ガストン
「お前たちは、何者だ? ここはお前たちの来るところじゃない……特に森人はな」
窪んだ目をした老人は、乾いた唇をわずかに歪めながらも、妙にはっきりとした声でそう言い放った。
その声音には、長く拘束されていたとは思えないほどの芯の強さが残っている。
「それはこっちのセリフよ。好きで来てるんじゃないわ。それにあなたこそ、何者なの? こんなところに縛りつけられてて」
セレディナは憮然とした声で返す。その視線は鋭く、だが一歩も引く気はない。腕を組み、相手の出方をうかがうように見据えていた。
鋼でできた椅子――いや、椅子の形をした拘束具だった。両腕も脚も、無骨な金具で固定されている。長く拘束されていたのか、皮膚は擦れ、赤黒く変色していた。
私はその老人に、どこか見覚えのある面影を感じていた。知り合いのドワーフの冒険者――あの男に、どこか似ている。既視感が、わずかに胸の奥を引っかいた。
その時だ。階段を駆け下りる、慌ただしい足音が響いた。張り詰めていた空気が、乱される。
部屋の外に立っていたエイトラが、カリオンの目を盗んで逃げ出したのだ。
逃げ足だけは無駄に速いらしい。
「すぐに奴を捕まえてくる。ここに居てくれ」
短くそう言い残すと、カリオンは躊躇なく踵を返し、そのまま足音を追って駆け出した。重い足音が遠ざかる。
……馬鹿な奴だ。この場所から逃げきれる訳が無いのに。それでも逃げたということは、何か焦る理由があったのだろう。
「その枷からは、すぐに解放するわ。ポーションを渡すから、飲んでくれる?」
私はポシェットを開け、慣れた手つきでポーションを取り出す。淡い光を帯びた液体が、瓶の中で揺れた。
「主様、私がこのじいちゃんに飲ませてあげます」
クロエが一歩前に出て、小さな手を差し出した。
「ふん……見ず知らずの奴の薬など、口にできるか」
老人は顔を背け、頑なに口を閉ざした。その顎には、わずかな意地が浮かんでいる。警戒と誇りが、はっきりと見て取れた。
「シズカお姉様の温情を無碍にするなんて……ずいぶんと強情なのね」
セレディナの言葉に、思わず小さく笑みが漏れた。
「毒じゃないわ。それに――飲んでくれたら、お酒を好きなだけ飲ませてあげる」
私はわざと軽い調子で続ける。交渉に持ち込む。
「あなたに雰囲気の似たドワーフに、借りがあるの。だから、その礼も兼ねて」
ほんの少し、本音を混ぜる。
「どうせ、ドワーフの違いなど分からんだろうが?」
老人は鼻で笑う。だが、その目はわずかにこちらを探るように細められていた。
「そんなことはないわ。ヘリックスに、古代ドワーフ語の刻印が施されたリング。誇り高き大王の一族の子孫……そう、彼は言っていたわ」
わざと間を置いて、ゆっくりと言葉を重ねる。
老人の視線が、ぴたりと止まった。反応は明らかだった。
「……よく知っているな」
低く、わずかに色を変えた声。
「わしに似たドワーフ――名前は?」
食いついてきた。
私はポーションの瓶を軽く揺らし、その中身をちらりと見せ、クロエに渡した。
取引は成立した。
「ポーションを飲んだら、教えてあげるわ」
「わかったが……」
「じゃあ、じいちゃん、口を大きく開けて!」
クロエがぐいっと飲ませると、老人の体が薄らと緑の光を帯びた。強張っていた体が、わずかに緩む。
「よく効くな。これは高い薬のようだな。さあ、誰なのか教えてもらおう?」
「ええ……炎石の鉱人、王都の有名な冒険者よ。知ってるかしら?」
「……ああ……。よく知ってるよ。知り合いだ」
ファイヤーストーンは、私のことを娘のように可愛がってくれた。そして、魔物討伐では、いつも私たちの盾となってくれた。
目の前にいる老人と似た顔、姿をしていた。性格は真逆。寡黙で、優しく頼り甲斐のある男だ。里を飛び出して、冒険者になるのはよくある話だが。
「ただの知り合い? 違うわよね、貴方、お兄さんよね? 歳の離れた兄がいるって言ってたもの」
「……しらん。まだ冒険者を続けているのか? 炎石は?」
「いいえ、大怪我をして、後遺症も出て……引退したわ」
そう、私たちを守って。私が、引退させなかったからだ。今は、王都の外れで暮らしていると思う。
「そうか……だが生きているんだな」
「ええ、でも、帰る里がとっくの昔に無いって」
「ああ……」
老人は深い溜息をついた。
その時、階段を駆け上がる音が聞こえてきた。
「捕まえたぞ、隠れやがって……口は聞けるようにしてある」
どさっ
荷物を投げるように、カリオンによって、エイトラは地面に転がった。きっと、全身の骨を砕かれて歩くことも腕すら上げることもできないだろう。
クロエが小さく息を呑む。
……容赦がないわね。けれど私は何も言わない。
「カリオン、この人を解放してあげて。次は私の番よ。事情を聞かせてもらえるかしら? 私はワールドエンドの執政官 シズカよ。あなたが、ガストンなのかしら?」




