領民集会 3
「ありがとうございます。それでは次に、今年行う政策について説明します」
ワールドエンド便という荷馬車輸送の運用。道路整備。執政官府と行政施設の建設。学校の設立。賃貸店舗や賃貸住宅の整備。
どれも、この村で暮らす全員に恩恵のある施策だ。説明を続けるほど、領民たちの目に熱が宿っていく。
自分たちの暮らしが、本当に変わるかもしれない。そんな期待が、庭全体に静かに広がっていた。
ただその熱は、騒ぎではなく沈黙に近い。
幼子を抱いた母親が、真剣な表情で話を聞いている。無骨な獣人族の男は、腕を組みながら何度も頷いていた。山の民たちも、いつの間にか私から視線を逸らしていない。
「最後に、一番大切な話をします」
空気が変わる。私は領民一人ひとりを見渡しながら、言葉を続けた。
「森に異変が起きています。巡回隊は組織しますが、この地はあまりにも広い。ですから、皆様の力が必要です」
私は、ゆっくりと言葉に力を込める。
「小さな違和感でも構いません。何か異変に気づいた時は、必ず報告してください。皆様自身の命を守るためにも、です」
領民たちの表情が引き締まった。
「良いですか? 領民の皆さん」
「わかったよ、執政官様!」
返ってきた声には、先程までより強い一体感があった。
もう、ただ話を聞くだけの空気ではない。この村を一緒に守ろうという意思が、確かに生まれていた。
「以上となります。本日はありがとうございました」
私は一礼し、演説台の階段へ足を向ける。
――その時だった。
「待ってくれ! シズカ様!」
領民の一人が、勢いよく手を挙げた。
私は足を止める。
「……はい?」
「俺たちの意見を話す時間は、ないのか?」
「あ……」
胸の奥が、静かに揺れた。
私は、“説明すること”ばかり考えていた。
けれど、それだけでは足りない。
この人たちは、ただ受け取るだけの存在ではない。この村を一緒に作る側だ。
その時、牧場主のマークスが勢いよく立ち上がった。
「待て、ワシに話をさせろ!」
それをきっかけに、次々と手が上がる。
「意見をお受けします。順番に発言してください」
「ああ……意見というか、質問なんだが。学校はいつから出来るのかな? 誰が教育を?」
「アレンに設計と予算を出してもらうことになっています。今年中には完成させます。それと教師については、これからですが、プロストや私。それにここにいる領民の皆さんからも採用しますし、王都からも招聘します」
その発言を口火にして、要望が次々と上がる。
荷馬車の運行ルート。道路整備の順番。市場の位置。井戸の増設。やがて、意見と意見がぶつかり始めた。
「それは無理だろ!」
「いや、先にこっちだ!」
一瞬、場がざわめく。だが崩れない。むしろ熱が増していく。
皆が、本気でこの村の未来を考えていた。誰かに与えられる村ではない。自分たちで作る村として。
「はい。それくらいですかね? 意見があれば、随時言ってください」
私は一度息を整え、最後の人物へ視線を向けた。
「ロン爺、最後の質問をお願いします!」
難しそうな顔で考え込んでいた長老を指名する。
「ああ、さっき税を返金すると言われたが、これだけのことをやるとなると資金が足りないだろう。どうだろう、寄付をさせてくれないか?」
「でも……」
「他の奴に強要をするつもりは無い。各自、できる範囲で。なあ、させてくれよ! シズカ様」
一瞬、言葉が出なかった。王都では、金は取引だった。豪商や貴族に頭を下げ、討伐費や武具を集めた。だが今、目の前にあるのは違う。
見返りでも、義務でもない。意思だ。
その瞬間――拍手が広がった。大きな、迷いのない拍手だった。私は息を飲む。胸の奥が、熱い。
けれど、その熱を断ち切らないように、ただ受け止めるしかなかった。
「ありがとう」
それだけ言うのがやっとだった。
そして、はっきりと心の奥で思う。
――奇跡みたいだ。喉が詰まりそうになるのを隠し、私は階段を降りた。
「成功だよ! 泣くことじゃ無いよ!」
カリオンの冗談。その軽口が落ちた直後、私は無言で拳を入れた。
※
エレノアの指示のもと、領民集会の会場は懇親会の準備へと移っていた。
机が運び込まれ、メイドたちが慌ただしく料理や酒の支度を進めている。香ばしい匂いが漂い始め、領民たちの表情にもようやく安堵が戻りつつあった。
だが、まだ宴は始まっていない。
胸の奥の熱が冷めないまま、私は一度、執政官屋敷へ戻り、応接室で休憩を取ることにした。
「主様、喉が渇いたでしょう!」
差し出された冷水を一気に飲み干す。予定していなかった長い質疑応答。話し続けていたせいで、喉は思っていた以上に乾いていた。
「カーティスです。山の民の皆さんをお連れしました」
ヴァイスウルフェン家の当主が言うと同時に、廊下の向こうから新たな足音が響いた。その足音は、静かに、重く、そして揃っていた。
応接室の空気が、僅かに張り詰める。山の民は、誰もが端正な顔立ちで、肌は白く、瞳は翠や金だ。
厚手の山岳衣を纏い、髪の先には小さな魔石が結ばれている。歩くたびに淡く揺れ、静かな光を零していた。
山の民の男たちの前に立つのは、二人の男女だった。
「遠路、はるばるお越し頂きありがとうございます。執政官のシズカです」
私が挨拶をすると、彼らも名乗った。
「わしが、西嶺守のザン。こやつが氷原のユウだ。わしの妹だ」
ユウは、睨むような視線のまま小さく会釈した。年齢は、私とそう変わらないように見える。
「我らは、ヴァイスウルフェン家と古くからの交わりがある。その主からの直々の願いだ。わざわざ我らを呼び出すとは。どんな傲慢な者かと思ったが……」
「話しましたよね。シズカ様は、あのミラーとは違いますと」
カーティスが真剣な顔で呟く。
「ええ、集会とやらを見てわかったわ」
「ははは、ゼルフィードを飼ってる女子じゃ。それに民にも慕われておるし」
私に対する反感が無いことに、胸を撫で下ろす。それから私は、その場にいる山の民全員と挨拶を交わした。
「今日は、女性や子供は来ていないのかしら?」
その瞬間、山の民やカーティスの表情が僅かに曇った。
「……グレイの顔も見えませんね?」
短い沈黙。やがて、私を呼びに来たピクシアが静かに口を開く。
「グレン様は、捕虜として西峰の村にいます」




