盲目の竜門
間違いなくこれは、この地の神殿の一部だ。
「神聖石ね、これはカリオンでも簡単には壊せないわね」
「ほお……」
ドワーフは、私の博識に驚いている。私は、神殿を幾つも見てきたし、その時に、ドワーフの冒険者ファイヤーストーンから色々と教えてもらっていた。
カリオンがわずかに身を乗り出した。
「この壁に不用意に触らないで! 危険なものよ。罠がある」
神殿ほど危険なものはない。古のものとなれば尚更だ。時に、ダンジョンよりも厄介だ。決められた手順を違えてはいけない。
私は手を差し出して、カリオンから魔石を受け取ると、白い壁に手を伸ばした。
「おい、シズカ、お前……」
一瞬、空気が凍るのがわかった。
目の前にいる小狡いエイトラの顔が顔面蒼白だ。
止めるべきだと理解している。だが、止められない。
「私は魔力がないの。だから、触っても大丈夫なのよ」
私は、壁を丁寧に撫でて、砂を落とす。わざわざ、砂をかけて、扉の姿さえも隠している犯人は目の前にいる。
やがて、扉が現れた。
それはアダマンタイトで造られた重厚な扉――ドワーフの大王と、向かい合う盲目の竜の古き伝説が彫り込まれている。
竜は大きく口を開き、眼窩は深くくり抜かれていた。
本来あるはずの瞳は存在せず、ただ空洞だけが、こちらを見返しているかのようだった。
そして、鍵穴が見えた。
「ここで、この魔石を……」
そう、形の加工された魔石が鍵だ。間違いなく、エイトラの服から、大魔熊に投げ飛ばされた時に洞窟に転がったものだ。
「やめろ!」
彼は、大声を張り上げ、私の動きを止めようとしたが、セレディナの風によって吹き飛ばされた。
「お姉様に触れるな! 鉱人族!」
「ありがとう、セレディナ。エイトラ、私を馬鹿にしないで、この魔石の鍵をはめる場所は知ってるわよ」
私の動きを止められないと悟ったエイトラは、この場から逃げ出そうとした。これから起きる惨事を予想したのだろう。
だが、その瞬間、カリオンに捕らえられる。屈強で巨大なドワーフ――その体を、たった片手で押さえ込んでいる。
「鍵穴にも、ドラゴンの目にもはめないわよ、安心しなさい。古代ドワーフ語くらい読めるわよ。つまりここよ」
そう言って、私はドラゴンの口に魔石を転がした。
かちゃり。
空気が変わり、ドラゴンの口から、扉全体を紅の炎が染め上げる。
※
そして、静かに扉が音を立てて開いた。
「さて、いきましょうか。――あなたの隠していたもの、確かめに」
私は一歩踏み出しながら言い放つ。エイトラはぐったりと項垂れた。
「先を進め! 少しでも変な動きをしたら、その場で始末する」
カリオンが冷たく指示すると、エイトラの体を押し込み、扉の中へ押し入れた。
地下に続く螺旋状の階段を、私たちはゆっくりと降りていく。足音が石壁に反響し、やけに長く尾を引いた。
「主様、外が見えます」
階段の途中にある小さな窓から、洞窟の広い暗闇が見渡せた。底の見えない空間が、静かに口を開けている。
私たちが入ってきたのは、神殿の塔の上にある扉だった。
階段はそのまま塔の内部を貫いており、窓の外には洞窟の空間が広がっている。
「変わった造りだな」
カリオンは面白げに呟く。
「ここは、古のドワーフが住んでいた神聖な地下よ。そして、あの扉がその入り口」
私は静かに答えた。
「神聖……鉱人族らしく、光も風も緑もない、陰気な場所ですわ、お姉様」
セレディナは冷ややかに笑う。
「エルフ如きが……だから教えなかったのだ。決まりだからな!」
エイトラは言い訳をするが、その声はわずかに上ずっている。
「あ、人の声と、採掘の音がします」
クロエが耳を澄ませ、低く囁いた。
階段を降りると、神殿の大広間に着いた。中央の炉壇で灯火がゆらめき、石壁の鉱石がかすかに光を返している。揺れる光に合わせて、影がゆっくりと形を変えていた。
そこには、扉で感じた『拒絶』とは別の空気があった。穏やかで、静かな空気。
「ふうん、悪く無いわね」
セレディナが小さく笑う。
だが――
何かが違う。
空気は穏やかなのに、生きている気配が薄い。祈りも、生活の痕跡も感じられない。
この場所は、静かすぎる。
足早に外へ出ようとしたところで、クロエが呼び止めた。
「待って、主様。この神殿に誰かいます」
「どこに?」
「こっちの方です」
神殿には、私たちが降りてきた階段とは別に、もう一つ階段がある。気づいてはいたが、ただの別口だと思い、意識から外していた。
「おい、外に行くんじゃないのか?」
「カリオン、その男を黙らせて」
どこまで馬鹿なのだろう。エイトラは、余計なことばかり口にする。
「じゃ、クロエ。案内して」
「はーい。こっちです」
クロエが軽やかに階段を登る。
「ダメよ、急がないで」
もう一つの階段には、途中に扉がいくつも並んでいた。どれも無骨な鉄の扉で、装飾は一切ない。
「ここです」
クロエが一つの扉の前で止まり、耳を当てる。
私が取手を引くが、開かない。
「これなら、魔力無しでも斬れるよ」
カリオンが剣を振るう。乾いた音と共に、鉄の扉が斜めに裂けた。
扉はそのまま滑り落ちる。
中には、老人のドワーフが椅子に座っていた。
――最初から、こちらを見ていた。
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