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姉に全てを奪われた追放令嬢、辺境の村を再建します〜愛犬が転生した犬人少女と始める内政スローライフ〜  作者: 織部


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新しい一日

「レオナール……」

「おはようございます。それでは侯爵家に戻ります」


 やはりだ。

「そう……でも馬車が……」

「我々が乗ってきた馬車は、お使い下さい。シズカお嬢様に使って欲しいのです」

 餞別なのだろう。


「待って。朝食を皆んなで取りましょう」

 私は、鞄を持って馬車へ向かうエレノアに抱きついた。

 暖かく、柔らかなメイド長。離したくはなかった。


「そうですね。シズカお嬢様に食べさせないと。レオ、そうしましょう」

 エレノアは、私の頭を優しく撫でながら、皺のよった目で微笑んだ。

 父から何度も帰還を促す書状が届いていたのを、私は知っている。


 止められない。

 エレノアが、私の好きなパンケーキを焼く。

 ピクシアや他のメイドに教えながら。


「シズカお嬢様は、ふわふわなのが好きなのよ」

「はーい」

「クロエは、蜂蜜をかけ過ぎです」

「えへへ……」

 いつもの朝と変わらない声だった。焼きたての甘い香りが食堂に広がる。


 けれど、誰も「行かないで」とは言えない。

 食器の触れ合う小さな音だけが、静かな食堂に響いていた。

 ワールドエンドの果物がのったパンケーキは、私には少し塩味がした。


 くるる、くるるる。

 ゼルフィードが鳴きながら上空へ舞い上がり、大きく翼を広げる。

 執政官屋敷と獣人族テント村の住民総出で、レオナールたちを見送る。


「レオナールのじっちゃん、さようなら!」

「エレノア様、お元気で!」

 いかに彼らが慕われていたかわかる。春の朝風が、少しだけ冷たかった。

 私は言葉が出なかった。出したら、きっと泣いてしまう。


「それでは、シズカお嬢様。行きます」

 やがて彼らの馬車は、ルーナへ向かう峠道へ吸い込まれるように消えていった。


 泣かない。

 私はここで生きていくのだ。

 工事をする者たちの声が聞こえる。獣人族の子供たちが走り回っている。

 レオたちが去っても、ワールドエンドの一日は続いていく。


「又、会えるよ」

 私に声をかけてきたのは、カリオンだ。

「あら、まだいたの?」

「もちろん。巡回隊に参加するからしばらくここにいる。騎士団員も呼び寄せてる」

「そ、それはお礼をしないといけないのかしら?」


「いや、昨夜、一緒に踊ってくれたからね」

 それは、私が思い出したくもない醜態だ。

 頬が火照るのがわかる。

 本気で殴りかかったら、するりと避けられた。


「丁寧に看病してあげるから、覚えときなさい!」

「ああ、そうだな」

 彼は微笑んだ。

 気づけば、私は彼と軽口を叩いていた。

 私たちは屋敷へ戻った。


 何も言わずにクロエが立って待っている、私は優しく抱きしめる。

 それは、新しい一日の始まりだった。


「ねえ、カリオン。エイトラはどうしたの?」

「あいつは投獄してるよ」

「また、王都の騎士団へ引き渡せと言われるかも……」

 奴隷商人グラハムは、王都で釈放されてしまった。


「引き渡しは拒否したよ。今回は理由があるからね」

 エイトラは、ワールドエンドで起きた事件の犯人であり、ウルフェンハルト侯爵家から預かっているだけだ――と回答したらしい。


「でも、しつこく言ってきそうね」

「拒否の書状を書いたから、そのうち誰か交渉に来るだろう。楽しみだな」

 カリオンは笑った。

 黒幕が、トリス子爵なのはわかっている。


「トリスは来ないわ。合理的で、冷徹な奴よ! 切り捨てるかも。そして民のことを考えない」

 思わず声が大きくなる。

 王国の財務大臣にして、国の暗部。

 あの男が魔物討伐隊の予算を大幅に削減したばかりに、私はとても苦労をした。


「ああ、だから逃げられないように証拠を残していこう。ウルフェンハルト家が引き渡しの許可を出さなければ問題ない」

「レオナールは、全て知っているから大丈夫なはず」

 侯爵家の意思決定は、彼の目を通るはずだ。

 ――私はその時、安直に考えていた。


「それじゃ、巡回と避難ルートを考えよう」

 私はカリオンの馬に乗せられ、領内を巡ることになった。

「お待ち下さい! レオナール様からシズカ様の警備を……!」

 獣人族の男たちが、慌てて駆けてくる。

 レオが正式に雇い、教育してきた者たちだ。


「カリオンがいるから。貴方達には、ここの警備と工事の手伝いをお願い!」

「ですが……」

「あの子もついてくるから」

 視線を空へ向けると、ゼルフィードが飛んでいる。そして、私を見ている。


「わかりました。気をつけて」

 カリオンの秘密を聞き出すために、私は二人になりたかったからだ。

「森に沿って、馬を走らせよう。どこに行く?」

「執政官の別邸に向かって」

 ガストン家たちに貸し出した元ミラーの屋敷の新しい名前だ。


 広大なワールドエンドの領地。大きく三つに分割できるので、それぞれに避難場所を整備することにした。

 東地区は、執政官屋敷。

 中央地区は、執政官別邸。

 西地区は、ヴァイスウルフェン邸宅だ。


「何かあったら、近隣住民を集めて守る計画よ」

「さすが、シズカ。大したもんだな」

「せっかく二人になったの。貴方の話を聞かせて頂戴!」

 私が言うと、彼は微笑んだ。


「最初から、その予定だったんだろ?」

「ええ」

「別に隠すほどのことでもない。ただのルーナ分隊長だよ!」

 そう言って誤魔化そうとした彼から、私は思わず手を離した。馬上で身体が傾いた私を、カリオンが慌てて支える。


「ごめん、ごまかさないよ! 危ないから掴んで」

 彼は苦笑しながら馬の手綱を引き、歩みを止めた。

「貴方の本当の身分を知ろうとは思わない。病のこと、聞かせて」

 王族に連なるだろう人について、深く関わるつもりは無い。けれど、病は見逃せない。


「わかったよ」

 彼は諦めて話し始めた。


お忙しい中、拙著をお読み頂きありがとうございます。もしよろしければ、ご評価をいただけると幸いです。又、ご感想をお待ちしております。

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