守護竜
「あれは厄介ですね」
セレディナが、難しそうに眉を寄せた。その声音には、わずかに緊張が滲んでいる。
「どうして?」
「試してみましたが、魔力が効きません。術式が触れた瞬間に、弾かれるような感覚でした」
「そう。でも――物理は効くのよね?」
私がわずかに笑うと、彼女は一瞬きょとんとした顔をし、それから納得したように小さく頷いた。
「……ええ、確かに。カリオン殿の攻撃は通っています」
「なら、やりようはあるわ」
私は視線をゆっくりと天井へ向ける。ひび割れた岩盤、水を含んだ層――崩落の兆しは十分にある。
「セレディナ、洞窟の天井の岩……落とせる?」
「なるほど。直接ではなく、叩き潰すのですね」
「ええ。あれだけの巨大でも、押し潰せばさすがに効くはず」
「大掛かりな魔術になりますが……私の実力をお見せしましょう」
彼女はそう言うと私を抱え上げ、軽やかに宙へと舞い上がった。クロエたちが登って退避している横穴へと降り立つ。
「シズカ様、待ってましたぁ!」
クロエが勢いよく抱きついてくる。
「もう勝手に離れて心配させないで」
「ごめんなさい。でも、おじちゃん達を導こうと……」
「うん、それは立派よ」
頭を撫でると、彼女は嬉しそうに笑った。
地下の穴から離れたことで、身体の重さがわずかに軽くなった。胸を締め付けていた圧迫感も薄れ、呼吸が楽になる。これなら思考も鈍らない。
地上では、カリオンを三つ首が囲み、激しい戦闘が続いている。
土穿竜は三つの首が互いを傷つけぬよう、絶妙に軌道をずらして攻撃している。そのせいで手数は限られ、動きには明確な癖が生まれていた。
カリオンはそれを見切り始めている。
「あれじゃあ、カリオンは倒せないわ!」
彼は攻撃をひらりとかわし、流れるように斬り返す。踏み込み、回避し、反撃する一連の動きは淀みがなく、無駄がない。
鋭い一閃が、突き出された長い首を深く抉った。
ぐわゎ――
低い咆哮とともに鮮血が噴き出す。だが、その勢いはすぐに収まり、傷口はじわじわと閉じていく。
「土穿竜は、自然治癒持ちなのね」
「そのようですね。ですが無限ではないでしょう」
セレディナが横穴の入口に立ち、静かに手を掲げる。
「シズカお姉様、奥へ」
その声に従い、私は一歩下がる。
次の瞬間――洞窟の空気が変わった。
ごう、と風が唸り、湿った気配が一気に満ちる。天井から水が噴き出し、無数の亀裂が走った。岩盤全体が軋み、崩壊の気配が濃くなる。
「任せておけ!」
カリオンは一瞬こちらを見て、すぐに役目を理解したらしい。立ち回りを変え、土穿竜を地下の中心から動かさぬように誘導する。
ぱらぱらと土が落ちる。小石が転がる。その音が次第に重なり、やがて――
轟音。
巨大な岩塊が耐えきれず崩れ落ちた。
ぐしゃり。
鈍い音とともに、竜の胴体が押し潰され、瓦礫の下へと埋もれていく。
「わぁ、ドラゴン光ってる!」
クロエが目を輝かせる。
瓦礫の隙間から、じわりと光が滲み出る。がり、と内側から岩を削る音。
次の瞬間、ぐぐ、と瓦礫が持ち上がった。
三つの首が別々にうごめきながら姿を現す。
ばきり、と岩が割れる。
土穿竜がゆっくりと這い出てきた。その全身は光に覆われ、脈打つように明滅している。
「おお! やるな、森人族。だが奴は頑丈だな」
ガストンたちドワーフも戦いを見つめている。
「こら、鉱人。あなたたちのせいなのよ。どうにかしなさいよ!」
セレディナは肩で息をしている。私は回復薬を取り出して飲ませた。
彼女は一転して、ほっとしたように身体を預けてくる。
「ああ……シズカお姉様……」
「まだ終わってないわよ」
軽く額を指で押すと、彼女は名残惜しそうに離れた。
「ああ、それなんだが……一つ思い当たることがある」
ガストンが低く言う。
「ここには、結界が張ってあった」
「じゃあ、それを壊したの?」
「違う。長い年月で綻びていたものを、エイトラとドワーフたちで停止させただけだ。俺は反対して、幽閉された」
短い言葉の中に、重い時間が滲む。
「結界は、地下の採掘場の四片にある結界石で維持されている。あれを立てれば、再び張られるはずだ」
示された先には、一人や二人では到底立てられないほどの大岩。
「あれですね?」
「ああ。だが……」
私は再び戦場へ視線を戻す。
土穿竜の動きが、わずかに鈍っている。カリオンの剣は先ほどよりも通る。
そして――その全身を覆う光が、ほんの僅かだが確かに薄れていた。
「そんな必要はないかもしれん」
「耐久戦ですが、倒せるかもしれませんね。さて、もう一度放ちましょうか?」
セレディナが立ち上がる。
――おかしい。
胸の奥に引っかかる違和感が、はっきりと形を取り始める。
古代ドワーフが、この程度の存在を倒せなかったとは思えない。
なら、なぜ閉じ込めた?
脳裏に浮かぶのは、この洞窟に入る扉のレリーフ。ドワーフ王が、盲目のドラゴンを従えている図。
あれは――敵ではなかった。
私の中で一つの推測が浮かんだ。
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