檻なき絆
キュルルル、キュルルル。と、再び鳴き声をあげる。
甘える声だと私にはわかるが、他の者たちは威嚇と受け取ったようだ。遠巻きに、恐れながら事態を見守っている。
「この子、ゼルは友達なの。賢いからみんなを傷つけることはないわ」
ゼルは私の肩に足を乗せているが、爪も立てず、風の魔術で体を浮かせて体重をかけていない。触れているはずなのに、重さはない。
魔鳥――風を操るゼルフィード。
この鳴き声を聞くたび、胸の奥がわずかに軋む。
最初の出会いは、数年前。私の最初の魔物討伐。その帰還の道すがら、大魔熊に襲われて瀕死のこの鳥を保護したのだ。
瀕死のゼルの目が、私の心に訴えかけていた。生きたい、と。
それでも――その視線から、目を逸らすことはできなかった。見覚えのある目だった。クロを拾ったときに向けられた、あの目だ。
「本当はな、拾っちゃいけないんだよ!」
殺すか、見捨てるか。それがきまりだ。例外はない。
「こいつの体は高く売れる。捕まえるのも難しい鳥だ。市場に出せば相当な値がつく。解体すれば素材だけでも金になる」
「……嫌です。お金なら私が払います」
私には、この子を殺すことも、見捨てることもできなかった。
冒険者たちが手を出さないようにこの鳥を庇い、回復薬を飲ませ、治療した。切り刻まれた胴体に包帯を巻き、折れた翼が動かないよう、しっかりと固定した。
「いいじゃねえか。シズカの従魔にすりゃ。こいつは成長すればシズカを守る者になる」
「ああ、そうだな。俺たちよりも頼りになるかもな」
私の我儘に、冒険者たちは許してくれた。それと引き換えの金を彼らは受け取らなかった。
当時、ゼルは、まだ私が両手で抱えられるほどの大きさだった。
「これは? 珍しいものを持って帰ってきましたね?」
出迎えに来たレオナールは笑った。だがその目は、獲物を値踏みするようでもあった。
「殺さないわよ。保護するの!」
「ほお、それでは従魔に育てるのですね? 調教師を手配します」
「いいえ、怪我が治ったら放すわ」
レオナールは、私の考えに一瞬だけ驚いたようだが、すぐにいつもの表情に戻った。合理的な私がしない判断だったからだろう。否定も肯定もせず、ただ受け入れた。
「わかりました。手筈を取りましょう」
だが家に戻っても一悶着あった。
ウルフェンハルト侯爵にばれて、父の執務室に呼び出されたのだ。
「お父様。シズカのことです。迷惑はかけないでしょう。魔鳥の一羽で恐れていてはウルフェンハルトの娘は務まりません」
姉のアカリがやって来てそう告げた。ためらいのない口調だった。
「そうか……アカリが言うなら許そう。アカリの寛容さと度胸。シズカ、迷惑をかけるなよ」
「はい、ありがとうございます。お父様」
一緒に、アカリと部屋を出る。
「何? まさか鷹狩りでもするつもりなの?」
「いいえ、そんなつもりは……姉さん、ありがとう」
「父は私に特別甘いからね。これは貸しよ。心に刻みなさい!」
その声音には、わずかに熱があった。聞き間違いかと思うほどの、ごく微かな。
「まあ、無事に帰ってきて良かったわ」
「え……」
「裏切らない下僕に死なれては、私の野望が遠のくでしょ」
彼女は笑って言った。
※
私の部屋にゲージを作り、そこに魔鳥を入れた。
「野生の魔物である以上、しばらくの間とはいえ飼うのは難しいですよ」
エレノアが、様子を見にやってきた。
「わかってるわ。ポーションを飲ませたけど、回復しないの」
飲めば完全に治癒され、体力も回復するはずの薬も効果は半減だ。
「そうでしょうね。それは人族用ですからね。魔物用なんてありませんし」
「そうね。時間がかかるわね。将来は魔物学者にでもなろうかしら」
「何を言ってるんですか?」
呆れながらも、彼女は図書館で本を借りるのにも、市場で飼料を買うのにも付き合ってくれた。
「良かったわ、雑食で。生きてる動物しか食べないと大変だから」
私は、エレノアに教えてもらいながら、魔鳥の世話をした。
餌の準備、糞の片付けやゲージの清掃。それを私は一人でした。
「侯爵令嬢のやることじゃないわ。品位がない」
「恥ずかしい姿ですね。アカリ様」
使用人たちが公然と私を見下し口を開く。
「じゃあ、貴女達がやれば。と私が指示してあげようか?」
「申し訳ございません。アカリ様……」
使用人たちは謝罪をしていた。
「シズカは、ウルフェンハルト家の、私の妹よ。彼女のことを馬鹿にしていいのは私だけ。こんなところにいないで、私のパーティの準備をしなさい」
彼女は、私の部屋の様子を一瞥すると、メイドを引き連れて去って行った。
自然治癒で、少しずつ元気になると、魔鳥を庭で飛行練習をさせた。
その時にはすでにゼルと簡単な意思疎通ができるほどになっていた。
「ああ、美しい」
魔力を受けて、七色に輝く翼が風を裂く。
「ねえ、あの鳥、放すつもり? 殺されるかもしれないわよ!」
アカリがその様子を見て私に聞いた。
彼女の言う通りだ。私は、ずっと迷っていた。
飼っていれば守れる。けれど――
空をかけるその姿を見てしまった以上、閉じ込めることはできない。
「そのつもりです」
「そ、まるで貴女と同じね」
それだけ言うと彼女は出かけて行った。
数ヶ月後、私はレオナールと王都の南にある穏やかな魔物の森に、魔鳥を離した。
魔鳥は、私の上を何周か旋回する。
――行くのね。
別れの鳴き声が、空に溶けた。
やがて、その姿は小さくなり、見えなくなった。
それから、どれほどの時が過ぎただろうか。
――どうして、今ここにいるの?
「あ、渡り鳥か。夏はここで過ごすのね?」
思わず笑みがこぼれる。
「知らなかった。この土地の私は、執政官よ、よろしくね!」
けれど――
ゼルは、飛び去らなかった。
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