さんを褒めてくれたのは、シズカだけだったから」
私は言葉を失った。そんな返答は予想していなかった。
カリオンは静かな声で語り始める。
幼い頃から母へ向けられてきた、悪意の数々を。
「ある者は、俺の呪いは母のせいだと言った。母の過去の行いの報いだと」
「報いなんかで呪いにはならないわ」
私は即座に否定した。
「呪いは特殊な魔術か、特殊な毒。少なくとも曖昧な因果応報じゃない。それに、本当に報いなら、お母様本人にも症状が出るはずよ」
「理屈なんて関係なかった」
カリオンは淡々と言う。
「皆、迷信を信じてた。因習に囚われてた。幼い俺には、それを論破する言葉がなかった」
彼は小さく笑う。乾いた、自嘲だった。
「それに、俺達は双子だった」
嫌な予感がした。
「双子は忌み子だ」
私は息を呑む。
王族の中で母親の立場は低かったのだろう。そこへ生まれた男子。双子。呪い。
点と点が繋がっていく。だが私は口を開かなかった。
それはきっと、彼自身が語るべきことだった。
私が何かを言う前に、カリオンは私の表情を見て察した。
「そうだよ」
静かな肯定。
「俺は暗殺されかけた」
その声音は淡々としていた。
「でも俺は死ななかった。むしろ異常なくらい生命力が強かった。理由はわかってる」
「理由……? ……いや聞かないわ」
聞くのが怖かった。なのに、反射的に問い返してしまった。
彼は止まらなかった。
「話させてくれ」
その声には、長い間抱え込み続けたものの重さが滲んでいた。
「俺の生命力が桁違いなのは、双子のもう一人の力を奪ったからさ」
風が吹く。草木がざわめく。
「俺の妹は、干からびて死んだ」
沈黙が落ちた。
私は返事ができない。そんな筈はない。有り得ない。
生命力を奪うなんて、そんな話が本当にあるわけがない。
でも――。私は、それを否定したくなかった。
正しさで導こうとするのは、きっと傲慢だ。
彼がそう感じていることまで、否定したくはない。
だから私は、黙って聞いた。
「母さんも、俺が小さい頃に亡くなった」
今度の声は、どこか遠かった。
「きっと俺を庇って死んだんだ」
胸の奥が締めつけられる。どれほど孤独だったのだろう。
幼い子供が、どれほどの悪意の中で生きてきたのだろう。
「……誰に育てられたの?」
「ローランという老聖騎士と、ユンという家政婦さ」
その名前を口にした瞬間だけ、彼の声が少し柔らかくなった。
「ローランは厳しかったよ。剣も容赦なかった。でも、強かった」
彼は少し懐かしそうに目を細める。
カリオンの剣は、型だけの剣ではない。本当に命を懸けて振るわれてきた剣だ。
「俺は何度も殺されかけた。でも、その度にローランが撃退してくれた」
静かな言葉の裏に、血の匂いが滲む。
「俺も、その場の実戦で強くなったよ」
「……その方は?」
「死んだ」
短い言葉だった。
「最後まで頑張って生きてくれた。だから、殺されたわけじゃない」
私はそっと目を伏せる。
「……お会いしたかったわ」
「ああ」
カリオンは小さく笑った気がした。
「じゃあ、ローランという聖騎士と、ユンという家政婦に育てられたのね」
「ああ」
「なんだか、私にとってのレオナールとエレノアみたい」
カリオンは僅かに目を見開いた。
それから、ふっと力を抜くように笑う。
「……ああ。本当に、そんな感じだった」
その声は、とても穏やかだった。
「ユンも、未だに俺を子供扱いするしな」
そう言う声が、少しだけ嬉しそうで。
私は胸の奥が温かくなるのを感じた。
きっと彼は、呪いに苦しみながら生き延びてきたわけじゃない。
誰かに守られながら。誰かに愛されながら。
だから今も、ここにいるのだ。
「……なら、たまに見せる自暴自棄な振る舞いはやめてね」
「ばれてたか。情けない話だが、たまに逃げたくなる」
「一緒に、呪いを解く方法を考えましょう」
私がそう言った時だった。
上空を旋回していたゼルフィードが、大きく鳴いた。空気が変わる。それは、異変を知らせる合図だった。
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