魔力
その時。
カリオンが踏み込む。
土穿竜の巨体が押され、じりじりと後退していく。反対側の地上出口まで、あと一歩という距離――外へ逃げることもできるはずの位置。
だが。
そこで、ぴたりと止まった。
動かないのではない。
――踏み出さないようにしている。
三つの首が同時に動き、カリオンではなく地下へと続く穴を庇うように位置を取る。
押されながらも、その一点だけは決して明け渡さないという意志があった。
「……?」
私は視線を落とす。
地下から吹き上がる魔力の流れ。激しい戦闘でこれほど傷ついているのに――その流れは、少しも乱れていない。
減っていない。
弱まっていない。
むしろ一定のまま、安定して脈打ち続けている。
――おかしい。
普通なら、原因となる存在が傷つけば流れは乱れる。弱まる。止まる。
けれどこれは違う。まるで“別の場所”から供給されているかのように、変わらない。
「……おかしい」
「どうしました?」
「魔力が……減っていないのよ」
「何?」
「これだけ傷ついているのに、流れが変わらない。普通なら、原因を叩けば収まるはずでしょう? でも違う……これは、あれが原因じゃない」
確信が、形になる。
カリオンの剣が振り上げられる。首を断ち落とす、決定的一撃。
その軌道を見た瞬間、思考が完全に繋がった。
「待って、カリオン! 倒してはだめ!」
剣が、ぴたりと止まる。
「なぜだ!」
「……違うの。あれじゃない」
私は首を振り、地下の穴を睨む。
脈打つ魔力。変わらぬ流れ。そして、あの竜の動き。
「守ってるのよ」
「守ってる……だと?」
「ええ。あの竜は、外に出ないんじゃない」
一つ一つ、言葉を噛みしめるように告げる。
「出ないの。守るために。……あれは“蓋”よ。それとここから先に、誰も通さないための」
場の空気が凍りつく。
「……なら、どうする?」
低く唸るようにカリオンが問う。
その声には、まだ斬る覚悟が残っている。いや私は一瞬だけ目を閉じた。
――ここで誤れば、取り返しがつかない。
「あの竜は門番よ。倒してはいけない。だから――眠らせるの」
決着をつけたいだろう彼だったが、その思いは飲み込んだようだった。
「わかったよ、シズカ。結果は見えてるからな」
だが、それは彼の願いとは反対の言葉だった。そのことを私はその時知らなかった。
※
「じゃあ、結界石を立てよう!」
避難した横穴から、クロエとガストン、それとガストンが選んだ数人のドワーフが地上に向かう。
私も、セレディナに抱かれて地上に向かう。
クロエが、地面に捨てられていた埃まみれの太い網を見つけ、叫んだ。
「これを使うのね?」
「ああ、きっとそれで倒したんだ、だな?」
ガストンは、じろりとドワーフの工員を見た。
「へえ……あの、しかたなかったんでさぁ、やらねえと棟梁を生かしちゃおかねぇって……」
「話は後だ。包んで引いて立てるぞ!」
ドワーフたちが網を石にかける。全員で上手に引くと、巨石はゆっくりと傾き――やがて立ち上がった。一番戦力になっているのがクロエだった。
そして、結界石が立っていた位置に正確に戻す。その場の地面だけは、受けとなる石が地下に埋め込まれている。
かちゃり、と鍵がかかる音がした。
それを四隅、つまり同じ作業を四度繰り返した。
四つめの結界石が、定位置に正しく収まった瞬間に、結界の光がドーム状に地下の採掘場を覆うはずだった。
「光が薄いですね。それによく見ると穴が空いています」
セレディナが、目を凝らして指差した。
「どうしてかしら?」
「考えられる理由としては、結界石に溜まっていた魔力が長い年月で減ってしまったですかね」
不完全であるが、一応結界は貼られた。
暴れていたドラゴンは、動きを止めて、天井を盲目の目で見上げていた。
まるで、それでは足りないとでも言いたげに。
カリオンは、片足を地につけて、肩で息をしている。
「お疲れ様。手当てをするわ。痛む?」
「ははは、魔剣を出さなければ、それほど痛まないよ」
「でも、心配だわ」
だが、ここで治療をする訳には行かない。余裕そうに見えていたが、実際はそれほどではなかったのかも知れない。無理をする彼のことだ。
私は、ポーションを彼に飲ませた。
「甘やかし過ぎですよ。自分で飲めますよ!」
セレディナは、自分のことを棚に上げて文句を言った。
クロエとガストンたちも、作業を終えてやってきた。
「現状復帰は出来た。だが、見ての通りだ。完璧ではない」
「石に魔力を込める。それしか方法はなさそうですね」
「じゃが、我らドワーフ族の魔力は少ない……失われてしまった」
ガストンは下を向いた。
「でも、ストーンファイヤーは違ったわよ?」
「あああいつは例外だ」
「情けない鉱人族ね」
セレディナは、見下したように言った。
「言い過ぎよ。じゃあ、疲れているところ悪いけど、セレディナお願いできるかしら?」
「私やカリオン様で、各々石を一つ受け持ちましょう。それが限界です。それでも満タンには程遠いでしょうがしばらくは持つでしょう」
「残り二つは後日ということね」
「いいえ」
セレディナは強く首を振った。
「残り二つは、シズカお姉様が担当して下さい!」
「私……魔力が無いのよ……」
セレディナの思いがけない言葉にそう返すしかなかった。
「お姉様、私は魔力は見えませんがなんとなく気配を感じることは出来ます。今この場に桁違いの魔力の気配を感じてきました」
そして、私を指差した。
「え?」
私は、自分の手を、腕を、足を見る。
内側から、何かが押し上げてくる。熱とも違う、何者かが全身を満たしている。
「炎のように魔力が噴き出ている。なぜ?」
それが異常な量であることはわかる。
「古文書で読んだことがある。魔力が無いのではなく、その通り道が閉じられている者がいるらしい」
――閉じられていた。
この地下洞窟の魔力。あの底にある“何か”。
それらに触れたことで、内側に溜まり続けていたものが――
こじ開けられた。
「でも、魔術を使えないわ」
「いえ、魔力を移すだけですから。今のお姉様なら触れるだけです。それに魔術を知らない方が効率的なのです」
「わかりました。やってみます」
生まれてこれまで、魔力が無い、魔術が使えないと馬鹿にされ続けてきた。
違った。無かったんじゃない。
――ずっと、在った。溢れるほどに。
ただ、出口がなかっただけ。
その事実が、胸の奥で静かに灯る。
私に、初めて“使える力”が宿った瞬間だった。




