土穿竜、覚醒
その声に、縦穴の中で作業していた男たちが一斉に振り向いた。突然現れた私たちを見て、監督者たちの顔色が変わる。
監督者は、エイトラの配下として雇われた冒険者たちだろう。
「おい! エイトラ様はどうした!?」
監督者たちは、私たちと同じ地上にいた。
「エイトラなら投獄された。こちらにおられるシズカ執政官様によってな!」
「何だって……」
監督者たちは顔を見合わせる。
そして次の瞬間、一斉に剣を抜いた。鋼の擦れる音が、採掘場の汚れた空気を鋭く裂いた。
その前へ、カリオンが静かに歩み出た。たった一歩。だが、それだけで監督者たちの足が止まる。
それでも彼は、剣を抜かない。彼の剣の速さなら、その必要すらないのだろう。
わずかに腰を落とす姿は、勇者の佇まいだった。
ガストンもまた、戦おうと前へ出る。
「おじいちゃん、邪魔よ」
クロエに服を掴まれ、ガストンの体がじりじりと後ろへ引きずられていく。
「お前さん、力が強いな!」
ドワーフの老人が感心したように声を上げた。
「へへへ、そうみたい」
場違いなほど無邪気な笑みに、張り詰めた空気がわずかに緩む。私の周りの女性は、どうやら力持ちが多いようだ。
「どうしますか? シズカお姉様」
セレディナの問いに、私は荒い息を整えながら採掘場を見渡した。
息を吸うたび、胸の奥が焼けるように痛む。視界の端が、黒く欠けていく。
――まずい。
思考が、ほんのわずかに遅れる。
地下から滲み出る異様な魔力。掘り返された地面。
その魔力は、まるで、この大地そのものが呼吸しているかのようだ。
この場所で大きな魔術を使えば――起こしてしまう。
「……誰も、魔術を使わないで」
掠れた声は途中で途切れ、言葉の端が空気に溶けた。それでも全員に届いたらしい。セレディナがすぐに頷く。
「わかりました」
戦闘が始まった。
冒険者たちの実力は、上級冒険者には届かない――私にはそう見える。
剣を持つだけの男でも、力量は魔力が語る。そして私には、それが“視える”。
それでも、エイトラの配下の冒険者たちも、それなりの実力者だ。彼らは目の前にいるカリオンが、自分たちより遥かに強いことを一瞬で悟った。
「容易に近づくな! 距離をとれ! やむを得ん、魔術を使用しろ!」
――やめて。
エイトラも、この場で魔術を使うことの危険は感じていたのだろう。だからこそ、これまでは禁じていたに違いない。
私の警告すら無視する。その直後だった。
詠唱が始まった瞬間、空気が歪んだ。
地面が大きく揺れる。
一度。
二度。
続いて、小刻みな震えが足元を走った。
壁に立てかけられていた工具が跳ね、鉱車が独りでに軋みながら動き出す。
壁の亀裂から砂がぱらぱらと落ち、地下の岩盤が不気味に軋む。
採掘場の奥――見えないはずの闇の中で、何かが擦れる音がした。
……引きずるような、重い音。
地下の採掘場へ、土砂が大量に崩れ落ちていく。
「採掘してる場合じゃねぇ! 勘弁してくれ!」
「この場を離れた方がいい、まずいぞ、これは!」
採掘場の階段へ、使役されていたドワーフたちが我先に殺到する。
悲鳴と怒号が入り混じり、狭い通路はたちまち混乱に呑まれた。
足を挟まれて動けない者が叫び、仲間が一瞬だけ振り返り――それでも、歯を食いしばって駆け上がる。
ガストンは、彼らを助けるため走り出した。
「お前たち! 慌てるな、順番に上がれ!」
怒鳴り声とともに、老人は暴れる階段を押さえる。
「戦いはやめて! ここから逃げましょう!」
喉が裂けそうな痛みに耐えながら、私は必死に声を張り上げた。
地震――違う。
地の底で、何か巨大なものが身じろぎしたのだ。
腹の底まで震わせる重低音。
音ではない。意志だ。
長い眠りを破り、何かが目を覚ます気配。
岩盤のさらに奥。闇の底から響いてきたのは――
咆哮だった。
一瞬、すべての音が止んだ。
次の瞬間。
岩壁が内側から膨らみ、ひび割れる。
押し上げられるように土と岩が弾け飛んだ。
エイトラの配下は我先に、神殿に向かい逃げ出した。
地下を何者かが這いずり回る音がする。
遅れて、ようやくそれが“姿”を持った。
地下の採掘場の奥から魔物が姿を現した。
まず現れたのは、目だった。――いや、目が“ない”。
空洞のまま、三つ並んだ首が、ゆっくりとこちらを向く。
銀色に輝く大きな三つ首のドラゴン。首の先には、立派なツノを持つが――どれも盲目だ。
だが、よく見ると土色の胴体が、膨大な魔力で銀色に光っている。
ドラゴンが長い鎌首をもたげると、地上にまで届いた。
「助けてくれ! 喰われる――」
それは一瞬だった。
恐怖で動けなかったドワーフの工員を、一飲みにする。
……違う。
動けなかったのではない。
その場に“縫い止められていた”。
見えない圧が、周囲の空間そのものを押さえつけている。
「間に合わん。壁だ、壁を登れ!」
足の遅い彼らはすぐに追いつかれる。そう判断したガストンは、ドワーフたちを壁に誘導した。
壁にクサビを打ち込み、ロープをかけて、ドワーフたちは壁をよじ登っていく。
いつものおっとりとした動作とはまるで違う。
セレディナは、私を抱いたまま空中高く飛んだ。
「クロエは?」
「もう、あそこにいますよ!」
ドワーフたちを先導するように、壁を登っている。
「カリオン、気をつけて。目を見てはダメよ」
「任せておけ……これは、楽しみだな」
地上に現れたドラゴン。
だが、彼らの象徴である魔力の翼が見当たらない。
長い首を地面に這わせて進むその姿は――
「まるで蛇だな! 土穿竜か!」
行手を阻むように、カリオンはその前に立ち、目を閉じた。
その瞬間、場の空気が変わった。




