領民集会 2
「それでは、只今から第一回領民集会を行います。シズカ執政官からお話を頂戴します」
私は急遽造られた演説台の階段に足をかける。
「主様、頑張って。変な事を言う奴は私がただじゃオキマセン!」
「ううん、そんなことは起きないわ。それより子供たちの世話をしてて」
クロエの声援にくすりと笑いながら答える。本当にやりかねないので、別の仕事を任せておく。執政官邸の広間は、急拵えの託児所になっていた。
「うー。はーい」
エレノアに連れられて消えた。
私は演説台の上から、会場である執政官邸の庭に詰めかけた領民たちの顔を、ゆっくりと見回した。
辺境の村とは思えないほど、多くの種族が入り混じっていた。
獣人族、エルフ、探鉱のドワーフ、山の民、人族。
このワールドエンド村に流れ着いた理由は、それぞれ違う。けれど今は、皆がこの村で生きている。
巡回中に顔を合わせた者たちも多い。軽く手を振ってくる者もいれば、笑顔を浮かべた者もいる。
だが、山の民の一団だけは違った。
鋭い瞳で、じっと私を見据えている。
――当然だ。
突然やってきた貴族を、簡単に信用できるはずがない。けれど、それくらいで気後れするつもりはなかった。
セレディナが風魔術で声を拡声してくれる。
「ご紹介に預かりました。執政官のシズカです。赴任の挨拶がまだできていない方々もおりますが、どうぞお見知り置きを」
庭に集まった領民たちへ視線を向けながら、私は続ける。
「本日は、忙しい中集まって頂きありがとうございます。皆様にお集まり頂いたのには理由があります。ですが、その前に自己紹介をさせて下さい」
私は、自分の家柄を明かすことにした。
領民の中に、「知っている者」と「知らない者」がいる状況は良くない。遅かれ早かれ伝わることなら、自分の口で説明すべきだ。
「私の名は、シズカ・ウルフェンハルト。王国四大侯爵家筆頭、ウルフェンハルト家現侯爵の次女です」
知らなかった者も多かったのだろう。
会場のあちこちから、小さなどよめきが起きる。
「ですが、今の私の職務は、ワールドエンド村の執政官です。領民の皆様の安全を守り、この村を発展させる。それが私の役目です」
まず最初に、執政官とは何なのかを示す。
「皆様から徴税したお金も、そのために使われるべきものです。ですが……税だけ取られて、そうした実感はありませんでしたよね?」
領民たちは、揃って頷いた。
他領であれば、首を横に振る者もいただろう。だが、この地の民は違う。
重税ばかり課され、その見返りを受けたことがほとんどなかったのだ。
「それは、執政官代行だったミラーが不正を行っていたためです。そして、その不正を見抜けず、長く起用し続けていたウルフェンハルト家にも非があります。申し訳ありませんでした」
私は深く頭を下げた。
謝罪を演説に入れるかどうかについては、レオナールたちとも意見が分かれた。
だが、これは私自身の意思だ。
誰であれ、間違いを犯したのなら謝るべきだと思っている。
「き、貴族が頭を下げてる……しかも侯爵家の娘が……」
「ああ……色んな土地を渡り歩いたが、こんなのは初めて見た」
「いや、ミラーが悪党だったのは俺たちも知ってた。放置してた俺たちにも責任はある」
領民たちのざわめきが広がっていく。
私はひとつ咳払いをして、静かに顔を上げた。
「ミラーは、もうこの地にはいません」
その一言で、ざわめきはすっと静まった。
もう脅されながら税を払う必要はない。そう理解した瞬間だったのだろう。
「そして、不正に徴収されていた五年分の追加税は、全額返還します。金額は大金貨五枚。返却方法については、この集会の後、個別に対応します。また、希望者には二年分の納税免除と大金貨一枚という形での返還も可能です。必要書類は既に準備してあります」
私は、税の返納書類を掲げて見せた。
事前に話していた者もいたが、正式な場で宣言されたことで、会場に大きな衝撃が走る。
税の返還など、本来なら有り得ないことだからだ。
「ほ、本当に返してくれるのか……?」
「冗談じゃ、ないんだよな……?」
困惑した声が漏れる。無理もない。
領主に奪われることはあっても、返されることなど誰も期待したことがなかったのだから。
だが同時に、領民たちの目に、僅かな熱が宿り始めていた。
「今日ここに来て、驚いた方も多いでしょう。獣人族、エルフ、探鉱のドワーフ、山の民――ワールドエンド村は、種族の違いを理由に拒絶しません。そして、その身分を保証します。ここにいる全員に、既にワールドエンドの身分証が渡されているはずです」
山の民の一団へも視線を向ける。彼らはまだ警戒している。
それでも、先程より敵意は薄れていた。
「ああ、ありがとうよ!」
感謝の声が次々と上がる。
「ですが、一つだけ約束して下さい。我が王国、そしてワールドエンド村の法を犯した場合、私は誰であっても公平に裁きます。どうか、無用な争いは起こさないで下さい」
私は、あえて少しだけ声を強くした。受け入れるだけでは駄目だ。秩序があるからこそ、この村は守られる。
多くの種族が共に暮らす以上、なおさらだった。
「おうっ!」
「当然だ!」
「シズカ様に恥なんかかかせねぇ!」
返ってきた声は、演説の始まりよりずっと力強い。
私は小さく頷いた。少なくとも、言葉は届いている。
私は、私は、一度ゆっくりと息を吸った。ここまでは、過去への清算だ。
けれど、本当に伝えなければならないのは、この先の話だった。




