ウルフェンハルト侯爵 3
父 ウルフェンハルト侯爵視点 最後です
冒険者ギルドに入ると、御者が受付に言った。
「ウルフェンハルト侯爵が、冒険者ギルド長に会いに来ました」
「何ですって、少しお待ち下さい」
夕方の冒険者ギルドには、多くの冒険者が帰還しており人で溢れていた。酒と鉄と汗の匂いが満ちている。熱気と喧騒が渦巻いている。
クリスが階段の上から、大声で侯爵に向かって叫んだ。
「何の用だ? ウルフェンハルト侯爵様が単身で冒険者ギルドに訪問とは?」
騒然としていたその場は、水を打ったように静まり返った。先ほどまでの喧騒が嘘のように消え失せる。
「いや、娘のことだ。迷惑をかけた礼をしてしてなかったなと」
「シズカのことか? 迷惑なんてかけられたことは無い。礼は不要だ」
侯爵を見る冒険者たちの視線には、侮蔑そのものだ。隠そうともしない敵意が混じる。
「やはりな。だが安心してくれ。シズカがここに来ることはない」
侯爵は自分の予想が当たったと誤解した。
その侯爵の言葉は意外な反応を引き起こした。空気が一瞬で張り詰める。
「俺たちは、シズカ様に助けられた。そのシズカ様を追放したのは侯爵様だと聞いてるぞ?」
「ああ、娘を切り捨てたと。それで親なのか?」
一歩、また一歩と距離が詰まる。靴音がやけに大きく響く。
侯爵は取り囲まれた。気の荒い一部の冒険者からは殺意さえ感じ、思わず剣に手が伸びた。空気が張り詰める。今にも弾けそうなほどに。
「そこまでだ。侯爵がわざわざ来られたのには理由があるはずだ」
※
冒険者ギルド長室。
「シズカは冒険者に絶大な人気だ。助けられた者が山ほどいる」
「馬鹿な、シズカは魔術一つ、使えないぞ」
「古い考え方だな。そうだ、面白いものを見せてやろう」
机の上の資料を、ポンと侯爵に投げた。軽い音がやけに響く。
「なんだこれは?」
「魔物討伐の報告書だ。まあ見たことあるだろう?」
「いや、結果を口頭で聞くだけだ」
「侯爵というのは気楽な仕事だな。レオに仕事を丸なげしすぎだ。黙って読め!」
それは、帝国の一地方の魔物討伐計画と結果報告。
複数の侵攻案と決定進行ルート。兵站。人員配置。討伐部隊員の能力、使用武器と防具。予算……。
ページをめくるたびに、その異様な緻密さが浮かび上がる。無駄がなく、隙もない。
「細かくきちんとしているんだな。組織的に変わったんだな、冒険者ギルドは?」
「ギルドの作成物ではないよ」
「ああ、騎士団の作戦参謀か?」
クリス子爵は大笑いした。だがその目は笑っていない。
「カイゼンには軍議で会うだろう。何か言ってなかったか?」
「いや……」
「あいつ。他の人間には教えないつもりだな。姑息な。」
一拍置く。わずかに間を作る。
「これはな、原案は全てシズカが作成したものだ」
侯爵の思考が止まる。
「もっと言えば、魔物討伐の後半の重要な作戦の計画は彼女の立案だ」
理解が追いつかない。
「いいか、この国最高の軍師は、お前が追放した娘だ」
侯爵は、真実に目を見開き、資料を持つ手が震えた。否定しようとして、言葉が出なかった。
「まずい、大きな間違いを犯した」
それは、執政官任命の件ではない。もう一通彼女に手渡した封筒のことだった。
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