禁足地
「で、こいつをどこに放り込めばいい?」
「それなら、こっちだ」
ガストンに案内され、階段を上る。
たどり着いた先で、彼が指差したのはただの石壁だった。入口らしいものは、どこにも見当たらない。
「ここだ。この部屋なら抜け出せない」
指先の先には、やはり壁しかない。
「隠し部屋なのね?」
「ああ。こいつには丁度いいだろう。懺悔部屋だ」
ガストンが無骨な石壁を拳で叩く。
鈍い音とともに、壁の一部がゆっくりと回転した。
現れたのは、人ひとりがやっと入れるほどの狭く暗い空間だった。
「これは良い。ほらよっ」
カリオンが荷物でも放るように、担いでいたエイトラを中へ投げ落とす。
「待て! 助けてくれるはずだろ!?」
「トリスのところに連れていくから、大人しく待ってなさい!」
私が言い放つと、ガストンは容赦なく扉を閉めた。
重い石の擦れる音が響き、助けを求める声もすぐに途切れる。
さらに階段を上ると、見晴らし台へ出た。
閉ざされた石の通路を抜けた先で、視界が一気に開ける。
「ここから、この広い洞窟を見渡せるよ!」
「わぁ、広い。面白い」
クロエが楽しげに身を乗り出して眺めている。
彼女の視力なら、私には見えないものまで見えているのだろう。
「ただの岩山じゃない」
セレディナは、逆につまらなそうに呟いた。
だが、耳を澄ませば微かな金属音が届く。
遠くには、点のような灯りも揺れていた。
「あそこね、鉱山は?」
「ああ。だが、あの場は禁忌の場所だ。入ってはいけないのだが……」
「いずれにせよ、一度中止しましょう。禁忌には必ず理由があります」
“禁忌”という言葉を聞いた瞬間、胸の奥が冷えた。
忘れたはずの遠征の記憶が、鮮やかによみがえる。
私は伝説を恐れているのではない。
実際に起きた事件で、その真の恐ろしさを知っているのだ。
魔物討伐隊での遠征中、有名な『禁足地』へ踏み込んだ冒険者たちがいた。
「こっちの方が断然早い。臆病者どもめ!」
「駄目よ! 危険よ!」
私には、その場を覆う異様な魔力の揺らめきが見えていた。
嫌な予感が、肌を刺すように走っていた。
「心配するな、シズカ。先に行って待ってるぞ!」
私たちの制止を振り切って踏み込んだ彼らが、合流地点に現れることはなかった。
仕方なく、私たちは救出へ向かった。
そこは、凶悪な植物の魔物が群生する土地だった。
無数の蔓が地を這い、花弁の奥には牙のような棘が覗いていた。
助けを呼ぶ声は、確かに聞こえていた。
それでも、誰ひとり近づけなかった。
伸ばした手の先で、仲間は植物の蔓に絡め取られ、闇の奥へ引きずり込まれていった。
私たちは救出もできぬまま被害を受け、撤退するしかなかった。
留まれば、私たちでさえ全滅していた。
「助けられなかった……」
「仕方ありません。彼らは規則を破り、単独行動をしました」
私の悲痛な表情を見て、仲間たちはそう慰めてくれた。
あの時の悲鳴が、今も耳の奥で蘇る。
「ここにいる魔物は、この地から離れない。だから触れるな、踏み込むな――そう言い伝えられているのね」
私は知っている。
禁忌と呼ばれる場所には、必ず理由がある。
言い伝え。伝説。古き言葉。
そうして今なお語り継がれるものは、ただの噂ではない。
人を遠ざけ、近づかせず、そこにある何かを封じるための警告。
時を越えて残された、先人たちの意志だ。
誰も踏み込まない土地。
誰も語ろうとしない場所。
そういう場所には、決まって――
「……つまり、何者かがいる」
※
神殿を出て、人の気配と物音のする洞窟の最深部へ向かう。
洞窟とは思えぬほど、天井は遥かに高く、幅も広い。
その場に近づくにつれ、私は魔力酔いの症状に襲われた。
こめかみの奥で鈍い痛みが脈打ち、胸がむかつく。
視界もわずかに揺れていた。
「主様、顔色が悪い。大丈夫?」
クロエがちらちらと私を見て、案じるように声をかけてくる。
表情には出さないよう努めていたが、気づかれてしまったらしい。
カリオンも足を止めて振り返った。
眉間には深い皺が刻まれ、その視線は私の顔色を確かめるように離れない。
「俺に任せて、神殿で待っててくれ!」
「いえ、行きます」
そう答えたものの、数歩進んだところで体が動かなくなった。
全身へ鉛を流し込まれたように重い。
「それなら、私が運びます! カリオン様は戦闘がありますからね」
私が限界まで耐え、それでも引き返すつもりがないと悟ったセレディナは、誰よりも早く動いた。
そして、再び私を抱き上げる。
「す、すみません……」
情けない声が漏れる。
「ふふふ、またカリオン様を出し抜けました」
嬉しそうに顔を寄せてくる。
その横で、カリオンがほんの一瞬だけ残念そうな顔をした。
たどり着いたのは、洞窟の最奥部にある採掘場だった。
濃い魔力が淀みのように場へ沈んでいる。
中央には、地下深くへ口を開ける巨大な縦穴が穿たれていた。
「そこまでだ! 採掘は中止しろ!」
先頭に立ったガストンが、腹の底から響く声で怒鳴った。
だが、その声が届いた瞬間にはもう遅い。
縦穴の縁に走った亀裂が、外側ではなく内側から開き始めていた。
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