黒に染まる魔石
「違うわ」
レオナールの答えは、どれも違っていた。
「降参です。何でしょうか?」
「ふふふ、教えてあげるわ、私にね、魔力があるの」
「え、本当ですか⁇」
彼は思わず馬車を停めた。急に引かれた手綱に、馬が小さく嘶く。揺れが止まり、静寂が落ちた。
「ええ、でも魔術はまだ試していないけどね」
「シズカお嬢様の言葉を疑う訳ではありませんが」
そう言うと、彼は腰につけている袋から金属がくすんだ古い指輪を私に差し出した。取り出されたゴツい指輪のリングには二列に魔石が埋め込まれていた。
「お安い御用よ」
右手の中指にはめると、ちくりと刺すような痛みが一瞬して、私は思わず顔を歪ませた。まるで針で血を取られたような、嫌な感覚だった。指先から何かを抜き取られるような、不快な違和感が残る。
「お嬢様すいません。この指輪は、痛みを伴います」
「大丈夫よ。驚いただけ」
すぐに、指輪の魔石がふっと輝いた。――けれど、その光は長くは続かなかった。淡く灯ったはずの光は、まるで何かに吸い込まれるように、内側へ、内側へと沈み込んでいく。
「その指輪は、魔力の測定も出来るものです」
「おかしいなぁ、魔力が流れたのを感じたんだけど……」
確かに、魔力が指先から流れ出た。気のせいではないはずなのに。むしろ、想像していたよりもずっと明確で、抗いようのない流れだった。
「それだけでは無いのです。まず、どれくらいの魔力を外に出せるか。そして――どれくらいの魔力を体内に蓄えているか。それらを別々に測ることができます」
レオナールは一度言葉を区切り、指輪へ視線を落とした。その視線は、ほんのわずかに険しく、何かを測りかねているようにも見えた。
「さらに、どの系統の魔術が使えるのかまで、おおよそ判別できる魔道具なのです」
そう言ってから、彼は私の指から指輪を外し、私に手渡した。ランタンに火を灯すと、再び馬に鞭を入れる。馬車はゆっくりと動き出した。
「魔石は魔力で染められます。一列が魔力を出せる量を示し、もう一列が体内にある魔力の量を示します。私ではここまで染められません」
彼の声は落ち着いているが、驚きを隠せていない声だ。
「そして――」
一瞬、言葉が途切れた。
「黒は闇魔術の色です」
その声音は低く、わずかに慎重だった。
――その瞬間、周囲の音が遠のいた気がした。
車輪の軋む音も、馬の蹄も、やけに遠い。ランタンの火だけが、やけに大きく揺れて見える。
「え⁉︎ 私が使えるのは禁忌の魔術なの?」
自分の声が、思ったよりも軽く、現実感のないものに聞こえ、心臓だけがやけにうるさく鳴っている。
――怖い、というよりも、現実が追いついていない。
「禁忌ではありません。使える者が大陸に数えるほどしかいないだけです。そして強力な魔術のため、その者の存在は隠されています。ですからこのことは他言無用です」
一拍、間があった。
「お嬢様が“そうである”と知られれば――静かに過ごせるとは限りません」
危なかった。私の平穏な生活が無くなるところだった。
魔力を持っていないと思っていたから、魔力や魔術に関する詳しい知識をあえて学んでこなかった。
いや、あえて避けてきた。胸が苦しくなるから。
「やはり、最初に相談するのは、レオにすべきね」
「ははは、エレノアに聞かれたら嫉妬されてしまいますな」
「うん、でもそれは要件によるわ。もちろん、エレに最初に聞くこともあるし…… 私が魔力を持っていることは、これ以上広めないようにしないとね」
軽く言ったつもりだったけれど、自分の言葉の重さは分かっていた。
「良いご判断です」
執政官屋敷の前には、エレノアがいつものように待っていた。
「エレノア、ただいま」
私は年甲斐もなく、彼女に抱きついた。
「どうしたんですか? いったい?」
「私の執務室に来て。話したいことがあるの」
※
彼女は私の話を聞くと、まず驚いたように目を見開き、それからぱっと表情を輝かせた。
「それは……すごいことではありませんか!」
だが、レオナールが補足の説明をすると、その明るさはゆっくりと消え、沈痛な面持ちになった。
「ああ、今までもシズカお嬢様は、危険な任務をこなしてきた」
「でも、誘拐される危険があります」
どうしたのだろう。彼女らしくない。
「確かにな。しかも、我が王国だけとは限らんな……」
「それなら、一人、私に信頼のおける護衛騎士の心当たりがあるわ。でも来てくれるかな」
「誰ですか?」
「炎石の鉱人、ファイヤーストーンよ。――大陸でも名を知らぬ者はいない剣士。優しい元冒険者よ」
二人は、納得して頷いた。
「優しいのは、シズカ様にだけだと思いますが……」
エレノアが心底、安心したように笑ってくれた。
さあ、どうやって彼を呼び寄せようかな。嘘をついても仕方ない。
いつも通り、助けてって言うだけだ。
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