次の一手
「ああ、ありがたいことだ」
「ただ、領民に与えられるものがまだ準備できてなくて……領民としての身分を保証することしか……」
ドワーフの老人は、再び目を見開いた。
「身分を保証だって……ありえない。それがあれば、どこでも人として扱われる……」
「獣人族やエルフのみんなにも、身分証を渡しているわ。台帳にも記載してるから不正は出来ないわよ」
身分の保証がどれだけの意味を持つのか、ガストンならわかっている。
「不正なんてしない。安住の地だ。採掘ができなくてもこの地にしばらくいたいが……」
「もう一つの理由について聞いて。ミラーが不正徴税していたお金を返すわ。一人あたり大金貨五枚。ガストン家には、大金貨二百五十枚になるわ。これでしばらく暮らせないかしら?」
「徴税した金を、領民に返すなんて前代未聞だ。本気なのか?」
私が頷いているのに、彼はレオナールを見る。
「失礼な言い草だな。執政官であるシズカお嬢様に対して失礼だろう!」
「……も、申し訳ありません、執政官様」 私は気にしないが、家宰の彼は厳しい。
「それとこれは私のアイデアなんだけど、元ミラーの屋敷に住んでもらうのはどうかしら? 大人数住めるし、岩山で作業場も作れるでしょ?」
レオナールは大笑いした。
「さすがです。シズカお嬢様。あの場所は、ワールドエンド領の重要な防衛拠点でもあります。誰か住まわせなければと考えていました」
「そんな場所をわしらに住ませるなんて……正気?……いや信頼に応える」
「家賃はもらうつもりだから。――ただし、搾り取る気はないわ。この地では、働いた者がきちんと暮らせることの方が大事よ」
ミラーが建築に使った費用は回収できないだろう。だが、戦時や災害時の避難場所の意味はある。ミラーは有害だが無能では無かった。
「この地にも、若いドワーフのやってる建築事務所があるの、人が足りないんだけど手伝ってもらえるかしら?」
「おお、同族か。もちろんだ。だが、気の荒い鉱夫だ。適任と思われる若い者を派遣しよう」
「それと私、あれだけの加工のできるドワーフって稀有な存在だと思うの」
魔石の鍵の加工技術は、難易度の高いもの。それを習得している。
「ははは、採掘以外も得意になってしまった」
「それで、武器や防具を作って売りましょう」
「商売が上手くいくとは限らんし……」
鉱石の場合、付き合いのある商人に売れば終わりなんだろう。だが、それだって商人が大儲けしているだろう。
「それなら、安心して。私が商売をするわ。お客には目星があるから。――作る者が食べていけない商売なんて、最初から間違っているもの」
レオナールを見る。
「ウルフェンハルト家ですな。毎年大量の武器や防具を買っています。御用商人との付き合いもありますし、値段も……」 「レオ、安かろう悪かろうの武器や防具は命に関わるわ。そこにかかるコストを考えてみて。――一人の名工の一振りより、百人が生き延びる装備の方が、必要でしょ」
冒険者が使うような、武器や防具になると価格が急に高くなる。つまり、市場が二分化されているのだ。
事情は、供給者の問題。大人数の一般兵の装備は、当然、心許ない粗悪品だ。
私は、魔物討伐隊の装備担当として昔から、この問題を認識していた。
「ガストン、悪いけど一級品を作るんじゃないの。その技術を使って、誰でも使える戦闘に耐えられる武器や防具を作って欲しいの」
ドワーフのこだわり。職人の意地。
老人は難しい顔をした。背負うものの重さを量るように、短く息を吐いた。
やはりダメか……。
「やってみよう。わしが探鉱職人で良かったな。鍛治職人なら怒り狂うだろうさ。だが簡単に上手く行くとは限らんぞ」
「ええ。私も手伝うわ。面白そう!――こういうの、嫌いじゃないのよ」
「それなら、ウルフェンハルト家としても協力しましょう。お嬢様は、この地の新たな産業として考えてるんですよね?」
レオナールは、私の次の一手を見抜いていた。
ウルフェンハルト家で採用された武器と防具として売り込むことも。
「それじゃ、決まりね。――早く引っ越して頂戴!」
それから数日後、ドワーフの一団が、元ミラー邸に引っ越した。
大量の荷物があり、獣人、エルフ、そして私たちも総出で、手伝った。
ほんの数日だが、森はさらに重く暗い雰囲気を漂わせている。
「森の浅い部分にも、普段いない魔物が出てきてる」
この地の森の狩人をしているグレイが言った。
「人の生活圏にまで、紛れ込まないようにしないと」
子供が攫われたり、老人や女性が襲われる危険がある。
「万里の長城を作るわけにもいかないし……」
やはり、執政官は絶えず考えることがある。
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