黒幕の名
カリオンによって枷を外された老人は、立ち上がるなり地面に転がるエイトラの脇腹を蹴りつけた。
鈍い音とともに、エイトラの身体が土の上を転がる。
「ぐっ……!」
老人はなおも鋭い視線を向けたが、それ以上は手を出さなかった。
今、礼を尽くすべき相手が誰か、理解しているのだろう。
荒い息をひとつ吐くと、老人は私へ向き直り、深々と頭を下げた。
「わしが、この採掘場の主、ガストンだ。こいつに騙され、ここへ閉じ込められていた。助けてくれたこと、感謝する」
「事情を聞かせてもらえるかしら」
私が促すと、ガストンはゆっくりと語り始めた。
「この地に、わしらの先祖が残した神殿があることは、古くから知られていた。そして、そこへ続く洞窟から鉱石が採れることもな。だが同時に、そこは禁忌の地でもあった」
彼らは故郷を持たぬ放浪の採掘民だった。
鉱脈を掘り尽くせば次の土地へ移り、安酒を飲み、また働く。
それが日常だったという。
「ある日、酒場でエイトラと出会った」
ガストンの目が険しくなる。
「こいつは、自分を歴史学者だと言った。ドワーフには珍しい学者だとな」
「そうは見えんな」
「ああ、よく言われる。だが、遺跡を巡るなら腕っぷしも必要だ」
文献にも遺構にも通じ、失われた歴史を追っている。
エイトラはそう語ったらしい。
「良い採掘場はそう簡単には見つからん。だが、仲間を食わせていかねばならん。それが家主の務めだ」
「そこでだ。ワールドエンド領のエベレス山脈にある洞窟を知っているか? あそこは人頭税こそあるが、採掘権の税は取られない」
「だが、あの地は禁忌だ」
「調べはついている。禁忌なのは神殿の最深部だけだ。洞窟そのものじゃない」
……理屈は通っている。
だからこそ、騙されたのだろう。
広大な山脈の麓で洞窟を探し当てるのは困難なはずだった。
ガストン家の誰よりもエイトラは飛び抜けて強く、森の魔物を奴は進んで退治し、悪路を切り開いた。
やがてエイトラの知識で場所はすぐに見つかった。
「お前、やるな! お陰で、こんなに早く見つけられた」
「言っただろう。優秀な学者は、優秀な冒険者でもある」
その後、採掘は始まった。
やがて冒険者を警護につけた執政官のミラーが現れ、現場を確認すると、すぐに去っていった。
人頭税の支払いだけで、採掘権の取り立ても無かった。
「お前の言う通りだった。これなら生活していける」
「だろう? その代わり、神殿の調査にも協力してくれよ!」
そして神殿の扉を見つけた。
だが、鍵の作成は難航した。
大きな魔石を加工する必要があり、費用も莫大だった。
「失われた技術だ。時間をくれ」
「ああ、諦めずにやろう。俺が資金を集めてくるから安心しろ」
何年もかけ、膨大な資金を注ぎ込み――ついに鍵は完成した。
「これね?」
私は魔石の鍵を持ち上げる。
「そうだ。会心の出来だった」
ガストンは悔しげに目を伏せた。
「だが、エイトラの狙いは神殿の調査ではなかった。奥に眠る魔石の鉱脈……それだけだったのだ」
エイトラは数年の間に、部下たちへ取り入り、少しずつ味方を増やしていた。鉱石の輸送や警備として、奴の手勢も引き連れてきた。
「迂闊だった。口車に乗る者まで出るとは……」
「お前みたいな、親方気取りの頑固者が好かれると思っていたのか?」
エイトラは小馬鹿にしたように笑った。
「違うな。お前は金で動かしただけだ。禁忌を破れば、最悪のことが起こるぞ」
ガストンの声は低く、怒りよりも深い危機感を帯びていた。
「何とでも言え! どれだけ待ってたと思ってる。ようやく大量の魔石が手に入るんだ!」
その目がぎらつく。
「俺は王都の大貴族と繋がってる。だから――」
「その大貴族って、誰かしら?」
私が遮ると、エイトラはにやりと笑った。
「お前、執政官だったな。口を利いてやってもいいぞ。仲間になれば、出世も金も思いのままだ。お前は出世欲があるんだろ?」
「そう見えるの?。でも本当は、名前すら知らないんじゃないの? 成金商人を貴族と勘違いしてるとかね」
私は鼻で笑う。
「馬鹿にするな!」
エイトラは顔を真っ赤にして叫んだ。
「成り上がりの男爵なんかじゃない! 本物の大貴族だ! ミラーの旦那にも紹介してやったんだ!」
ミラーと言えば、トリス子爵と結びついていた。答えは出た。だが、私はわざと違う名前を言った。
「あなた、冒険者だものね。クリス子爵だっけ? 王都冒険者ギルドの長」
「違う、あれは堅物だ」
即座に否定した。
「わかったわ。魔物討伐隊隊長のカイゼン子爵ね。勇敢で有名だもの」
「あんな危険な男に近ずく筈無いだろう。お前ものを知らないな。どうせ勉強ばかりしていた王国大学の出だろう」
「他の貴族とかよく知らない……」
そう、私は名前は知ってても他の貴族のことは深く知らない。
「これだから辺境の田舎者は。お前にも紹介してやる。だから、俺を自由にしろ!」
「は? 誰かって聞いてるのは私よ。いやなら、カリオンに拷問をしてもらうけど」
「待て待て。こいつは容赦が無い。教えるから、連絡をさせてくれ」
寝転がっているドワーフの男は、兜から大汗を流している。必死なのだろう。まあ、私でも全身動かなくされた男に、拷問なんてされたくは無い。
「ええ。でも連絡役は私よ。それで誰なのよ?」
私はあえてイラついたフリをした。
「聞いて驚くなよ。トリス子爵様だ」
「ふうん」
私が驚かなかったことに、エイトラは不審に思った顔をした。しまった。
「話もしたことなくて……」
「だろうな。知らんだろうが、王国の財務大臣だぞ!」
一つだけ私が知ってるとすれば、魔物討伐の費用を削減した張本人だと言うことくらいだ。
「わかったわ。ありがとう」
「約束は?」
「もちろん果たすわ。トリスのところに連れてってあげる。しばらく大人しくしてなさい」
私が目で合図すると、待ってましたとばかりに、カリオンは、エイトラの装備を剥がした。




